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  作者: 大場 みや
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第一話

全十二話 予定

連日正午に更新予定

 とても月の綺麗な夜だった。


木々は葉を落とし秋の夜は澄んだ空気に包まれていた。

風が頬を横切ると、冬がそこまで迫っている気配を感じた。


 都心から少し離れた海岸線に小さな高台があった。

 高台の周りには人の気配はなく、これといった民家もない為、月明りだけが辺りを明るく照らしていた。

 時折、北から吹き付ける冷たい風が岸壁にぶつかり、そして天高く舞い上がった。

 風の音は悲しい泣き声のようにも聞こえた。

 

 普段訪れる人が居ない場所だが、数日前から一人の女がここに居た。

 

 高台に唯一あるベンチに背もたれながら、女はじっと海を見ていた。

 食べ散らかしたスナック菓子や、ペットボトルが辺りに散乱していた。

 女に清潔感はまるでなく、フケのたまった汚い髪が風に揺れていた。

 

 女は静かに海を見つめていた。

 

 長く垂れ下がった髪が顔を覆っていた為、女がどんな表情で海を見ているかは図り知る事が出来なかった。

 緩やかな、静かな時が辺りを支配していた。

 月明りが海にはねかえり、月が2つあるように見える。


 女は時折、くぐもった声を出した。


 だらりと投げ出した足と、力なくうなだれた腕。

 ヒューヒューと風のなくような声をだし、そして小さく唸る事を幾度も繰り返した。


 突然、叫びながら転がり苦しみ始める。

 

 入り口から転がり出た女は、地面に何度も自分の頭を打ち付けた。

 土に頭を打ち付けるたびに、辺りに鈍い音が響いた。徐々に地面は赤く染まり、うずくまる女の足元には小さな血の池が出来た。

 両手でぎりぎりと土を握り締め、女は髪を振り乱し月に向かって吠えた。

 

 月明りに映し出された女は、皮膚の様々な部分が醜く爛れていた。それは滑らかな女性の肌とは違い、皮膚全体がボコボコといびつな形をしていた。ズボンからわずかに見えた右足は肉がすべてこそげ落ち、まるで一本の棒のようだった。


 獣の断末魔を思わせるような声も徐々にかすれ、風にかき消された。


 苦しみが和らいだのか、女はどさりと体を地面に投げ出した。

 そして、胸を押さえヒューヒューと呼吸を整える。

 

 仰向けになった女の顔を月が照らした。空を見上げたその顔は、左側の半分が赤紫色に変色していた。左目は真っ白に濁り、その瞳は何も映し出さなかった。


 ボロボロになった女の体で、顔の右側だけが美しい女性のものだった。

 透明な白い肌、そして澄んだ瞳。

 その瞳は虚空を見つめ、その視線はまったく定まらなかった。

 

 右目から涙が、幾度も流れては落ちた。

 

 流れ続けた涙は、徐々に赤く染まり、まるで瞳から血を流しているかのようだった。

 そして、木の皮をかぶったようにごわごわした手で顔を覆った。

 

 小さな声はうめき声にも、泣き声にも聞こえた。

 どれくらい時間が流れただろう。

 

 女はよろよろと立ち上がり、海に向かって歩いた。

 

 美しかった顔の右側も、もう見る影はなかった。

 

 足を引きずり、何度も転びそうになりながら、その度に月を見上げた。うめき声は歩みを進める毎に大きくなり、彼女の瞳から流される涙も量を増した。

 薄汚れた洋服は真っ赤に染まり、地面も赤く染めた。

 地面に続く赤い血は、まるで赤い絨毯のように見えた。

 

 海まであと数メートルの所で彼女は歩みを止めた。

 

 いや、それ以上歩けなかった。

 月を見上げるような姿のまま、彼女は事切れていた。

 

 白目を剥いた彼女の体からは真っ赤な涙だけが流れていた。

 それは、本当に、本当に月の綺麗な秋の夜の事だった。

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