3. 不確かな可能性
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重く淀んだ水の底に沈んでいるような気分だ。身動きがまったくとれない。
遠くでかすかにエイシャの声が聞こえる。動かせない身体だが試しに力まかせで起こしてみた。
「わっ!」
耳元で大きな声がして誰かが飛びのいたようだ。
「びっくりした~」
レフォアが目を丸くしている。額から濡れた手ぬぐいがおなかの鎧に落ちた。
それまでレフォアがいたであろう場所へ代わりにナジャフが腰を下ろすと、カセリアもやってきた。
「トルーズ隊長。頭を壁に強打しているから、もう少し横になっているといい」
「いくらエイシャの守りが強力だと言っても、脳へのダメージは心配だからな」
祈りの声を頼りにエイシャの姿を探すと、彼女は祈りを続けたまま安らかな表情を浮かべ、その隣でグラーフがうなずいていた。
大きくため息をひとつついて手ぬぐいを額に当てると、そのまま横になった。
「なぜあんな賭けに出たんだ?」
上からカセリアの冷徹な瞳が射すくめるようににらんでいる。にらまれるようなことをしてしまったのだから、しょうがない。
愛剣が鞘に収まっているのを手探りで確認し、それを抜いて刃を松明の明かりに翳し眺める。あれだけの爆風が直撃したにもかかわらず刃こぼれ一つ起こしていない。さすが王国軍師から下賜された稀代の名剣である。
「この剣ならできると思ったんだ」
その言葉に一同のあきれた視線を返してくる。
剣を鞘に納めながら言葉を続ける。
「これはどんな魔法でも吸収して剣の魔力を上乗せして放出できる魔剣だと軍師殿から聞いている。『どんな魔法でも』だ。俺はその軍師殿の言葉に賭けたんだ」
「軍師様もこんな得体の知れない剣を、よくこの男に託したわよね」
レフォアが軽蔑を込めた視線でこちらを見ている。
「なら、剣を取り替えるか?」
「冗談でしょ。軍師様は私たちの戦い方を熟知したうえで、それにふさわしい魔剣や魔装具を与えてくれたのよ。私にはこれが一番だわ」
彼女は腰に佩びた愛用の剣を鞘の上から愛玩動物のように撫でていた。
「考えてみれば、単騎先行しがちな隊長にはうってつけの剣かもしれませんね」
グラーフが重い口を開く。
「敵が強力な魔法を使ってきたとしても、かわすことなく剣が魔法を吸収し、そのまま敵に叩き返す。今まではそういった楯としての使い方をしてきました」
皆が彼のほうを向いた。
「しかし、先ほどの戦闘ではカセリア殿の魔術を受けることで強力な魔法剣となりました。ということは、状況に応じて奇蹟を受けて聖剣にしたり、火炎魔術や電撃魔術を受けて炎の剣や雷の剣にしたりもできるのではないでしょうか」
「敵に応じて最も効果的な剣に仕立て上げられるわけか。魔術や奇蹟を使う者がパーティーにいれば何本も魔法剣を持ち歩かずに済むな」
カセリアがなるほどという顔をした。
「こう言っては失礼ですが、トルーズ隊長はとくに剣技が優れているわけではありません」
グラーフがこちらの反応を窺うように話している。
「かまわないぜ。確かに剣技は得意じゃないからな」
少しでも話しやすい環境を作ろうと軽口を叩く。グラーフがこれだけ話すのも珍しかった。
「ですが、敵や困難を恐れないことにかけては当代随一でしょう」
「まるで猛る虎か猪よね。まるっきり見境がないんだから」
大袈裟に手を広げながら、レフォアは首を左右に振った。
「それについては俺もつねづね反省しているんだけどな、レフォア」
「いつ反省しているのよ」
「反省はするんだが、いざ戦いになるとどこかに飛んでしまっているんだよ」
また一同があきれた顔をしているが、気にせず笑い飛ばすことにした。
「軍師様もなんでこんな男を隊長にしたのかしら」
もうどうにでもなれといった表情を浮かべてレフォアはエイシャのそばに行った。
「もうこんな奴のために祈ってやる必要なんてないわよ」
入れ替わりにグラーフがナジャフとカセリアの元へやってきた。
「よもや爆発するエナジー系魔術も吸収できるとは思いませんでした」
「吸収はできても、解放したときに爆風をまともに浴びるのでは、実戦向きとは言えんがな」
グラーフの語りかけにカセリアは冷ややかだった。
「ですが、エナジー系は相手が精神体であっても有効な魔術でしたよね。とくに相手が上級魔族ともなれば、本体が精神体ということもありえるではないでしょうか」
「グラーフ殿の奥義は実体のない相手には通用しません。エナジー系の魔術もかわされてしまえば期待するほどの効果は出ないでしょう。ですが魔法剣という形で携行できれば、より確実に敵に当てることができます」
ナジャフを継いで発言する。
「グラーフの奥義と同様、戦術のオプションとして考慮しておくべき技かもしれんな」
「ただし、吹っ飛ばされた俺をどうするかを考えておかないと、今のようなことになりかねないがな」
と言って俺は高笑いした。
ひとしきり笑い終わってからエイシャに礼を言って全員しばしの休息をとり、いよいよ敵の首領と対面することになる。
それがかつてないほど熾烈な戦いとなるのであった。