第1話~少年ヨハンとの出会い~
長編を書き終えたので短編を書いてみることにしました。
是非ご覧ください。
16世紀のドイツ。大迫害時代と呼ばれたこの頃、魔女と呼ばれた者達が次々と捕まり火あぶりにされ殺された。
俗にいう”魔女狩り”が盛んな時代に、生まれつき身体が弱く、歩くことすらままならない少女が村外れの森の中におじいさんと2人きりで静かに暮らしていた。
少女の名はロミルダ・エッベルス。透き通るような白い肌に美しいブロンドの髪で瞳は綺麗なコバルトブルーの美少女だった。
ロミルダの両親も病弱で、母はロミルダを産んだ時に死に父も母の後を追うように数週間後には病で死んだ。両親の愛を受けることのなかった不幸な少女はロミルダの母の父親でロミルダの祖父に当たるグレゴールに引き取られた。
グレゴールは齢70を超える高齢で最愛の伴侶には数年前に先立たれ、今は孫娘であるロミルダしか家族はいなかった。
グレゴールは生活の為庭師として高齢ながらも働き続けた。しかし、高齢の庭師が貰える給料などたかが知れており、ロミルダの分の食事を確保するのにも毎日死に物狂いで貧しい生活が続いていた。
疲労困憊で帰宅したグレゴールを癒してくれるのはロミルダだけだった。ロミルダはいつも笑顔で話し掛けてくれた。少ない食事でも文句も言わずに美味しいと言いながら残さず食べた。グレゴールはロミルダの笑顔を見るだけで生きる気力が湧き、また明日も頑張ろうという気持ちになった。
ある日、ロミルダの体調も良く、天気も良かったのでロミルダの希望で村へ出掛けることにした。毎日家の中で一人ぼっちで退屈な日々を送っているロミルダにとって外の世界は大変興味深かったのだろう。グレゴールのする村の話にいつも目を輝かせて聴いていた程だ。
グレゴールの誘いに歓喜したロミルダは体調の良い晴れた日に精一杯のおめかしをして村へ出掛けた。
ロミルダは足腰も弱く自分では歩けないのでいつも使っている車椅子に座り、グレゴールがゆっくりと村へと押していってやった。ロミルダは木々の生い茂る山路も全てが新鮮で鼻歌などを口ずさみとても機嫌が良さそうだった。
村に着くと、ロミルダはまずたくさんの家が並んでいる光景に驚いた。普段ロミルダが見る景色は自分の家の窓から見える木々ばかり。色々な形や色の家が並ぶのがさぞ新鮮だったのだろう。
グレゴールがロミルダの車椅子を押して村を回っていると一つの店の前で止まるように言った。
「おじいさん、あのお花がたくさん置いてあるお店に寄ってちょうだい。とても綺麗でいい匂いがするわ」
グレゴールが花屋の前で車椅子を止めると、ロミルダは店頭に並んでいる花を見渡し目を瞑ってその薫りを堪能していた。
「凄いわ。こんなに色々な種類のお花があるなんて。おじいさん、お願い。あの青いお花を買ってちょうだい」
グレゴールはロミルダの願いを喜んで聞き入れた。1本の青いアネモネを買って渡してやった。ロミルダは大喜びで家に帰るまでそのアネモネを大切に持っていた。
ロミルダは家に帰るとグレゴールに買ってもらったアネモネを部屋の机の上に置いた花瓶に挿ししばらく眺めていた。グレゴールもその様子を微笑ましく眺めていた。
しばらくすると突然雨が降ってきた。
その雨に反応したかのようにロミルダは急に咳き込み、ベッドに横になってしまった。また具合が悪くなってしまったようだ。グレゴールはいつもの事なのですぐに医者の調合した薬をロミルダに飲ませた。一旦は落ち着くのだが、また数時間後には咳き込み始める。ロミルダは薬がないと生きてはいけないのだ。
翌日、雨は上がり、グレゴールがロミルダを残し、いつものように仕事に出掛けていった。ロミルダはベッドに寝たまま一人きりになった家の中で机の上の青いアネモネを眺めていた。枕元の小さな机には薬と水が置いてある。すぐに飲めるようにグレゴールがいつも置いておいてくれるのだ。
すると、家の窓を叩く音が聴こえた。
ロミルダは起き上がり窓の外を覗くと1人の少年がにこりと微笑み手を振っていた。その少年はどこか薄汚く何故か身体中傷だらけだった。
ロミルダは不信感を抱いたが、何故かその時窓を開けてしまった。
「誰なの? あなた」
