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第5話~夢幻の時間~

 不思議なマッチの力で元気を取り戻したロミルダは1人で歩けるようにさえなり、よく外で遊ぶようになった。遊び相手はいつもヨハンだった。というより、ロミルダにはヨハンしか友達がいない。ヨハンはロミルダの好きな花畑によく連れて行ってやっているらしい。

 心なしかロミルダはヨハンと遊ぶようになってから以前にもまして元気を取り戻したような気がした。不治の病に苦しんでいたことなどまるで幻だったかのようだった。

 蝋燭の火が消えないように、グレゴールは仕事には行かず家で火を見守っていた。数週間分の蓄えくらいはある。だが、その後はさすがに仕事に行かなければ金も食料も尽きてしまう。その時の蝋燭の火の管理をどうするか、グレゴールはそのことで頭がいっぱいだった。ロミルダ自身にマッチの秘密は言えないし、ヨハンにもまだ教えていいものか決めあぐねていたのだ。


 蝋燭には今日も火が灯っている。

 初めのうちは蝋燭の火が消えないように蝋燭が小さくなったらすぐに新しい蝋燭にまたマッチを擦り火を灯した。その為に村にある蝋燭をありったけ買い込んでいた。しかし、マッチも有限。老婆がまたここに来てくれない限り新しいマッチを貰うことは出来ない。老婆がどこに住んでいるのか分からない以上マッチは手に入らないと思って生活するしかない。

 グレゴールはなんとかマッチを擦らないように蝋燭から蝋燭へ火を移したりして工夫するようにした。そのため、グレゴールは毎日蝋燭の火を気にしながらの生活を余儀なくされた。


 ある日、ロミルダが村に行きたいと言うので、ランタンにマッチで火を灯し、それを持って出掛けた。留守の家に火の点いた蝋燭を残していくのは流石にまずいと思ったのだ。

 ロミルダは家を出るとヨハンの待つ村へ行けると意気揚々と両手を広げ、スカートをヒラヒラとさせクルクルと楽しそうに回った。


「おじいさん、こんなにいいお天気なのにどうしてランタンなんか持って行くの?」


 ロミルダはグレゴールの不自然な行動に首を傾げたが上手く話を逸らした。未だにロミルダにマッチの話はしていない。するつもりもなかった。ロミルダには自然に病が治ったのだと思っていて欲しい。

 ロミルダは楽しそうに鼻歌混じりにスキップなどして森の道を村へと進んで行った。元気になったロミルダの体力は老人であるグレゴールの体力を上回るものになっておりロミルダに合わせるのが以前よりも明らかに難しくなっていた。しかし、それでもグレゴールにとってはロミルダの健康の証であり嬉しいことだった。


 村に到着するとヨハンが待ってましたと言わんばかりにロミルダの前に飛び出してきてお互い手を取り嬉しそうにはしゃいでいた。

 3人で村の雑貨屋や洋服屋などロミルダが行きたいと言った場所を巡った。

 ロミルダはとても楽しそうに店の商品を手に取って眺め可愛らしい小物入れを手に取ったり、上品なワンピースを試着してみたりした。しかし、生活が苦しい家計ではロミルダが手に取ったものを買うことは出来なかった。


「すまないね、ロミルダ。欲しいものを買ってやれなくて」


 日も暮れてきて、何軒目かの洋服屋を出た時、グレゴールはロミルダに言った。


「いいのよ。私はこうして色々なものが見られるだけで楽しいもの! 物よりも、今こうして2人と一緒にいられる時間が楽しいのよ!」


 ロミルダは満面の笑みで答えた。

 その笑みを見てグレゴールもヨハンも連られて笑顔になった。

 本当に優しい子だ。元気になって本当に良かった。グレゴールは神に感謝した。しかし、その感謝すべき相手が神ではないことに、グレゴールはこの時気付かなかった。


 陽も傾き掛け、グレゴールとロミルダは家に帰ることにした。ヨハンの寂しそうな顔を見てロミルダは言った。


「何なのよその顔。明日だって会えるじゃない! そうでしょ? ヨハン」


 ロミルダは笑顔だった。その笑顔に連られてヨハンも笑顔で頷いた。

 グレゴールがロミルダの手を引き道に出ようとすると突然何騎もの騎馬隊が道を駆けて行った。グレゴールは驚いて避けようとしたがバランスを崩しその場に倒れた。手に持っていたランタンは放り出され中の火は消えてしまった。


