2. 対グーゲイズ戦
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俺とレフォアが松明を掲げ、ゆっくりと振って後方に準備完了の合図を送る。
それを見届けたエイシャは「力を高める祈り」に入った。
すると次第に体内から衝動が湧き上がり、全身に力がみなぎってくる。奇蹟の効果が現れてきたのだ。六体の彫像に変化は見られない。
戦巫女は厚い鎧を身にまとう者が多い。祈りを行なっている間は他の行動がとれず、敵の標的になるからだ。戦巫女の周りにはつねに衛士が付き従うのである。
だが、エイシャは祈りと同時に結界を張ることができる稀有な才能の持ち主で、単独で敵の只中に赴ける唯一の戦巫女である。
頃合いを見計らって松明で合図を送り、突撃のタイミングをレフォアに合わせることを示し合わせた。
レフォアが松明に照らされていた金髪を兜に収めるのを見てトルーズも兜をかぶり、彼女が動き出すのを待つ。
レフォアも俺と同じく厚手の鎧を身にまとっている。もちろん軽量化の魔法もかけてあるが、筋力の差で鎧の重さを幾分感じてしまうらしい。それゆえ彼女の足は俺より若干遅くならざるをえない。
俺は馬にも負けないほどの脚を持っており、騎士団随一の走力を誇っている。
鎧にかける防御魔法の発達から近年女性向けに金属板の面積が小さい、下着と見間違うようなデザインの鎧が流行している。しかし魔物とくに魔族が相手の場合は鎧の防御魔法を無効にされることが多々ある。肌を隠す面積のなるべく多い鎧を着込んでいなければ、彼らの爪牙から五体を守るのは至難だ。いついかなる敵と戦うことになるやもしれぬ「勇者隊」はつねに万全の備えを怠れない。
剣の腹を兜に押し当てながら、レフォアは呼吸を整えて精神を集中しているようだ。そして、一気に魔物グーゲイズが待ち構える広間へと無言で突撃していく。それを見た俺も長剣を握りなおして広場へと躍り出た。
レフォアの双剣から風を切り裂く音が聞こえてきた。
俺たち二人が接近すると、手前のグーゲイズ彫像はゆっくりと血色を帯びはじめる。ここからは時間との勝負だ。
レフォアと俺は魔法剣をグーゲイズの背に生える羽の付け根へと振り抜く。そのときレフォアの剣から鋭く風を切り裂く大きな音がした。
彼女が手にするのは「風鳴り」と呼ばれる魔剣だ。刃が風を受けるとその魔力が高まり、その音程と音量に比例する切断能力を有する。高く大きな音が鳴ればそれだけ硬いものも撫でるように切れるのだ。剣舞の達人であるレフォアが手にすれば、たとえ周りを囲まれようともそのすべてを八つ裂きにできるだろう。
二人は羽が落ちていく様を見届ける猶予もないまま次の彫像へと詰め寄っていかねばならない。すでに次の彫像は硬化を解きはじめているのだ。
レフォアに少し遅れたトルーズが二体目に向けて走り出すと、後ろからカセリアの呪文の詠唱が聞こえてきた。
二体目をレフォアと同時にすばやく処理して三体目へと向かう。後方からは空気とエネルギーの収束音がじょじょに高まってきた。
トルーズは三体目の羽を落とすとその首を落としにかかる。わずかに遅れたレフォアが三体目の羽を捉えたとき、一体目のグーゲイズが対で咆哮をあげた。動き出すのはまもなくである。
レフォアは三体目の羽を斬り落とすとすかさず広間の中央へ向けて飛び込みながら声を発した。
「カセリア様!」
それに応えるようにカセリアの威圧感のある声が聞こえる。
「エナジージャベリン!」
直後に広間に一筋の太い光の束が激しく輝き、轟音が耳をつんざいて洞窟全体を激しく揺さぶる。
この一撃で手前の一体は完全に消滅し、中央の一体には大穴が空いてその場で音をたてて崩れる。奥のグーゲイズも腹部に風穴が空いた。
エナジージャベリンの巻き起こした激しい震動にしばし身体の自由を失いながらも、俺は歯を食いしばり彫像の上でただちに体勢を立て直した。松明を床に落として両手に満身の力を込め、がむしゃらにグーゲイズの首へと長剣を振り下ろす。
