一進一退
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力を溜めきった二人は疾風の力を使い、龍を横から挟み撃ちにする。
二人で完全に龍の事を囲い、裕太は左腹部を、隼人は右側から顔面に目掛けて蹴りを入れるが、簡単にガードされ攻撃を弾かれてしまう。
疾風は空気中へと分散していき、空気を斬りつけながらビルへとぶつかり、次々と薙ぎ倒していく。その衝撃を耐えた龍の、圧倒的な戦力差を見せつけられるばかりである。
すかさず隼人は体勢を戻し、カマイタチのような斬撃を龍へと繰り出し、襲いかかる。
しかしそれを龍は、身体を宙に翻し難なく避け、更に隼人の元へ高速で接近し、頭上で両腕を組み、地面に叩きつけようとする……。
あまりの速さに隼人は対応出来ず、裕太もすぐには助けられる距離にはいない。なにもできないまま隼人はやられそうになるが、寸前のところで龍は一瞬、動きを止める。その隙に隼人は龍の両腕の射程外から逃げ、裕太はもう一度麻痺を狙うため、雷を纏った拳で背後から殴りつける。
……龍の動きが一瞬止まったのには理由がある。花梨が遠くから視界を共有してくれていたのだ。その効果はまだ続き、龍は実際には見ていないビル街の映像を見続けていることになる。
背後から殴られた龍は、背中に感触を感じると同時にその腕を掴む。逃げられなくなった裕太は腕から宙ずりにされる。必死にもがいて逃げようとするが、単純な力の差では敵うわけもなかった。
隼人は全力で助けようと急接近をする。しかし、龍は隼人を難なく蹴り飛ばす。その衝撃は先程の攻撃とは威力も段違いで一箇所蹴られたとは思えない激痛が体を走る。
龍の目は今、全くと言っていいほど機能していない。それでも隼人の攻撃を受け流す事ができるのは、長年の戦闘経験から紡ぎだす勘と、相手の殺気を肌で感じられるようになっているからだ。
宙ずりにされていた裕太も地面に叩きつけられダメージを負う。身体中が悲鳴をあげている二人は最後の気力を振り絞り、なんとかして立ち上がる。
視界がぼやけている隼人に、近くの電子掲示板が目に入ってくる。残り時間は20分を切ろうとしているが、この20分は地獄とも言える20分だ。
更にタイミング悪く花梨の能力も切れ、龍の視界が戻ってしまう。
花梨は隼人たちの戦闘区域に戻ってくるが、今更太刀打ち出来ないことも肌身に感じている。
だが戦わなければ負けるのは必然。花梨はがむしゃらに龍に突っ込んでいく。僅かな偶然を願って攻撃を仕掛けに行くのだ。
龍も負けるわけにはいかない。花梨の姿を完全に捉え、筋肉の全てを使い、上から叩く。今背後には疲労困憊の隼人と裕太、こちらはすぐには接近しそうもないことを確認して、前だけに全神経を集中させる。
花梨と龍の距離が1メートル以内に入り、どちらも拳を突き出すモーションに入る。体格差で圧倒的龍の有利、花梨は慎重に拳の弾道を見極めて相手に攻撃をする必要があった……。
バチッ!! と乾いた音が聞こえてくる。
音の感じから大したダメージじゃないのが想像される。その音の持ち主は花梨の方であった。龍は打撃以上の苦しみを受けているのか、殴られた頬ではなく喉元を抑えていた。
隼人には何が起こっているのか全く分からなかった。ただその光景を見ることしかできず、追い討ちに行こうとするのにも一瞬遅れる。
全てを把握していたのはダメージを受けた龍と、ダメージを与えた裕太である。
裕太は、雷の拳で殴った際に「以心伝心」の能力先を花梨から龍に変更していたのだ。この能力は相手と五感を共有することができる。その特性を生かし、自らの首を絞め、そのダメージを龍にも負わせた。
「ギブアップだ……お前ら3人の勝ちでいい。連携は裕太のサポートによって完全に取られていた」
裕太の名前が呼ばれ、花梨と隼人は全く納得のいっていない様子である。最初のリーダー争いはこの2人で繰り広げられていたが、当然といえば当然の評価がくだされた。
「二人が上手くやってくれたからなんとかなったんですよ、先生。それよりも先生は能力使ってないじゃないですか。ギブアップまでして……死ぬ気も殺す気もなかったってことですよね?」
「流石だな。賢いし鋭い」
余裕そうに返す裕太も疲労がたまり、ついには地面に寝転んでしまう。
隼人も倒れるようにその場で大の字になり、花梨も額の汗を拭ってから地面にへたり込む。
それとは対象的に、何事も無かったように龍は立ちあがりトレーニングルームから出ていこうとする。
「今日一日はゆっくり休んで、明日の朝8時に先と同じ教室で集合。では解散」
それだけ言うと扉を開け、部屋から居なくなってしまう。
トレーニングルームのホログラムは解け、部屋はまた無機質な空間へと逆戻りをする。
「なんとかなったな……」
隼人は上を向いたままそう言う。花梨も首を縦に振って頷き、裕太は既に澄まし顔で部屋を出ていく準備を始めている。
「これからもよろしく、花梨、裕太……」
「…こちらこそだよ、隼人の頑張りがなかったら勝ててなかった。じゃあまた明日ね」
出ていく準備の終わった裕太は、部屋を後にして姿を消す。花梨も立ちあがると、覚束無い足取りで部屋を出ていき隼人1人だけとなる。
隼人は、自分の力の無さを実感していた。二人に助けられ続けて勝ったようなものだと感じていた。
だけどそれでもいい。と思いながら隼人も部屋を後にした。
言霊とは、能力を使うためのエネルギーみたいなものである。
能力者の大事な要素であり、全てでもある。