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  作者: 大場 みや
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第三話

 綾子は思わず電車から飛び降りていた。


 走って階段を駆け上がり、向かいのホームに向かう。

 あまりの必死の形相に、綾子の前を歩く人たちは不信気に道を開けた。


 連絡通路の半分を行った所で、電車がホームに入ってくるのが見えた。綾子はその電車を目で追いながら、必死に走った。


 男子学生の集団が、ぞろぞろと電車の中に乗り込んでいくのが階段の上から見えた。

 まるで転げ落ちるかのように階段を駆け下りたが、綾子が電車に乗り込もうとした瞬間に、目の前で扉は閉まった。

 その必死の姿を何人かの乗客が横目で見ていた。


 彼らもそんな綾子をちらりと横目で見た。

 ゆっくりと動き出す電車を、綾子はただ呆然と見送った。


 彼らにも少女たちのように葉が生えていた。

 少女と同じように若い葉をつけている者も居たが、緑の葉を茂らせている者も居た。


 そして、小さな花を咲かせている者も・・・。


 頭や洋服や靴につけている訳じゃなく、確かに人の体から植物が生えていた。


 綾子はフラフラとホームを歩き、力なくベンチに座り込む。


 自分がたった今、見たものが信じられなかった。

 確かに葉が生えていた。


 人の体から植物が生えるなんて聞いた事がない・・・。


 電車が行ったばかりのホームには、綾子一人が居た。

 先ほど降り立った向かいのホームに電車を待つ人がまばらに居る位だった。

 向かいのホームで電車を待つ人々を綾子は穴が開くほど見つめた。それは僅かなものでも見逃すまいと、瞬きすらする事を忘れるほどだった。

 しかし、さっき見たような葉が生えている人を見つける事は出来なかった。


 目の錯覚。


 綾子は、そう自分に言い聞かせた。何度も電車が通り過ぎてしまう位、長い時間綾子は自分に言い聞かせていた。

 しかし、1度ならず2度まで見た現実に、その言い訳は空しいだけだった。



 玄関を開けると、電気も点けずに綾子は部屋に入った。

 カーテンが締め切られた部屋は薄暗く、小さなテーブルランプだけが点いていた。


 その優しい灯りの中、綾子はコートも脱がず、どっさりとソファーに体を投げ出し、瞳を閉じた。

 体が鉛のようにずしりと重かった。

 見慣れた部屋を一つ、一つゆっくりと眺める。


 出掛けたままのキッチンに、起きた時のまま乱れた布団。

 部屋には冷蔵庫のファンの音が小さく響いていた。

 当たり前の風景なはずなのだが、今日はなぜかよそよそしい空気を感じた。

 もう何度目か分からない位のため息を付いた後、綾子はコートを脱ぐために立ち上がった。鏡に映る姿は、まるで迷子のように心細い表情をしている。


 ホームのベンチに座り込んでから、自宅までどのように帰ってきたか、よく思い出せなかった。

 電車に乗り、駅を出て、自宅まで歩き、鍵を出し、そして今ここに居るはずなのに。まるで瞬間移動したかのように、今ここに立っているような錯覚すら感じた。

 昼間、見たものに対して、綾子は自分の中で処理しきれていなかった。考えようとしても、どうしても頭がうまく機能してくれなかった。

 霞がかかったように、視界もぼんやりとぼやけて見えた。

 

 朝にコーヒーを飲んでから、何も口にしては居なかった。しかし、綾子の胃はまったく空腹を感じていなかった。

 鏡から僅かに左に視線をそらす。

 白いシーツがランプの明かりで、淡いクリーム色になっている。その布団の上で、横になってもまったく寝付けない自分の姿が見えた。そう、きっと今ベッドに横になった所で、悶々としたこの気持ちを拭い去る事は出来ないのだ。

 

 足元からじわじわと、漠然とした焦燥感が這い上がってくる。

 答えが見えない事がこんなにも不安になるのだと、綾子は考えていた。

 

 そして、コートを脱ぐと、そのままパソコンの前に座った。

 夜が更けてからも綾子はキーボードを叩き続けた。

 

 せわしく指を動かしていたかと思うと、ふっと固まり、そしてまたせわしなくキーボードを叩く動作をもう何時間も繰り返していた。

 時折、いらいらと爪を噛んだせいで、綾子の右手の親指は赤くなってしまっていた。

 

 綾子はありとあらゆる可能性について調べた。

 

 幻覚、精神障害、ストレス、薬物。

 そして、自分と同じように葉を見た事例がないか・・・。

 しかし、そのどれも綾子が求める答えを示してはくれなかった。

 

 綾子はため息を付いた。

 

 薬を飲んだ記憶も、ドラックをやった記憶もない。精神障害を起こす程、ストレスを溜め込んでいる記憶もない。

 妄想にしては、あまりにも無意味な妄想のような気がした。


「あとは・・・」


 綾子はどうしてもそれに結び点けたくなかった。

 もしや。という予感はあった。実際に何度も、検索ワードに単語を打ち込んでは消す行為を繰り返していた。


 心霊現象。


 その文字だけでも、なんだかオドロオドロしい感じが漂ってきそうだ。

 女の一人暮らしで、夜に心霊現象のサイトを見る勇気は綾子にはなかった。気のせいかもしれないが、そんなサイトを見ていると本当に幽霊やら、悪霊やらが自分の後ろに現れるような気がしてならないのだ。

 怖い体験はしたくないし、出来れば一生経験したくないと思っている。

 なので、昼間の体験が心霊現象だとは、どうしても考えたくは無かった。

 冷蔵庫から1リットルのミネラルウォーターを取り出すと、そのまま勢いよく飲みだした。息が苦しくなっても、綾子は喉を鳴らし飲み続けた。

 乾いた体に水が一気に染み込むような感覚がした。水分が行き渡ると、多すぎた水が溢れ出るように綾子の瞳から涙がこぼれた。

 大きく見開かれた瞳から涙が流れ、頬を伝いポタポタと床に小さな染みを作った。


 どうしてか分からなかった。

 どうしてか分からなかったが、涙が止まらず、綾子は涙を流し続けた。


 前に読んだ本にこんな事が書いてあった。


 女は泣く事でストレス解消する事が出来る。

 だから女は泣くのだと。


 その本では理由については、触れていなかった。なので、綾子も鼻で笑いながら本を読んでいた。

 しかし、今はその理由が少し分かるような気がした。

 綾子はタオルで涙をぬぐい、パソコンに向かい合った。

 一つ深呼吸をした後で、[心霊現象]と打ち込み検索ボタンを押す。

 検索したページだけでも、すでに背中に寒いものを感じた。精一杯の薄目で、パソコンを見つめる。

 恐怖心を抑えながらサイトを見たが、やはり綾子が求めるものは現れなかった。半ば諦めながら検索を繰り返した。


「何やってるの・・・」


 もうやめよう。

 電源を切ろうとした時、一つのサイトに目を留めた。


 そしてそれを一気に読み、何度も繰り返しその文章を目で追った。


『人間には第六感と言うのもが存在する。それは様々な力として現れる事があるだろう。私には幼い頃から死んだ者が見える。霊感というものが備わっている。それは誰でも備わっているものだと思っている。しかし、そこに見える、見えないと違いが現れてしまう事について、私はこう考える。例えるなら、そう、ラジオのチューナーだ。ラジオのチューナーがたまたま不思議な世界と一致してしまっただけなのだ。なので、ある日突然、チューナーが狂い、見えてしまったり、はたまた見えなくなってしまう事があるだろう』


「チューナー・・・」


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