レフォアはカセリアの魔法の光が途絶えるとすぐに起き上がり、双剣を構えなおしてこちらに加勢すべく向かってきた。
ドスーンという音が立つ。振り向くとトルーズの列にいた手前のグーゲイズが飛び立とうとして地面に叩きつけられていた。どうやら奴らは羽をもがれていることに気づいていないようだ。
俺がグーゲイズの首を落とすと、レフォアが駆けつけてきて鋭い音ともに両脚を一薙ぎした。
俺が最初に羽を斬り落としたグーゲイズは呪文を唱え始めている。
レフォアと視線を交わしてこの一体を素早く倒しきろうと技の限りを尽くした。
グーゲイズの詠唱が終わるや否や、カセリアの鋭い声が発せられる。
「エナジーボルト!」
再び閃光があがり轟音が響きわたる。床から這い上がりながら魔法を唱え終わった手前のガーゴイルが爆発して現出した魔法ごと光の中に消えていった。
先ほどのエナジージャベリンにしても今回の魔法にしても圧倒的な破壊力である。
カセリアは二十代の若い外見をしているがすでに百歳は過ぎているという。魔道を究めて不老長寿の秘術を見つけたのではないかと世間は噂する。だが真相は違っていて、ここにいる者たちだけが真実を知っていた。
またドスーンとしたたかに倒れる音が聞こえる。エナジーボルトの詠唱間隔を考えると、今度こそ魔物の魔法が先に完成するだろう。
そう考えた俺とレフォアは、未だに硬化が解けきらない彫像へ最後に一太刀浴びせると呪文を唱えている倒れたガーゴイルめがけて走った。
加速をつけながら切り込んでいき、俺は暴れるもう一方の羽を斬り落とした。迂回してきたレフォアは勢いをつけて首を一撃した。充分な滑走距離を得た「風鳴り」は、俺があれほど手こずったガーゴイルの首を一撃で刎ねてしまった。
それでもガーゴイルは腕や脚を振るって暴れまわる。魔物には痛覚がない。いくら五体を刻まれても肉体は攻撃をやめないのである。まったくのデタラメな攻撃だったため俺たち二人は攻撃パターンを読めず強烈な一撃を食らって、大きく弾き飛ばされてしまった。
エイシャの「守りの祈り」のおかげで派手に飛ばされた割にダメージは驚くほど軽い。
「レフォア様、囲まれていますわ!」
エイシャの叫び声がこだまする。
見まわすと首が落ちて両脚を負傷した魔物と腹部に風穴の空いた魔物が背後からレフォアに近寄ってきている。
「レフォア殿! すぐに剣を鞘に納めて戻ってきてください!」
ナジャフは続けて言った。
「そいつらは剣が発する強力な魔力に誘われています!」
レフォアの刃を見ると先ほど首を刎ねたときの魔力がまだ宿っていた。女戦士はすばやく愛剣を納めるとエイシャたちの待つ後方へと全力で走りだした。
そのとき俺はあることを思いついた。確証はないのだができそうな気がする。
先ほどまでレフォアがいた場所に急いで滑り込むと剣を高く掲げる。
「カセリア! 剣に魔法を!」
「エナジーボルト!」
三たび閃光が広間に輝いた。しかし今度は轟音は響いてこず、光も弱くならない。光は俺の掲げている剣が発していたのだ。
この魔剣は片刃に魔力を宿していない。その代わり敵がかけてきた魔術や奇蹟を吸収して放出できるという特性を持っている。攻撃魔法の盾として使える「封魔」の剣だ。
だが、閃光爆発系のエナジーボルトを受けたことなど今まで一度たりともなかった。カセリアが言うには、その場で爆発しかねないのだそうだ。エナジーボルトを吸収した剣からは今も激しい振動が伝わってくる。
そうしながらも掲げていた光が徐々にではあるが翳り始める。瞬間の破壊力を有するエナジーボルトの呪文は減衰していくのも早いのだ。
襲ってくるグーゲイズの攻撃をかわしつつ一体を斬り伏せる。と同時に爆発が起こって魔物は消し飛んだ。
爆風をまともに浴びて一体のガーゴイルにぶつかり、もんどりうってもろとも倒れる。
剣の輝きが消えぬうちに残る二体を瞬時に斬り倒すが、二つの爆風を至近で浴びて、俺は広間の奥壁まで吹き飛ばされてしまった。