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  作者: 大場 みや
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第四話

 寝ぼけた目をこすりながら、綾子は電車に揺られていた。

 昨日、遅くまでインターネットを見ていた為、目の下にはうっすらクマが出来ていた。


 綾子の手には一冊のノートが握られていた。


 そこには昨日検索したサイトから書き写したものと、昨日見た物について書き記していた。

 胸の奥がさわさわとざわめく様な感覚が綾子を支配していた。その感覚に支配されるように綾子は今日も電車に揺られていた。


 昨日、電車に乗り合わせた少女たちと、今日は会う事が出来なかった。

 何度目か電車を乗り換えた所で、綾子は急激な眠気に襲われてしまった。


 普段から電車に乗るとすぐ眠気を感じてしまう体質につけ、今日は寝不足という要素も加わってその眠気を抑える事が出来なかった。

 電車の座席に体重をかけると、綾子は頭をうなだれ深い眠りに落ちていった。


 それは不思議な夢だった。


 それがどこかは分からなかったが、気付いたらそこに立っていた。


 大きな天窓から太陽の光が惜しげもなく降り注ぎ、室内だというのに若葉を揺らす風の囁きさえ聞こえてきた。

 頬に当たる柔らかな日差しに、少し目を細める。

 白の壁に、モスグリーン色の室内。床には天窓から差す光が丸く形作っていた。

 これといった家具もなく、とても不思議な空間だった。

 部屋の奥に進むと、木で出来た二段ベッドが置かれていた。床には金色の毛の絨毯が敷かれていて、子供用のおもちゃが絨毯の上に置かれている。

 体がふわふわと軽くて、目を瞑ると体が溶けてしまいそうだった。


 安らげる空気が部屋に満たされていた。

 耳に小さな歌声が聞こえてきた。


 歌声の先を探すようにあたりを見渡す。

 天窓の部屋に戻り、再び辺りを見渡すと、小さな扉があった。開け放たれた扉は木で出来ていた。

 その扉を抜けると真っ白い部屋が一つ。


 たくさんの小さな植木鉢に植えられた植物が、小さな棚に綺麗に段を作って並べられていた。


 歌声を探すと、そこに一人の女性が居た。

 長い髪を後ろで緩く結び、白いワンピース姿で彼女は植木鉢に水を与えていた。一つ、一つの植木鉢を愛しそうに見つめる眼差しは、遠い日の母のように温かかった。


 彼女はふっと顔を上げ、少し驚いたような顔をして、そして優しく微笑む。


 ああ、彼女は私なのだ。


 何か話しかけられているのに、まるでテレビの音だけを切ったように何も聞こえない。


 何?

 

 よく、聞こえない。

 彼女が手を差し出して、掴もうとした。


 瞬間。

 綾子は、はっと目を覚ました。


 揺れる電車の車窓には、闇と街の明かりが流れていた。

 随分長い時間眠ってしまったようだ。

 目元に手を当てて、初めて自分が泣いていた事に気付いた。よだれが出ていたのかと思ったが、そうではなかった。

 ハンカチで頬とぬぐうと、綾子はふ~と息を吐いた。

 夢の中の不思議な感覚がまだ余韻として残っていた。

 目を閉じるとまださっきの夢の中に戻れそうだった。


 車内には会社帰りのサラリーマンがちらほら見受けられた。

 背を向け立っていた若いカップルが、ぼーっと座っている綾子の前に座った。若いカップルの胸にはピンクの花が咲いていた。

 二人の胸に咲いている花は、まるで一対のようだった。花には本人たちも含め、周りの人には見えていないようだった。


 花から芳しい香りがした。

 二人の顔は幸せで満ち溢れていた。


「恋の・・・花・・・?」


 呟いてから、綾子ははっとした。


 昨日よりはっきり見えている・・・。


 綾子は二人が電車を降りるまで目を離すことが出来なかった。

 頼りない一輪の花なのに、それは胸に咲き誇り、わずかな花弁さえ落とす事は無かった。


 二人が降り、綾子はほっと息をした。


 そして、周りを見てぎくっと体を震わせた。確かにさっきまで見えてなかったのに、周りの人々にも様々な植物が生えているのだ。


 それは本当に様々だった。

 中学生の二人に見たように若葉もあれば、葉がなく木の枝だけの人。胸に赤や黄色の花を咲かせている人。大きな蕾を抱えている人。

 緑の温室に迷い込んでしまったような光景に綾子は言葉を失った。

 

 ここはどこだったろう。

 頭がくらくらして、思考というものが麻痺してしまったようだった。

 座席から伝わる揺れから、この場所が電車の中だという事を感じ取る事が出来た。

 植物は人々の様々な場所に根付いていた。頭のてっぺんから芽を出している人、右手に蔦を巻いた人、 胸に花を咲かせた人。

 緑に包まれた空間をまるで植物園のようにぼんやり眺めた。

 ひとつ、ひとつ眺めていると、不思議な色をした植物が綾子の視界を過ぎった。目で追うがそれを再び見る事は出来なかった。


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