シンデレラIII
「んで、彼女が残してったのはそのハンカチだけだと?」
「そうだよ」
友人の言葉に煽られてビールを飲み干した。
コーヒーをぶっかけられてから2ヶ月が経つ。未だに忘れられない。
「女には困らないお前が珍しいな。少し気味が悪い」
「俺もそう思う」
今までの俺なら考えられないことだ。一度見ただけの女を忘れられなくなるとか。
自分でも気味が悪いんだ。
「だったらさー、もう一度会って気持ちにケリをつけてこいよ」
「それができないから困ってんの」
「ハンカチに名前とか書いてないよな」
「まさか。小学生じゃあるまいし」
「書いてた」
「は?」
タグに油性インクで本当に書いていた。
“灰野レイ”
って。
「あ、俺コイツ知ってる」
「は?」
おいおいおい、さっきから話が上手く進みすぎだろう。
「高校が同じだわー。まだ連絡先持ってるからあげようか?」
わかった。
本当に気味が悪いのはこの流れだ。
俺たちの意思に関わらず物事が進んでいく。
誰かに運命を操られているみたいに。
「連絡先、貰っていい?」
それでも聞いてしまう俺は馬鹿だ。
*
やばいやばい、どうしよう。
コーヒーをかけてしまったのは本当に町田さんで、それで連絡まで来てしまった。
スマホの画面を凝視しながら顔を真っ赤にさせていると、隣に座る須原さんが話しかけてきた。
「あ、それ町田さんから?灰野さんに気があるんじゃない?」
「はは、まさか…」
「いやいや、もしそうだとしたらラッキーだよ!」
「え?」
「将来が約束されてる彼と結ばれたら玉の輿!プチシンデレラストーリーじゃん」
シンデレラストーリー…。
大したもんだよ。
じゃがいも畑で産まれた私がそこまで成り上がるんだから。
凄いじゃん。
ほんとに、
凄い…。
*
「さっきら無口だけど、口に合わなかったかな?」
「いえいえ、とっても美味しいです!」
おしゃれなイタリアンレストラン。薄暗い照明が雰囲気を演出する。
それから何回か連絡をやりとりして、一緒に食事に行くところまで進展した。
軽く映画を観に行ったり、少しだけ遠出したり…。
一緒にいてつくづく思うことは、
“この人は完璧だ”
ということ。
もう、芋女の私にはもったいないくらい。
こんな人と結ばれたら本当に幸運だ。
必ず幸せになれる。
新居はきっと都心の高級タワーマンション。
進行旅行はハワイとか…。
きっと、そういうことが簡単にできてしまう人なんだ。
彼の愛を受ける人は誰なんだろう。
目に見えない“誰か”なのか。
それとも…
「あの、さ」
彼が急にナイフとフォークを置いた。
「はい」
私もつられるように置いた。
真剣な瞳の彼と目が合う。
「ここ暫く君と一緒にいて、とても落ち着くし…なにより、楽しいんだ。もう少し、いや、これからもそばにいてほしい」
その時
レストランの音が消えた気がした。
BGMも、人々の騒めきも遠くて、
無声映画の世界に迷い込んだようだった。
唯、自分が息を呑んだ声が聞こえるだけ。
ヒュッ、という情けない音がした。
「だから、さ。僕と結婚を前提にお付き合いしていただけませんか」
次で、本当に終わります(予定