第7話 第2の街【ツヴァイト】
誤字や誤用があれば、教えて頂けると助かります。
毒耐性を持っていた運営の悪戯心が込められた凶悪なモンスター――ブラックヴァイパーで実験をした結果、毒の耐性を持っていても"無効"ではない限り、耐える事の出来る限界が存在したと判明した。
コーディーは太陽が照りつける昼間に全く合わない笑みを浮かべ、大層満足げだ。
ブラックヴァイパーに挑む前に浮かべる事のできた、格好いい笑みは一体どうなったのか。
(結構、遠いですね……)
平原フィールドを移動する事、30分少々。
道中、新たな植物を採取したり、真っ赤な体色をした猪や全長1メートル程の鳥型モンスターに襲われたりしたが、それらは自慢のポーションを使い難なく撃退。
そんな事があったが、ふと遠くを見たコーディーの視界に【ツヴァイト】の街を囲む外壁が映った。
漸くゴールが見えてきた事により、コーディーは速度を少し早め歩みを進める。
離れているが時折、街から出てくるプレイヤーは見えるようで、コーディーの視線は街を出たプレイヤーの行く先を追っていた。
コーディーから見て右側には遠くに山があり、反対側は木々は鬱蒼と生えている森が見える。
そこには一体何があるのか。特に森へは非常に興味を惹かれるコーディー。
【ミリアド・ワールド・オンライン】のプロモーションビデオで見た、樹海に存在する遺跡を思い出したのだろう。
もしかして、あの森の中に……そんな事を考える。
怪しい雰囲気を醸し出す薄暗い森の奥地に、ひっそりと存在する歴史がありそうな遺跡。
後ろ髪を引かれる思いがあったが、進路は変えずまっすぐ【ツヴァイト】の街を目指した。
(大丈夫……遺跡は逃げたりしない……はずです)
建物が逃げるはずがないと考えたが、この世界は創られたファンタジーな世界。
モンスターや魔法が存在すれば、遺跡だって動き出してもおかしくない。
歩みを進めるコーディーの移動速度は、軽く走っているようなものになっていた。
(大丈夫です……そう信じましょう)
そう内心で呟く事により、焦る心を鎮める。
正直、山の方にも行きたいのだが、遺跡への思いよりは小さかった。
つまり、どちらにも興味を惹かれている。小走りから全速力へとシフトして、今は上げに上げたAGIによる移動速度で眼前の街へと迫る。
白衣を風ではためかせ、風が白髪を撫で付ける。その時、横から赤い毛を逆立てた猪――レッドボアがコーディーへと突っ込んできた。
が、彼は見向きもせず一瞬速度を緩めるだけで突進を避けると、門をくぐり街へと入っていく。
コーディーの前を通り過ぎただけのレッドボアはそれなりの速度で走っていた為、直ぐには停止ができず、止まれた時には周りにプレイヤーは居なかった。
そして、レッドボアは突如倒れる事となった。
何が起きたのか分からなかったが、身体の自由が効かなくなったレッドボアはどうしようもない。
結局、ご自慢の赤い体毛が何やら液体で濡れているように見える事に気がつけず、レッドボアは訳が分からないという混乱の中、少し後偶然通りかかったプレイヤーに襲われ消滅する事となった。
冷静を取り戻したコーディーは今、街を見学しながら手に入った所持品を確認していた。
彼は戦闘が起きるフィールドでは、なるべくストレージの中身を見ないよう心がけており、安全な場所へ移動した後ドロップ品などを確認する。
これは、ストレージの確認が現実で歩きながら携帯端末を操作するような物だと認識しているからだ。
現に掲示板で知った情報から、よそ見で事故に遭うプレイヤーも少なくないと言われている。
ざっと重要な場所の確認をした後、作業場へと向かうコーディー。
【ツヴァイト】の街並みは中世程だった始まりの街と比べると、文明が少し進んだという印象を抱かせる。
(流石、運営……)
こういう所がコーディーの心に深く入り込み、時間がある時は街をゆっくり見て回ろうと思わせる要因だ。
第2の街に来たので今日はもう街から出ず、情報収集と生産、そして街を見て回る事に決める。
どうやら作業場は始まりの街と同じらしく、街の中央から少し行った辺りに建っていた。
観音開きの扉を開けて中へ入ると受付の男性が対応してくれ、一般の作業場を選択すると大部屋へと入る。
ここは、始まりの街とそこまで変わりなく多少スペースが広いだけだった。
(やはりと言ったところでしょうか……結構、人が多いですね)
中に居たプレイヤーの数を見て、現在の主要活動都市なだけあると感じた。
