第34話 高性能つるはし
円形の空間を奥に進み、露出している鉱石を掘り出す。
周りの岩を削っていき、鉱石を傷つけないように取らなくてはいけないのだが、高性能つるはしを以てすれば、岩がまるで豆腐の様に削れる。
力を込めて壁につるはしを振る必要がなくなり、順調にその他鉱石と光り輝く鉱石が手に入っていく。
この場所には埋まっている鉱石が潤沢なのか、次々に素材が手に入りコーディーの気分が高揚していく一方だ。
鉄や銅、稀に鋼や銀も手に入るので掘り進める手が止まらない。
爆弾の素材となる爆裂鉱石もストレージに溜まっていき、この依頼が終われば爆弾の数はイベント前の状態に戻せるかもしれない。
アイテムは1種類99個まで所持可能。99個をオーバーした場合、新しいスペースを使用することになる。
コーディーはポーション類を大量に使用するスタイルなので、1種類のアイテムで3つ分のスペースを埋めている。
つまり、ポイズンポーションだけでも198個以上をストレージ内に収納しているわけだ。
突発的なイベントに対応できるように、ストックはなるべく切らさないように心がけている。
アトリエ内には質が少し低い物が大量に保管されており、妥協すればポーション類は直ぐに補充が可能だ。
現在、ストレージ内に入っているポイズンポーションとパラライズポーションの状態異常にさせる確率は、両方共50%にギリギリ届かないという高品質のものばかりだ。
それを上空に投げて雨のように降らせるという小技的な方法を駆使し、広範囲に効果を及ぼすので対生物の場合、コーディーはかなり有利な状況へ持っていける。
割れた容器の破片によって攻撃を齎すこともできるので、ポーションを投げる行為だけでかなり強力だろう。
コーディー自身もこの行為は強力だと思っており、アップデートで修正されないか僅かばかりの不安を胸に抱いている。
そうこうしていると、漸く辺りの鉱石を採掘し終えたようだ。
入口付近は通路にある松明のお陰で少し明るいが、この空間の中央から先は完全に闇に覆われている。
いや、少しだけ仄かに明るく見える壁もあるのだが、それがどうしたのと言うのだ。。
採掘する前は依頼の納品物である鉱石が辺りを照らしていたのだが、奥側から採掘していったので当然現在の視界は頼りない。
だが、何も問題は起きること無く《採掘》スキルを得る為の依頼はスムーズに終わり、高性能つるはしを持ったままコーディーは帰ろうとしたその時、《索敵》スキルによって何者かが背後に現れた事を彼は感じ取った。
咄嗟に腰に下げている短剣をつるはしを持っていない方の手で抜き去り、振り返ると共に腕を振るう。
怯ませる程度で十分だと思って行った攻撃は、突如として背後に現れたモンスター――スケルトンを容易く砕いた。
攻撃力に影響するSTRは初期値の10から上げておらず、武器によって上昇した攻撃力に頼っての一撃だったがスケルトンは簡単に倒せた。
しかし、振り返った事でコーディーの目には驚きの光景が見えてしまった。
思わず口を開いて、呟きを零す。
「これはこれは……いつの間にこれほどのスケルトンが湧いていたのでしょうか」
いくら弱いスケルトンが相手であろうともSTR同様、防御力に影響するVITも初期値の10であり装備品頼りの防御力しか持たない紙装甲のコーディーに、パッと見で40体を超えるだろう数のスケルトンを相手に無傷ではいられない。
コーディーの《索敵》スキルレベル24だ。
この場所は第2の街【ツヴァイト】から行ける洞窟なので、24レベルでも十分な筈だと思うのだが、今の今までこの数のスケルトンが現れたという事に気がつけなかった。
特殊な現象が作用しているのか、自分のスキルレベルが低いのかコーディーには分からなかったが、多勢のスケルトンを視界に入れたコーディーは選んだ行動は――逃げの一手だ。
(流石にこの空間では、全ての攻撃を捌ききれる自身がありませんね。そもそも囲まれれば終わりです)
一瞬で結論を出したコーディーはスケルトン達を視界に捉えたまま、バック走で入り口まで向かった。
レベルアップの際に手に入るボーナスポイントの半分以上をAGIに振っているので、傍から見ると気持ちの悪い速度且つ、後ろ向きで奔っている気味の悪い白衣の男に見えるだろう。
バック走の途中で振り返りこのまま逃げ出そうとしたコーディーだったが、振り返った時に入り口がなくなっていると事に気がついた。
大量のスケルトンを相手に戦うことを強要されている様だ。
辛うじて弱いスケルトンが相手なのが救いなのだが、それでもポイズンポーションやパラライズポーションが効かない相手なので面倒だと思ってしまう。
「やるしかありませんか」
通路の消えた入り口付近で足を止めたコーディーは振り返ると、ゆっくりと歩いてくるスケルトンの集団へと駆け出した。
「全く、やってられませんよ」
時間にして25分少々だろうか。30分は掛からず合計100体程のスケルトンを倒し終えた。
