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閑話 演技と笑い声

前々から考えていた閑話が出来たので投稿いたします。

時系列は適当にお考えください。

私的にはアトリエを手に入れた辺り。

書き始めた頃もそのくらいでした。

 白髪白衣、右目に銀縁のモノクロを付けているコーディーは、誰の干渉も受けない自分のアトリエで1人研究を重ねていた。


「クハハハハッ! 微妙ですね……フハハハハハハッ! これも微妙……」


 時折笑い声を上げながら、彼は何やら悩んでいた。

 傍から見るとおかしな人だが、これはコーディーにとって重要な事だ。


「もっとキャラに合うような笑い方を模索しなければ……」


 彼は今、自身が演じるコーディーというキャラクターに合う笑い方を、何パターンか試している最中である。

 口調は普段から丁寧で、自分を第一に考え行動するクールな研究者。

 そんな設定をより突き詰めるべく、時間が空いた今のような時に立ち振舞いなどを練習していた。


「クククっ……ハハハハッ……クハハハハハハッ!」


 少し俯き気味になり、右手で笑いを抑えるかのように顔へ当て、最後に大きく高笑いをする。

 そんな演技をしたが、納得がいかないように頭を横に振った。


(もっと、狂っている感じを出さなくては)


 顎に手を当てて考えた後、掌を上に向けて自身を大きく見せるように広げる。

 追加で少しだけ体をってみた。

 だが、これでは態度がでかいだけの痛々しい人だ。

 そんな事を思い、椅子に座って頬杖をつく。


(声のボリュームの問題か、はたまた表情、身体の動かし方に違和感があるのか……)


 脚を組み、未だ満足行かない笑い方について思案する。


「難しい」


 彼の口から自然と声が漏れた。

 今練習中の演技も大事だが、行動の1つ1つも大事なのだとコーディーは心の中で呟く。

 ロールプレイをする上で、そのキャラクターが本当にこの世界に居ると思わせられなければアクターとしては失敗である。


 この【ミリアド・ワールド・オンライン】の世界で生活しているのは森脇もりわき広大こうだいではなく、彼が演じているコーディーというキャラクターだ。

 演者えんじゃがキャラクターから透けて見える事があっては、それ以降「中の人が居る」という印象を与えてしまう。

 プレイヤーの視線が多い状況は、彼にとって戦争に等しい。


 一定の緊張感とプレッシャーを受けて行動をしなければならないのだ。1つのミスで死んだも同然。

 演じているという印象を大きく与えてしまっては、コーディーというキャラクターはこの世界から消えてしまう。

 故に、ログインをしていて冒険や素材集めを行わない時間は、コーディーというキャラクターを作り上げる為に使用している。


 彼はロールプレイに余念がないのだ。

 なので、今は森脇もりわき広大こうだいという演者アクターとしてアトリエにいる。

 設定を弄らなければアトリエのある空間に他者が入る事は出来ない。

 完全なプライベート空間だ。


 コーディーというキャラクターを演じる彼だが、当然台本など存在しない。

 自身がイチから作り上げたキャラクターなので、存在するはずがないのだ。

 台本は自身の内側に眠っている。


 それを呼び覚まし、外へ出すことによってコーディーは出来上がる。

 だが、それは簡単ではない。言葉にするだけなら容易であっても、形にするのは練習がなければ到底出来ないのである。


 リアルの生活もある為、毎日を練習に費やすことは不可能。

 練習不足ながらもいきなり本番が訪れるのが現実だ。

 特にMWOの世界に降り立った最初の頃は、練習なしのぶっつけ本番だった。


 それはロールプレイを甘く見ていたという事。

 今思えば、愚かだったと彼は自分を恥じるだろう。

 しかし、日々練習に練習を重ねる事によってコーディーというキャラクターが形に成りつつある。


 MWOの世界を単独でプレイしているお陰か広大という人物を外に出して、それを他のプレイヤーに見られるという愚を犯さずに済んでいる。

 もしパーティーを組んでいた場合、演技不十分で痛々しいキャラクターになっていただろう。

 それを想像するとより練習に身が入る。


「さて、もう一度練習をしましょう」


 彼は椅子から立ち上がり僅かな時間、目を閉じて理想の錬金術師をイメージする。

 意識の奥底へと刻み込んで半ば暗示の様に、コーディーという怪しい錬金術師――研究者を思い描く。


(怪しくもクールで、打算的な人物……冷酷な狂人……)


 イメージを自身へ落とし込む。


 ――自分は器、空っぽな器だ。演じる事は簡単。ただ普段通りの自分で構わない。さあ、いつもの様に他者を嘲笑え。


 ゆっくりと目を開き、静かに……でも不思議と通る声で笑い声が口から溢れる。

 口角は三日月を思わせる形へ、手は右側頭部を捉え、顔は自然と上向きになった。


「フフフッ……ッハハハッッ……! フハハハハハハハッ!!」


 そして、興奮を抑えるように笑いながらも荒い息を吐く。

 広大は思わず「これだ!」と口に出しそうになったが、自身の上げた笑い声は自然とそれを抑える。

 何よりも高笑いが優先された瞬間だった。


 こうして完成されたコーディーの笑い声。

 モンスターを倒した際に時折、彼が笑うのは努力の結晶を以てモンスターに冥土の土産を授ける為であった。

 笑い声が完成された後も、彼のアトリエでは偶に笑い声が木霊する。


 それは、練習を怠らない演者アクターが存在するという証明だ。

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