1. 作戦会議
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左手に松明を掲げながら俺たち六人は洞窟の奥へと進んでいく。
苔むす臭いがひどくてむせかえりそうだ。これまでに幾度もこのような洞窟には出向いてきた。ここも長いこと探索しているのだが、これほどまでに強烈な苔の臭いというのはなかなか慣れるものではない。どぶの中を歩くような不快さを催してしまう。
右手には愛用の長剣を抜き放って敵の襲来に備えている。その片方の刃はかすかに青い光を放ち存在感を示していた。魔力が付与されている輝きだ。この洞窟でもすでに数多の魔物を屠ってきた。
着慣れた鎧は金属板が接する部分に厚手の布をかませてある。おかげで大きな音が立つことはない。もちろん軽量化の魔法もかけてあり、鎧を着ていないような錯覚さえ覚えるほどだ。
「今度の任務は厄介ね、隊長」
後ろに続く女戦士レフォアが左手に持った松明の尻で右肩の板金を叩いてきた。
「ここに潜ってくるまでに十五隊も魔物の群れがいたから、親玉はきっと上級魔族よ」
「だろうな」
答えると同時に剣を握った右腕を横に伸ばして彼女の前進を阻む。
不意に広い空間に出くわした。見上げてもかなりの高さがあるようだ。しかも上下左右どの面を見ても真っ平らな岩肌である。明らかに人工的に作られた広間だ。
注意深く洞内を見わたすと百歩ほど奥には松明が据え付けられておりその周囲を明るく照らし出していた。
扉があり、手前にはたくましい肉体に大きな翼をもつ魔物の姿をした彫像が左右三対、計六体見える。
「魔物……か?」
女戦士の後ろを歩く紫色のローブを着た壮年の男に聞いてみた。
賢者である彼の、魔物に対する知識と作戦立案能力はレイティス王国でも群を抜いている。先の帝都攻略戦においても王国軍師の片腕を務めたほどの逸材だ。
「あの姿は間違いなくグーゲイズですね、トルーズ隊長。軍師殿は〈ガーゴイル〉と呼んでいましたが。彫像の姿で人々を誘い込み、スキを見て正体を表し人間を食らう低級魔族です」
グーゲイズといえば帝都攻略戦において帝都の外周を囲む城壁の上に配置されていたほど、魔族の見張り番として有名な存在である。おそらく親玉はこのグーゲイズたちの瞳を通して俺たちのことを見物しているはずだ。
紫色のローブをまとうナジャフはなおも話を続けた。
「それをここに六体も配置しているとなると、かなりの大物がこの後に控えているのでしょう。無駄な消耗をせずに突破したいところですね」
「何か策は?」
その問いに、黒いローブを身にまとう青年然とした男が前に出てきて答えた。
「本来ならこいつらに近寄らず、奥の扉に飛び込んでしまうべきなんだが、ここは空間が狭い」
「つまり戦いは不可避ということでしょうか、カセリア様」
分厚い金属鎧をまとい胸にまばゆいばかりの金色の聖印を身に着けた戦巫女エイシャが問うと彼は首肯した。
「グーゲイズは二十歩ほどまで近づくと彫像から身を転じて魔物として動き始める。ただし瞬時にではなく、完全に魔物の本性を現すにはやや時間がかかる」
「ということは、やつらが魔物に変わるスキを突いて一気に攻撃を仕掛ける……ということでよろしいでしょうか? ナジャフ様」
レフォアが紫色のローブを着た細身の男性に問いを投げてみる。
「それが一番でしょうな。ただ、奴らの配置が変化を開始する半径の内側になっています。こちらが手前の一体を倒すのに手こずって時間をかけると、その間に次列のグーゲイズが目覚めてしまうでしょう。それぞれのグーゲイズに一太刀浴びせるだけで精いっぱいではないかと」
「それではカセリアの魔法攻撃でここから倒していったらどうだ?」
黒いローブの青年に尋ねた。
「グーゲイズは彫像でいる間は剣も魔法も効かないからな。その代わり、変化を始めたらエナジー系の魔法がよく効く」
「そこでです。トルーズ隊長とレフォア殿で、左右に分かれて一直線に配置されているグーゲイズへすばやく一太刀ずつ浴びせていってくれませんか。狙うのは片方の羽の付け根。ここさえ斬り落としてしまえば奴らは自由に飛びまわれなくなります」
女戦士と顔を見合わせてからナジャフに向かってうなずく。
金属鎧を着込んで手に戦鎚を持ったエイシャが歩み出てきた。
「私はお二人の力を高める奇蹟を祈りましょう。その後は『守りの祈り』で万全を期します」
「エイシャ殿はそうしていただきたい。それで羽を確実に斬り落とせるはずです」
ナジャフは続けて言った。
「カセリア殿は奴らが変化するタイミングを計って『エナジージャベリン』をレフォア殿の列にかけてください。その後にトルーズ隊長の列にいるグーゲイズに『エナジーボルト』を連射していただけませんか」
黒いローブをまとう青年が右腕を上げて了解の合図を示す。
「これで倒れてくれればよいのですが、万一倒れなかった場合は隊長の列にいるグーゲイズを奥から一体ずつ倒していきましょう」
「よし、その作戦で行こう」
女戦士、戦巫女、魔術師、賢者の顔を順に見て同意を得る。
「グラーフは今回も控えてくれ。何度も言うように、お前が俺たちの生命線だ。親玉を確実に屠るにはそれまで力を温存しておいてくれないとな」
目を閉じながら最後尾でついてきていたグラーフは何も言わずにうなずいた。
彼が放つ奥義は一振りで敵を両断する。鉄より固い肉体を持つものであろうといっさいの例外はない。
帝都攻略戦においても頑強で堅固な鱗を持つグラード、軍師が『ドラゴン』と呼ぶものどもを一刀のもと真っ二つに斬り裂いていた。
グラーフの奥義にかかればこのグーゲイズたちも瞬時に両断してしまうに違いない。
ただし、この技は極めて高度な集中力を要する。疲労が募っているときや精神が乱れているときなどは奥義を確実に発動することはできない。そうなれば、待ち受けているであろう強大な敵首領に勝つことが難しくなる。軍師より魔道具が与えられているが、それを頼りにしてグラーフを使い続けることは、敵の首領に手の内が知れてしまう。
極論をいえば、この若き剣聖を敵首領のところまで消耗させず能力を知られることなく連れていくのがここにいる五名の務めなのだ。
「では配置に着こう。俺は左の列、レフォアは右の列でいいな」
彼女は同意すると、右手に持つやや短めで鋭利な剣を握りなおして壁の右沿いに配置へ向かう。カセリアも黒衣をはためかせながらその後ろをついていく。
その姿を見送りながら俺は音を立てないように所定の左側の配置へと向かった。