最初は50体程だったのだが、その50体を倒し終えて息をついていた直後にまた湧き出て来たのだ。
それによって背後から一撃を貰い、たかがスケルトンごときに一割もHPが削られてしまった。
スケルトンの攻撃一発で10%も削られるのは紙装甲なのが原因である。
囲まれるという状況もあったのだが、残り30個もない爆弾は使うこと無くスケルトンのラッシュ戦を突破できた。
低級ポーションの回復量が20%になっているので、スケルトンの攻撃を2発分なら直ぐに回復できる。
複数の低級ポーションを一度に使って回復量と、再使用可能になるまでの時間――クールタイムを纏める小技を使用すれば死にかけでもどうにか凌ぐことは出来た。
入り口が消えて密室になった所為で最後の明かりすらも消えて《索敵》と頼りない視界だけでどうにか対処していたのだが、結構ギリギリの戦いだった。
高性能つるはしが立て掛けられてあった場所の石版に『真実が見えている物だけとは限らない』という文字が記されていたのだが、この言葉はスケルトンが出現する予兆か何かだとコーディーは考えた。
だが、何はともあれスケルトンを片付けたので入り口は無事元通りになり、通路から松明の明かりが入り口の辺りを照らしている。
「さて、無事終わりましたし帰るとしましょう」
誰に言うでもない独り言を呟いたコーディーは、戦いの途中で地面に落としていた高性能つるはしを拾った。
ストレージに仕舞おうと思っていたのだが、どうやらストレージには収納不可能のようで仕方なく地面に放ったのだ。
今一度ストレージの中に入れようと試みるが、いくらストレージの中に入る様に思い描いても手元のつるはしは反応を見せない。
メニューからストレージの項目を選択して、確認をしてみても何も分からなかった。
まあ、このまま持ち帰ればいいだろう、と思いつるはしを持ったまま入り口から出てこの場所から転移したのだが、手からつるはしが姿を消していた。
疑問に思い踵を返して先程までいた小型のドーム状をした空間の入り口に転移したのだが、石版が埋められている壁の下につるはしは立て掛けてあった。
「持ち帰ることが出来ないアイテムなのでしょうか……?」
立て掛けてあるつるはしを再度手にとって、また転移してみるとつるはしは先程と同様に消えていた。
小型のドーム状の空間に戻り、あの運営がこの程度で終わらせるはずがないだろう、という謎の信頼を置いているコーディーは何かあるだろうとつるはしを手に持って少し考える。
そうして、しばし考えた後に出てきた解答は石版の言葉が関係しているだろうというものだった。
『真実が見えている物だけとは限らない』
壁に埋められている石版にはそう記されている。
現状で他にヒントになりそうな物は無さそうなので、これを念頭に置いて鉱石が取られた事で暗くなっている空間へと足を踏み入れた。
「真実が見えている物だけとは限らない。見えない何かに答えがあるのだとすれば、この明かり消えた暗い空間にも意味があるものだと考えられますね」
つるはしは持ったままで、鉱石を取り尽くしたドーム状の空間を壁伝いに歩き出す。
そうしていると、この暗い部屋の中の一箇所だけ仄かに明るい壁があるのに気がついた。
「何故、ここだけ多少明るいのでしょう……ちょっと確かめてみますか」
意味がなくても何かアクションを起こした方がいいだろうと思ったコーディーは、微かに明るい一箇所の壁へとつるはしを振り下ろした。
鉱石の採掘をした時と同じで当然壁は崩れていく。何も変化がないと思われたが、壁から漏れ出す明かりが多少強くなった気がした。
「当たりだったりするのでしょうか」
つるはしを振り続けて少し壁を削った所で、依頼の納品物である透明度のある淡い水色の鉱石が壁から落ちた。
――コーディー側ではなく、壁の向こう側へと。
(見えない通路?)
浮かんだ疑問を肯定するように、壁に伸ばしてみた手はぶつかること無く虚空に飲み込まれていった。
見えない通路がそこには確かにあったのだ。
しっかり通れる様につるはしで残った壁を壊していき、ゆっくりとそのダミーの壁の先にある見えない通路へと足を伸ばした。
やがて全身が壁の向こう側へと消えていき、隠し通路へとコーディーは出た。
足元には先程落ちた鉱石があり、それを拾ってストレージへと仕舞う。
そして、視線をまっすぐ進んでいる通路へと向けた。
壁には松明が等間隔で設置されており《索敵》では何の反応も感じ取れない。
一体この先にはなにかあるのだろうか。
そんな思いを胸に抱き、コーディーは通路を先へ先へと進んでいく。
すると、一筋の光が通路の奥に見えて来た。
その光へ縋るようにコーディーは歩く速度を上げていき、通路から出ると同時に転移する感覚が訪れる。
切り替わった視界には洞窟へ入る前の景色と、後方には洞窟の入り口があった。
そして、自身の手にはつるはしが握られており徐にストレージへと仕舞えるか試した所、見事収納に成功した。
耐久度が全く減少していない高性能つるはしを、コーディーは手に入れたようだ。