「邪魔だ! ジジイ!」


 騎馬隊の男の1人がグレゴールに怒声を浴びせ、そのままどこかへ駆け去ってしまった。


「おじいさん!?」


 ロミルダとヨハンが倒れたグレゴールに駆け寄り抱き起こしてくれた。


「軍の兵隊達だよ。畜生、あいつら乱暴なことしやがって」


 ヨハンは歯を食いしばり兵隊が駆け去った方角を睨み付けていた。


「わしは大丈夫じゃ。ちと転んだだけじゃよ。それより、大変だ、ランタンの火が消えてしまった」


 グレゴールが慌てて転がっているランタンを手に取り中身を確認した。


「火くらいまた点ければいいじゃないか」


 ヨハンは不思議そうに言った。

 グレゴールはヨハンの言葉は耳に入らずランタンの燃料を確認したが全部外に漏れ出してしまっていた。


「大変じゃ……」


 グレゴールは青ざめた顔でロミルダの方を見た。

 ロミルダはグレゴールの様子がおかしいので首を傾げた。ロミルダの様子に変わりはない……



 コホンコホン



 と、ロミルダは急に咳き込み始めた。

 今まで治まっていた咳がまた出てきたのだ。ロミルダは口を手で押さえてまた咳をした。


「あ……」


 ロミルダの手のひらには真っ赤な血が付いていた。

 今度はロミルダの顔が青ざめた。

 マッチの効果が切れまた病が進行し始めたのか。

 グレゴールはすぐに懐からマッチ箱を取り出し火を点けられる物を探した。しかし、そんなものは近くになかった。


「ヨハン! すぐに蝋燭を探して持って来てくれ!」


「蝋燭? なんでだよ?? そんなものより医者が先だろ!?」


 ヨハンは最もなことを言ったが、蝋燭を探すよりも医者を探すよりも先に目の前のロミルダが膝から崩れ落ちた。


「ロミルダ!?」


 グレゴールの問い掛けにロミルダは咳をしながら僅かに頷いたがもはや喋ることも辛そうで口からは血が溢れていた。

 早く火を点けなければ。

 グレゴールは自分の上着を脱ぎ、近くに落ちていた棒きれに巻き付け、ランタンから零れて地面に広がっていた燃料を塗りたくり松明を作った。

 ロミルダに手を貸していたヨハンが不思議そうな顔で見ているが何の説明もせずポケットの中のマッチ箱を取り出し、マッチを擦り松明に火を点けた。

 火は勢い良く燃え盛った。


「よし、ヨハン。ロミルダをおぶってわしの家まで運んでもらえるかい?」


「いいけど、先に医者に見せなくていいの?」


「大丈夫じゃよ。ほれ、ロミルダを見てごらん」


 グレゴールの指示に従いヨハンはロミルダを見た。

 ロミルダは松明に火を点けた途端に口からの吐血が止まり咳もしなくなった。

 その様子を見たヨハンは目をまん丸にしてグレゴールを見た。

 グレゴールはそっとヨハンの耳元で囁いた。


「このマッチはな、”生命のマッチ”なんじゃ。後で君にも教えてあげよう。今はわしの家までロミルダを運んでくれ」


 グレゴールの話を聞き、不思議そうな顔をしたままだったヨハンは素直にロミルダを背負い、松明を持ったグレゴールの後について歩き出した。

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