錬金術師も10人近く居ることが確認できる。ポーションの売買によって金銭をがっぽりと儲けているプレイヤーは、1時間500Sの個室で生産を行っているだろうから、ここに居る人数では現在の錬金術師のプレイヤー数は判断できない。
コーディーも錬金術師なのだからポーションを露店で売ったりして、錬成するが如く金銭を手に入れられるかもしれないが、彼は自分の為にポーションを生産しているので、自分の作品は売ろうとは考えないだろう。
数々のモンスターを葬ってきたポイズンポーションやパラライズポーションはとても便利だが、これを使用しての戦闘が出来るのは現在、コーディーだけだ。
故に例え販売しても、購入するプレイヤーはまず居ない。
そもそも生産職は戦闘が不向きで、モンスターと戦わずとも生産するだけでキャラクターレベルが上がる。だから、ポイズンポーションの有用性に気が付かず、《投擲》と組み合わせればと考えてもスキルレベルが15になるまでは投げる事ができない。
だから、錬金術師は《投擲》を持っていない人ばかりであり、所持していても全く使用されない。
コーディーが注目を浴びれば相性スキルの事は判明するだろうが、彼はソロで活動したいが為に戦う生産職を目指したのだ。
故に自ら目立つ事はしない。辺りへ響く高笑いに関しては、流石に街まで聞こえるとは思っていないので、目立っているとは知っていない。
彼が思い描く研究者というのは、自身がしたいように好き勝手に生産をして生きるという、他人から見れば変わっていると思われる者だ。
例え目立っていたとしても、彼なら変わり者らしいと思い、あまり気にしないかもしれない。
「やあ! もしかして、君も錬金術師かい?」
他プレイヤーを感情が込められていない瞳で見ているコーディーに突如、隣から声が掛かった。
視線を向けるとそこには青髪の青年が、作業机に片手を置いてコーディーを見ている。
「ええ、私も錬金術師です。貴方もですか?」
コーディーは笑みを浮かべ、青髪の青年に言葉を返す。
傍から見れば違和感のない笑みだろう。しかし、作り笑いである。
作り笑いではキャラクターの顔に合った笑みを浮かべられるのだが、何故心の底から笑うと不気味なものになるのだろうか?
不思議な事である。
「僕も錬金術師の職業を選択しているんですよ」
コーディーの問いに青髪の青年は答える。
彼はプレイヤーであり、コーディーと同じ錬金術師だ。
(と、言う事は……)
コーディーは声を掛けられた理由を推測して、青髪の青年が言葉を話す前に口を開く。
「レシピや情報の共有ならお断りします」
笑みを継続したままのコーディーの言葉に、青髪の青年は小さく舌打ちをした。
自然と出てしまったのだろう。青髪の青年は舌打ちをしてしまった事に、まるで気がついてなかった。
だが、コーディーの耳にはしっかりと届いており、やはりか……と自身の推測が当たっていた事に辟易とした。
(本当にこういう人いるんですね)
狙いが外れたのだろう。少しだけ言葉を交わした後、青髪の青年は突如フレンドから呼び出されたと言って作業場から出ていった。
去り方からして確定だと判断したコーディーは小さくため息を吐く。
他より、リードしたいと考える者は多いだろう。この先同じ事が何回もあると考え、高揚していた気分が下がるのを感じた。
「早くアトリエが欲しいですね……」
自分だけの作業場に思いを馳せ、ストレージから素材を作業机に取り出す。
今回作成するのはブラックヴァイパーから手に入った毒袋を使用して作る、強化ポイズンポーション。
毒袋を持っているはずのブラックヴァイパーだが、手に入った物は既に容器の中へ入っていた。
親の許可があれば12歳の子供でもプレイできるゲームなだけあり、運営による配慮はちゃんとされているようだ。
因みに親御さんは携帯端末で、子供のプレイ内容を知る事が出来る。こういう所まできちんと考えている所はさすがだろう。
「毒を使うのですから、十分に気を付けなければいけませんね」
容器に入っている毒々しい見た目の液体をスポイト――駒込ピペットを使用してポイズンポーションの入っている小瓶へ入れた。
1滴、2滴と入れて様子を観察する。小瓶を軽く振るってみるが、色の変化はあれど効果も変わらなければ名前も変わらない。
今度は複数本ポイズンポーションを用意して、1滴だけ入れた物、1滴入れて熱した物、というように様々用意する。
「駄目ですか……寧ろ、毒になる確率が下がってしまうとは」
毒になる確率が20%から1、2%下がったりと変化はしたのだが、それらは全て熱した物だったので、ブラックヴァイパーの猛毒は関係ないと考えた。
