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第9話~マッチに囚われて~

 ヨハンとロミルダが一緒に暮らすようになってから1年の歳月が過ぎた。

 ロミルダには蝋燭の火は絶対に消さないという事を約束させた。

 それはグレゴールの信じた蝋燭のまじないだからという理由でロミルダには納得してもらった。まだマッチの秘密は明かしていない。明かすつもりもない。

 ヨハンは生前のグレゴールから聞かされた、”魔女から貰ったマッチに生かしたい者の血を吸わせる必要がある”という条件を達成させるために、ロミルダの血を”血液の検査”という理由をつけて、隣町の医者に注射器で抜いてもらいそれを金で買ってマッチの柄の部分だけに浸して魔法のマッチを作り直した。

 ロミルダを騙している気がして複雑な気持ちだったがロミルダが幸せに生きていくためには必要な事だと思う事にした。

 ヨハンは毎日隣町まで行き働いた。ヨハンのいた街では不良少年だったヨハンを雇ってくれる所などないのだ。

 ロミルダも働くと言っていた。しかし、ヨハンはそれを許さなかった。蝋燭の火からできるだけ遠ざけたくはなかった。ロミルダには家の事だけを任せた。ロミルダはグレゴールの見様見真似で不器用にも毎日食事を作ってくれた。その食事は時に口に合わない事もあったが、ヨハンは美味いと言って食べた。食材はヨハンが仕事帰りに買って行った。掃除も洗濯もロミルダはしっかりとやってくれた。ヨハンが不満に思う事は何一つなかった。そして、ロミルダの美貌と優しさは日に日に増していっているような気がしてヨハンの愛はより深いものになっていった。


 1年もの間、ロミルダが家で1人の時に蝋燭の火が消えてしまった事が何度もあった。蝋燭の火はふとした拍子に呆気なく消えてしまう。

 初めて蝋燭の火が消えてしまったある日。ロミルダは慌てて自分で魔法のマッチを擦り蝋燭に火を点けようとした。しかし、そのマッチはいくら擦っても火が点く事はなく、ヨハンが家に帰った時にはロミルダは机に突っ伏して泣いていた。


「ごめんなさい、ヨハン。蝋燭の火が消えてしまったから、あなたが使っていたこのマッチで火を点けようとしたのだけれど、全部湿気っているみたいで全然火が点かないのよ」


 ロミルダの突っ伏している机の周りには何十本ものマッチが散らばっていた。

 散らばっているマッチの先端の頭薬はかなり擦り減っており使えなさそうだ。


「ごめんなさい、ヨハン。火を消さないって約束なのに」


 ロミルダは申し訳なさそうに呟いた。


「君が消そうと思って消したわけじゃないんだろ? なら、謝らなくていいよ。それに、大丈夫だよ。俺はいつもこれを持っているからね」


 ヨハンはグレゴールが使っていたランタンを机に置いた。その中では煌々と火が輝いている。

 その火を見たロミルダはたちまち笑顔になりヨハンに抱きついた。


「ヨハン。これからはもっと気を付けるわ。ありがとう」


 ヨハンはロミルダの頭を撫でた。


「1つ……聞きたい事があるのだけれど、どうしてこのマッチの柄は真っ赤なの? なんだか血みたいで気味が悪いわ」


「さあ? 何でだろうね?」


 ロミルダは流石に真っ赤なマッチ棒に不信感を抱いたようだ。ヨハンは上手い言い訳も思い付かなかったがそれ以上ロミルダがそのマッチの色を追求する事はなかった。


 この事件で1つ分かったことがある。

 それは、火はロミルダの近くになくても燃えてさえいれば効力があるという事だ。

 ロミルダを1人家に残して家を出るという事は、蝋燭の火を管理しきれないという事だ。

 だが、そんな事は想定の範囲内。念の為、ヨハンは出掛ける時は常にランタンにマッチの火を点けて持っていた。魔法のマッチも1箱持ち歩いていた。仕事中も上手いことランタンを安全な場所に置き様子を見た。傍から見れば面倒な作業であり不振な行為であるが、ロミルダの為なら苦ではなかった。今回の事件でマッチの火の特性が判明したことは今後の生活でかなり役に立つ。家に一つの火。そして、ヨハンがランタンに灯して持ち運ぶ火。その2つの火をを常に灯しておけば万が一どちらかの火が消えてしまってもロミルダの生命は繋がっていく。


 その問題よりも、マッチの消費の問題が深刻である。マッチは残り50本弱。グレゴールが死ぬ前に魔女から貰ったマッチは10箱で計300本だったので節約しているとはいえ大分減った。また魔女に会えるかどうかも分からない。前回会えたのは奇跡のようなものだった。

 さらに、蝋燭の消費が激しい。グレゴールが生前買い集めていた蝋燭は使い切り、ヨハンが新たに買い集めたものを今は使っていた。予め大量に買い貯めておくがすぐになくなってしまう。マッチも蝋燭もすぐになくなってしまう。


 —————蝋燭じゃなく、永遠に燃やし続けられるものがあれば—————


 ヨハンはふとそんな事を考えた。

 しかし、そんなものはこの世界に存在しないだろう。何であろうといずれ燃え尽きてしまう。生命と同じだ。


 日々のマッチと蝋燭の不安は拭い切れないが、ロミルダとの生活は楽しかった。まだお互い未成年で結婚出来る歳ですらないが、親戚もおらず、頼る者のいない2人は子供でありながらなんとか生きていた。それはもう、結婚して夫婦になったようなものだった。それくらいにヨハンもロミルダも幸せを感じていた。

 ロミルダに関してはグレゴールが死んだ時に町の教会の神父を初め、多くの人が気にかけてくれ孤児院に入らないかなどと言ってくれたが、ロミルダはそれを拒否した。グレゴールの家を捨てたくないのもあったが、何よりヨハンと2人で暮らしたいと強く願ったのだ。

 町の大人達はロミルダの事は心配して気遣ってくれたが、ヨハンに対しては以前の素行の悪さから知らん振りをして、声すら掛けてくれなかった。それどころか、ヨハンと共に暮らしたいと願うロミルダを哀れんだり、騙されているなどと口々に言い始め、とうとうロミルダも見捨てられてしまった。

 それでもロミルダはヨハンに言った。


「気にしないで。私はあなたのような素敵な人の事をいつまでも昔の悪いところばかりしか見ず、差別する人達とは違うわ。私はあなたの本当の姿を知っている。だから一緒にいたいの」


 ロミルダの言葉はヨハンの心を癒した。絶対に守ろうと思った。

 だから蝋燭の火でロミルダが生き続けられるならどんな事でもしてやろうと思った。

 他がどうなろうと構わない。

 そうだ。今のヨハンにはロミルダ以外大切なものなど何も無いのだから。


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