ヘンゼルとグレーテル II
誰もいない夜の教室で、目暮と向かい合っているってのも気まずくて俺は口を開いた。
「どうして目暮はここにいるんだ?」
「んー…とね。忘れ物をしたから」
「俺と同じじゃん。ってかなんで一瞬考えたんだよ」
「…双葉くんなら言っても大丈夫か考えてた」
「ふーん…」
なんか腑に落ちない気もするが、それ以上追求するのも面倒なので黙った。
彼女は忘れ物を取りに来たと言うわりに、手には何も持っていない。まだ探している途中なのだろうか。
「それで、双葉くんの探し物は見つかったのかな?」
「ちっ、それが無いんだよな」
「奇遇ね。私も」
俺は忘れ物が見つからなくてかなり焦っているのに、目暮は余裕そうに微笑んでいた。夜に取りに来るほどなのだから、見つからなかったらそこそこ焦ると思うのだが。
「あーっ、もういいや。見つかんないから家に帰ってもう一度探すわ」
「そっか」
「俺はもう帰るけど、目暮はどうする?」
俺が尋ねると目暮は目を伏せた。長い睫毛が綺麗な顔に影を落とす。
「ん。私もついていく」
そのまま俺たちは教室を出て、あのトイレに戻っていった。
*
「は⁉︎嘘だろ⁉︎」
あ か な い
窓が開かない。
「…っ‼︎おかしいだろっ‼︎内鍵なのに開かないって…‼︎」
「…まぁこの校舎も古いし、どの窓も立て付けが悪いしね」
「さっきは確かに開いたんだ‼︎突然開かなくなるなんておかしいだろ‼︎」
どうすればいい。本当にまずい。
「こうなったら…、窓を割るしか…」
「おすすめはしない」
俺が呟くと目暮がボソッと言った。
「窓なんて割ったら警備員がすっ飛んで来るよ」
そうだ。確かにこの時間帯は警備員が見回りしているはず。
頭を抱えこんだ。
ーー詰んだ。
詰んだなんて、リアルで初めて使ったよ。
これほど「詰む」という言葉が相応しい場面があるだろうか。
「別に、一生出れないってわけじゃないでしょ?いいじゃない。暫く学校にいれば」
「…え」
「まさか怖いなんて言わないよね?」
ニヤリと笑う目暮にカッとした。
「んなわけねーだろ!平気だよ、そんくらい」
「じゃあ暫くこの学校で仲良くしようか」
そういうと目暮は俺な腕を引いてルンルンと歩き出した。なんだか乗せられてしまったようで悔しい。
*
「それにしてもあっついなー」
じっとりとした空気が肌にまとわりつく。なぜかあんなに元気だった蝉の声も聞こえない。
「ねえ、こうやってただ廊下を歩いてても退屈じゃない?」
目暮が不意に俺を見つめてきた。
「怖い話でもしようよ」
思わずギクリとしてしまった。
怖い話は、ちょっとばかり苦手だな、なんて。さっきトイレで声を上げたのも見栄を張っただけかな、なんて。
「ところで双葉くんは童話は好きかな?」
「童話?」
「このシチュエーション、ヘンゼルとグレーテルによく似てると思うんだ」
ヘンゼルとグレーテル…?
ああ、あれか。幼い兄妹が夜に追い出されてお菓子の家にたどり着くって話か。
「どこが似ているんだ?」
「夜に家を飛び出して、学校まで来た。おまけに学校からは出れないじゃない」
「俺がヘンゼルで、お前がグレーテルって訳か」
「そう。そして物語でもその日は満月の夜だった」
そっか。満月の夜だったから道に落とした石が見えたんだっけ。
ふと窓の外を見やる。
そこには見事な満月が浮かんでいた。
「でもここはお菓子の家じゃない」
「そうかな?お菓子の家ってただ、お菓子でできてるだけじゃないじゃない」
「そこまでヘンゼルとグレーテルについて覚えてねーから」
ヘンゼルとグレーテルはお菓子で何をしたんだっけ。
そこからどうなったんだっけ?
「魔女に、喰われるのよ」
目暮はなんでもないように微笑みながら言った。
「喰われかけた、が正しいけどね」
「おいおい、喰われる方ってまさか…」
「そ。ヘンゼルの方。背後には気をつけてね♪」
そう言われると、本当に背後に何かがいるような気がして、
バッ‼︎
と背後を振り返った。
当然だがそこには誰もいない。
「…つ。何を安心してんだ、俺は」
どうも動揺しすぎだな。
今の段階では、2日に一回とか自分では異常なほど早いペースで更新してます。
ので、そのうち遅くなるかもしれませんが見捨てないでください(笑)