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第6話~おじいさんと少年だけの秘密~

 グレゴールの指示でロミルダをおぶって家まで連れて来たヨハンは、ベッドにロミルダを下ろすと息を整える為に床に座り込んだ。ロミルダは寝息を立てて眠ってしまっている。


「ヨハン、済まないがこの松明を少し持っていてくれ」


 ヨハンの背後からまだ玄関の扉を開けたまま中に入らず松明を持って立っているグレゴールが言った。

 ヨハンは立ち上がると言われた通りグレゴールから松明を受け取って代わりに玄関のところに立った。辺りはすっかり暗くなってしまっていた。

 グレゴールはポケットからマッチ箱を取り出すとすぐに中からマッチ棒を取り出しマッチ箱の側面に擦り付け火を点けた。そしてその火を机の上の蝋燭に灯した。蝋燭はゆらゆらと火を灯し耀き出した。グレゴールの持っているマッチの柄は何故か赤く見えた。


「さっきのマッチの話、どういうことなんですか?」


 ヨハンは寝息を立てて眠ってしまったロミルダを横目に気にしながらグレゴールに言った。


「よし、ヨハン。その松明の火を消して中に入って来なさい」


 言われるまま、ヨハンは松明の火を外の地面の砂を掛けて消し、地面に置くとグレゴールの待つ部屋の中へ入った。


「このマッチはな、ある老婆から貰ったマッチなんだ。生かしたい者の血をマッチに染み込ませて擦ると、その火が燃えている間その者は絶対に死なないんだ。わしも初めは信じられなかったが実際試してみるとあんなに辛そうだったロミルダが本当に元気になった」


 ヨハンは驚いて今まさにグレゴールが手にしているマッチ箱を凝視した。


「その赤いの……ロミルダの……血?」


 ヨハンは渋い顔でグレゴールを見た。


「そうじゃ、ロミルダが血を吐いた時にわしの手に付いた血じゃ。そのままマッチを握ったのじゃよ」


 ヨハンはそのグレゴールの言葉を、マッチの力を信じるしかなかった。実際にロミルダが火を点けた途端に咳が止まった様子を目の当たりにしたのだから。偶然か。いや、あんなに苦しそうに咳をしていたロミルダが松明に火が点いた途端に咳が止まり大人しく眠ってしまったのだ。ヨハンはむしろそのマッチが魔法のマッチだったんだと思いたかった。マッチで火を点けるだけでロミルダは苦痛から解放される。そう思った瞬間、ヨハンはグレゴールの腕を握っていた。


「そのマッチはあとどのくらいあるんですか?」


 ヨハンの言葉にグレゴールはマッチ箱の中のマッチ棒の本数を指で弾きながら数えた。


「15本だ」


「まだ、ほかに沢山あるんですよね? まさか、そのマッチ箱が最後の1つ?」


 ヨハンは想像以上に少ない本数に驚きを隠せなかった。15本なんて結局1年も長生き出来ない本数だ。


「いや、これだけしかないんだよ。ヨハン。このマッチをくれた老婆もどこに住んでるのか分からんし。突然真夜中に現れ、マッチを渡すと森の中へすっと消えていったよ」


 ヨハンはグレゴールの話を聞いて頭を掻きむしった。ほんの僅かの延命しか出来ない。でも、ロミルダの苦しみが先延ばしに出来るならそれでもいいのか。ヨハンはこれからもロミルダと一緒に遊びたい。ロミルダの笑顔が見たいのだ。

 なんとか15本のマッチで長く火を点けていられる方法はないか。そう考えた時、すでにそのことはグレゴールが考えただろうと思った。有限のマッチを有効に使う方法。

 だが、頭の悪いヨハンには何一つ良い方法は思い浮かばなかった。

 ふと、ヨハンには別の考えが思い付いた。


「おじいさん。その老婆は森の中に消えたんですよね?」


 ヨハンの質問にグレゴールは無言で頷いた。


「だったら俺が探してきますよ! きっとその老婆はこの森の奥に住んでいるんですよ! 見付けてマッチを貰えるだけ貰ってきます」


 ヨハンの提案にグレゴールは苦い顔をした。


「それは無理じゃろう。この森は深く険しい。わしも老婆を探すことはもちろん考えた。だが、この老体では広い森の中からたった1人の老婆を探し出すのは無理じゃ。まだ幼いお前にはもっと危険じゃ。良いか、絶対に老婆を探しに行ってはならんぞ。それよりも、残されたマッチで起こせる火をどれだけ長いこと燃え続けさせられるか。それを考えるのじゃ」


「そんな……」


 グレゴールの言葉にヨハンは肩を落とした。たった15本のマッチを長く燃え続けさせる方法。上手くいったとしても何十年も延命させることが出来るとは思えない。たった一つの儚い火などちょっとしたきっかけで消えてしまうのだ。

 ヨハンはベッドで眠るロミルダの顔を見た。

 その横顔はとても美しくそしてとても儚いものに感じた。

 初めて出来た友達。それがロミルダ。何がなんでもロミルダの苦しみを救ってやりたい。マッチさえあれば……

 ヨハンはその夜はグレゴールの許しが出たので家に泊まった。グレゴールは疲れたようで眠ってしまった。その間、机の上の蝋燭が消えないように睡魔と戦いながらヨハンはロミルダと蝋燭の火を一晩中見守り続けた。





 また夜が開けた。

 ロミルダが目を覚ますといつもと同じ見慣れた天井と小鳥の囀りが聴こえた。


「おはようロミルダ。気分はどうだい? 今朝はパンを焼いたよ。ジャムもあるよ。食べるかい?」


 いつもと同じグレゴールの優しい笑顔。優しい声。そしていつもと同じ机の上の蝋燭の火。

 昨日は確か村に遊びに行った。ヨハンと一緒だった。そこで急に具合が悪くなって……そこからの記憶はあまりない。たぶん、誰かの背中にしがみついていた……ような気がするだけだ。

 ヨハンだったのかな。


「食べるわ。ありがとう。おじいさん、私、昨日……」


「ああ、いつもの発作だったよ。でも、お医者様に診せたらお薬をくれてそれを飲ませたからもう落ち着いたよ。発作の起きる頻度は前よりも少なくなっているだろ? 安心しなさい。病は治ってきてるんだよ」


 グレゴールは笑顔で言った。

 あんなに酷かった病が何故か今は何ともない。本当に薬で治ってきているのだろうか。しかし、事実、最近は歩けるまでに回復した。昨日はきっとはしゃぎ過ぎたんだろう。

 ロミルダはグレゴールの焼いてくれたパンにジャムを塗ってかじりついた。

 このいつもの食卓での食事が、今はとても幸せだった。



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