見たこともない少年にロミルダは尋ねた。
「俺はヨハン。村に住んでるんだ。昨日君とおじいさんを村で見掛けてさ。君があまりにも可愛いからまた会いたくて村の人におじいさんと君の噂を聞いて来たんだ。ちょっとお話しないかい?」
ヨハンと名乗る少年は無邪気な笑顔を見せた。しかし、ロミルダは咳き込みながらヨハンに言った。
「ごめんなさい。知らない人とは話すなとおじいさんに言われているの。それに、私、具合が悪いから帰ってもらえるかしら?」
ロミルダは申し訳なさそうにヨハンを追い返そうとした。
ヨハンは慌ててさらに窓に近付いた。
「面白い話をしてあげるよ! 村の話! 退屈してるんだろ? きっと俺の話を聞けば元気になるさ」
まったく、空気の読めない人だ。ロミルダはそう思い不快そうな顔をしてみたが、ヨハンは構うことなく笑顔を見せていた。
少しだけならいいか。軽い気持ちでヨハンの話を聞くことにした。
窓際で汚らしい格好のヨハンが楽しそうに話し始めるのを冷たい目で見ていた。話を聞いていて退屈なら窓を閉めてしまえばいいし、具合が悪くなっても窓を閉めてしまえばいい。そんな軽い気持ちですでに止まらないヨハンの話を聴いていた。
不思議なことにヨハンの話は面白かった。グレゴールが話してくれる村の話より臨場感があり、違う視点からの話には初め乗り気ではなかったロミルダもいつしか引き込まれてしまっていた。
村での綺麗な花のこと、美味しい食べ物のこと、中でもロミルダが興味を引いたのは魔女狩りの話だった。
定期的に軍の兵隊が村々を巡回して魔女を探しているというのだ。そういえば、この家にも誰かが尋ねてきたことがあった。その時はグレゴールが対応して何事もなかったのだが、もしかしたらそれが軍の兵隊達だったのだろう。
魔女と判断された者は軍隊に捕まり魔女裁判を経て皆火あぶりにされるらしい。
ロミルダはその話に恐怖を覚えたが同時に魔女という者に興味が湧いてきた。グレゴールは普段魔女の話はしない。
ヨハンはロミルダの興味深そうな表情に味をしめたのか、次第に過激な話を始めた。
それはヨハンが魔女狩りに来た兵隊達に喧嘩を売られたので殴ってやったという乱暴な話だった。
ロミルダはその話を聞いた途端、不快な顔をしてそっぽを向いた。
「私、乱暴なお話は聴きたくないわ。気分が悪いの。帰ってちょうだい」
ヨハンは慌てて謝ったが、ロミルダはパタンと窓を閉め、カーテンまで閉めてしまった。
ロミルダはベッドに横になり毛布を頭まで被った。しばらく外の気配を窺っていたがヨハンの気配はなくなっていた。
暴力は嫌いだった。怖い。人が傷付くのは耐えられない。
そんなことを考えながらいつの間にかロミルダは眠っていた。
日も暮れ、グレゴールが家に帰ってきた気配でロミルダは目を覚ました。
「お昼寝をしていたのかい? 具合はどうかな?」
グレゴールは目を覚ましたロミルダに優しく話し掛け温かいミルクの入ったカップを差し出した。
ロミルダはそれを両手で受け取るとふーふーと息を吹き掛けた。
「眠ったら楽になったわ」
ロミルダはゆっくりとミルクを飲んだ。
「あ、そうだ、おじいさん。ヨハンていう村の男の子を知ってる? 昼間ここに訪ねて来たのだけど、どんな子なの?」
ロミルダは昼間の出来事を思い出し、グレゴールに訊いた。
するとグレゴールは眉間に皺を寄せた。
「ヨハンが来たのか。彼は村ではそれは評判の悪い少年だよ。両親がおらず、生きる為に村の物をよく盗んでいる。時には村人に怪我をさせることもある」
グレゴールは顎の髭に手を当て不快そうに言った。
「両親がいない……それじゃあ、私と同じなのね」
「同じなものか。ヨハンは盗みをするんだぞ? 悪さをするんだ。ロミルダとはまったく違う。いいかい、ロミルダ。ヨハンとは口を利いちゃいけないよ。いいね?」
グレゴールはロミルダを説得するように真剣な眼差しで言った。
「分かったわ」
返事はしたものの、納得は出来なかった。自分ももしグレゴールがいなければ生きる為に盗みをしたかもしれない。いや、もしグレゴールがいなかったらとっくに病気で死んでいたのか。
ロミルダは温かいミルクをまたゆっくりと口に運んだ。