液体を追加しただけでは無理だと分かったが、そうなると猛毒を使用したポーションの作り方を新しく考えなくてはいけない。
ブラックヴァイパーの猛毒は"アイテム"ではなく"素材"となっているので、投擲物には出来ないのだ。
ブラックヴァイパーの猛毒は一つしか持っていなかった為、残りもあと僅かとなり、今日の所はポイズンポーションの作成を止めた。
そして、【ツヴァイト】までの道中に採取した植物を使用し、新しくポーションを作る事に。
散らかった作業机を綺麗にすると"受けの薬草"という植物を取り出した。
(何故、守りでは無く受けなんでしょうね)
運営のちょっとした遊び心により命名された植物にコーディーは疑問を抱いたが、直ぐ気にする事を止めた。
ストレージから取り出した、受けの薬草に《鑑定眼》を使用したのだがそれが原因だろう。
《鑑定眼》は全プレイヤーが使える鑑定の上位互換故に、普通の鑑定より知る事の出来る情報が増える。
さて、彼は一体何を見たのか。
「はぁ……これは鑑定眼がなければ、効果は分からないでしょうね……」
説明の下の方に『食べると3分間、被ダメージが3%減少する』と書かれており《鑑定眼》で知る事の出来る情報は必ず最後に表示される。
ゲーム自体はクオリティが高く、高度な人工知能をNPCに積んであると言われ、人気も売上も右肩上がり。
そんなゲームを作るには、子供のような無邪気さが必要なのだろうか。それか、受けの薬草だけ深夜テンションで説明文を書いたのかもしれない。
コーディーは頭を振って、考えていた事を放棄した。
そして、調合を始める。メニューを表示させレシピを見てみると、どうやら受けの薬草を使用したポーションのレシピがあるようで、それに従い作成を開始した。
少し青みがかっている緑色の薬草を小さく千切って、沸騰したお湯に入れる。そして1分茹でた後、お湯が入っていたビーカーから薬草だけを乳鉢に移した。
調合を何度もしているだけあって、最早慣れたものである。
受けの薬草はお湯で温められた事で青の色素が抜けて、お湯の方は綺麗な青色へとなっていた。
慣れた手つきで乳鉢に移した薬草を磨り潰すと、その液体をフラスコへ。ビーカーに入っている青色をしたお湯も、同じフラスコへ入れる。
最後にフラスコを熱して中の液体が混ざると、お茶のような色に変わって液体が消えるとポーションが完成した。
『ディフェンスポーション』
お茶の味がする。少し渋い。
上手く作成すれば、高級なお茶のような味わいがするだろう。
使用すると10分間、被ダメージが10%減少する。
クールタイムは30分。
これは非常に便利なポーションだろう。
しかも、今までのポーションとは決定的に違う点が、初めから味を持っているという点だ。
コーディーが持っている低級ポーションにも味は付いているが、それは作成時に水ではなく果実を潰して水と混ぜ合わせた果実水を用いているからだ。
そうして低級ポーションの質を上げると同時に、果実の甘い味を低級ポーションへと付与していた
しかし、ディフェンスポーションはレシピ通りに作成した時点で、お茶の味わいを持っている。
コーディーは甘いばかりの低級ポーションに少しばかり嫌気が差していたが、今回のポーションが出来上がり、一気に調合アーツ《大量生産》を使用して作成数を指定すると量産を開始した。
そして、出来上がったディフェンスポーション改め、"お茶"に満足した後、新たなポーションの開発をしつつ、時間が来たので作業場を出ていく。
(まさか、お茶が出来るとは思いませんでしたね)
作業場を出ると歩きながら、コーディーは早速ディフェンスポーションを飲む。
お茶に合う容器が無いので、仕方なくフラスコで飲んでいる。
小瓶ではなくフラスコを選ぶ所が、研究者ロールをする彼らしいと思う。
ディフェンスポーションは冷めているのだが、そんな事は気にならないようだ。
街の様子や建物を見ながら、それを肴にして酒を呑むようにディフェンスポーションを口にしている。
花見ならぬ街見といった感じか。フラスコに入っている液体を飲む白髪白衣の男性を、周りのプレイヤーとNPCは珍しそうに見ている。
掲示板で少しばかり話題になっている、高笑いをしていたプレイヤーとは誰も気づくまい。
そうして大通りを歩いて居ると、冒険者ギルドへと近づいていたのでコーディーは中へと入る事にした。
ディフェンスポーションは既に飲み終えているので、中へ入っても視線は全く集まらない。
「これは一体……?」
冒険者ギルド内へ入り、コーディーは疑問符を浮かべる。
彼の視界には、始まりの街と瓜二つの内装や受付のNPCという光景が映っていた。