シンデレラII
*
やっぱり本社は大きいなあ。
高田さんには忘れ物を届に来たってことにしとけって言われたけど、上司のお局様に会うなり
「必要ないから。何しに来たの」
なんて言われてさ。
その場の全員の視線が痛かった。
この場所に今、私は場違いなんだって思い知った。
首元にぶら下げる来客用カードがとてもみじめなものに思えた。
綺麗な壁と、人に押し潰されそう。
俯いて出口に向かっていたせいで、前から人が来るのに気づかなかった。
ードンっ‼︎‼︎パシャぁっ‼︎
えっ…?
突然人にぶつかった感触と、顔に飛び散った液体に驚いて顔を上げた。
目の前には缶コーヒーをスーツにぶちまけられ、唖然としている男性が立っていた。
「ごめんなさい‼︎クリーニング代は弁償しますんで‼︎」
私は慌ててハンカチを差し出す。
「いや、大丈夫ですよ」
持っていたコーヒーを零してしまったのに男性はにこやかに対応した。
「あの、」
「ああ、クリーニング代は結構ですから」
やんわりと断られてしまった。
これ以上言っても返事は同じっぽい。
「じゃあせめて、ハンカチを使ってください」
「これはどうすればいいですか?」
「返していただかなくて結構です。その後は捨てちゃってください」
私が言うと彼はぼんやりとハンカチを見つめた。
私と彼が向かい合っていると後ろから声をかけられた。
「あー、まだいたのね。ほら、さっさと帰るわよ」
お局様だ。
それになぜだかすこぶる機嫌が悪い。
しかし、お局様は彼を見るなり、しかめた顔を綻ばせた。
「あっ、町田さん!ごめんなさいね、うちの部下がご迷惑をかけて」
「いえいえ、大丈夫です」
「もう少しお話したいんですけど、時間もあれなんで失礼しますね」
そう言ってお局様は私を引っ張る。
「あの、名前は…」
最後にそんな彼の声がした気がするが、きっと気のせいだろう。
*
「あー、本当に厚かましいね、高田さんに迷惑かけるなんて」
お局様に嫌味を言われてなんとなく思い出した。
彼はあれか。
本社に若手ながら勤めるエリートって噂の人か。
彼女としては狙ってたんだろうな。
いや、狙ってる…?
まだ文句を言う彼女の言葉をてきとうに受け流しながらぼんやり考えた。
彼女は、いつもこうなんだ。
自分中心の考えがどこでも抜けない人。
まるで大人のパーツを置いて来てしまったような人だ。
それでも彼女は、狭い“会社”という世界しか知らないから、生きていける。
外の人間から見たら閉じこもって女王様をやっている彼女はさぞ滑稽だろう。
それでも知らないのだから幸せなものだ。
よそ者の私はどうしても“会社”からは外側の人間なのだから。
*
「残していったのはハンカチだけ…か」
ぶっちゃっけ最初はイラっとした。
コーヒーをぶちまけられて。
けど、必死に謝る彼女にそれ以上強くは言えなかった。
それになぜか目が離せなかった。
誰かに操られているみたいに。
それに操られるまま俺は彼女の手がかりを追った。
読んでくださる方、ありがとうございます。
それだけで本当に嬉しいです。