第27話 換金メダル
前回のあらすじ
初イベントのランキング発表
主人公が2位と圧倒的な差をつけて1位。
イベント終了後、メダルの換金に関するウィンドウが現われた。
コーディーはこのまま街の通りに居てはプレイヤー達に見つかる可能性があると考慮して、足早に街を駆け自身のアトリエへと向かうべく足を動かした。
時間と共に自分は、いい意味でも悪い意味でも注目を浴びてしまう。
自身のアトリエならば現在の設定上、自分以外のプレイヤーは進入不可としているので、何をするにしても安心できる。
そう考えたコーディーは自慢の脚力で建物の屋根や《索敵》を使用して人の気配がない小道を探して駆け、自身のアトリエへとたどり着いた。
これでは、錬金術師というより忍者に近いが、そのような職業は現在確認されていない。
アトリエの存在する場所へ転移したのを確認したコーディーは、早速アトリエ内へと入り一つ息を吐くと椅子に座り、先程現れたメダルを換金する為のウィンドウを表示した。
ウィンドウの左端には現在の所持ポイントと残り期間、右端にはアイテム名を検索する為のボックスがあり、中央には換金できる物のカテゴリや必要ポイントなどが表示されている。
「これは、どうすれば良いのか……」
椅子に座り足を組み、ウィンドウを操作するコーディー。
そんな彼の呟きに反応したのか、彼の脳裏に考えが浮かんだ。
そしてコーディーは徐にストレージを開く。
すると、手に入れた2枚のメダルを探していると自分が手に入れた"願いのメダル"の下にもう一つ"願いのメダル"が存在していた。
その2枚を取り出して、自分が手に入れたのはどちらなのか《鑑定眼》を使って確認する。
ナタリアから奪ったメダルの説明文には『持ち主の安全を願う思いが込められている』という文が記されていなかった。
自身が手に入れた方のメダルを見てみると、きちんと『持ち主の安全を願う思いが込められている』という文が記載されている。
この2つの違いは奪ったか否か、他人から手に入れたかという違いから来ているのだろうと、コーディーは推測した。
そして本来の願いのメダル、持ち主の安全を願う思いが込められている方をストレージに仕舞うと、ナタリアから奪った方のメダルをウィンドウへと近づける。
そうすると、メダルはウィンドウへ吸い込まれるように消えていき、ポイントと化した事を確認した。
現在の所持ポイントが100になっている。
「ふむ、これでいいのですね」
片手を顎に当てコーディーはそう呟いた。
彼は慣れた手つきでウィンドウを操作し、カテゴリ別のポイント順で購入可能のアイテムを探す。
このゲームを始める前はVRに手を付けていなかったとは思えないほど、今の様子は適応している。
「素材、アイテム、装備品、スキル、家具、結構ありますね……」
ウィンドウの画面をスライドして次々とアイテムを見ていき、コーディーはそう呟いた。
100ポイントで購入可能な物が結構存在している。一応一通りの物に目を通し、彼は目ぼしい物を見つけることが出来た。
それは、とある鉱石。何も加工されていないただの素材なのだが、この鉱石の説明欄にはこう書かれていたのだ。
――他者に害を加えることが可能。
アイテムやスキルに良い物がない訳ではないがこれから先のことを考えると、この鉱石があれば運営のクアラルーンが持っていたマイク型の武器のような物が作れるのではないかとコーディーは考えた。
クアラルーンが持っていたマイク型の武器はPKが可能で、そのような武器が作れるのであれば、他のアイテムより鉱石が良いのだという考えに行き着く。
鉱石の名を"不浄鉱石"と言うのだが、この鉱石は100ポイントで買えるものの、まだ時間に猶予は残されている。
故に早々に決めるのは止めて、今は残されたメダルの事についてコーディーは考え始めた。
ストレージに仕舞った、コーディーが自分で手に入れた願いのメダル。
これには何らかの隠し要素があると彼は睨んでいる。運営がこのまま換金させて、ハイ終わりとは行くはずがない。
メダルを渡してくれた女性のNPC、その人と会うことで何らかのイベントが発生するだろう。
そう考えたコーディーは、アトリエで少しだけ作業を終えた後に街へ繰り出そうと決め、椅子から立ち上がった。
ふと錬金釜に視線を向けると、残りは約1時間ほど。まだゴーレムは完成していないようで、それならと錬金釜の近くにある作業台の前に行き、コーディーは調合を始めた。
イベントで大量にアイテムが減ってしまっているので、減った物を補充しなければいけない。街に出て万が一があっては非常に困る。
なので、コーディーは毒と麻痺の煙玉やポイズン、パラライズ、ブラインド、スロウなどの各種ポーションの大量作成を行う。
爆弾に関しては素材の鉱石類が残り少なくなっているので、ゴーレム以外にも使うと考え、使うのを止めておいた。
そうして、作業台に素材と器具を用意して《調合》を始める。
様々な薬草をすり潰し、それを温度に気を付けお湯と混ぜ合わせたり、薬草を煮詰めてその汁を調合に使ったり、モンスターから取れた毒や血液を使用して次々とアイテムを作っていく。
こうした作業は10分程度で終わった。《調合》のアーツ《大量生産》を使えば一度の作成で、多くのアイテムが作成できる。
10分あれば各種ポーションや2種の煙玉を作成する工程は終えられるのだ。
アイテムを作成し終わった後、コーディーは一つ息を吐くとアトリエを出て街へと向かった。
街中に出たコーディーは人気の少ない路地から辺りを伺い、やはりと言った所か、という感情のこもった溜息を漏らした。
イベントで上位入賞を果たしたプレイヤーは大きな注目を浴びており、10位入賞の魔槍使いクニキダでさえ、周りに人だかりができている。
コーディーには誰が囲まれているのか見えていないが、それでも人だかりの中心にイベント入賞者が居ることは推測できた。
このまま彼が路地裏から出ていけば、周りに人が集まる事は火を見るよりも明らかだろう。
しかし、中央広場に行くには人の目に触れる所を通らなければいけない。
もう注目を浴びてしまったのだから、こうなることは有名税として仕方ないことだろうが、何もコーディーは進んで人の視線を集めたいわけではない。
(……こんな風にコソコソしているのは似合いませんね)
彼は自身の理想とするコーディーというキャラクターを思い浮かべ、現在の状況と比較した。
その結果、理想像と大きく離れている事を自覚し、彼は堂々とした足取りで大通りへと足を踏み出した。
クールで何事にも動じない、冷徹なキャラクター。それがコーディーという研究者だ。
そのことを反芻して、イメージを脳裏に刻みつける。
そうする事で、周りの事などそこまで気にする必要はないと、彼は冷静さを取り戻した。
コーディーがプレイヤーの多く存在する大通りに出てくると、当然多くの視線が彼に向けられる。
皆が何を思って何を目的に自分へと近づこうとしているのか、そのような些細なことは自身が行動する上であまり気にする事ではない。
彼は冷淡な表情を浮かべ、堂々たるオーラを放ち歩みを進めた。
その様子から何人かの足が止まったが、動じなかった者、オーラに気づかなかった者などがコーディーの元へ赴き、声を掛ける。
「イベント1位だったコーディーさんですよね! ちょっと宜しいですか?」
「同じ錬金術師として話を聞きたいんだけど、時間ある?」
「フレンド登録を! フレンド登録をしてください!」
周りに人が集まり多くの声が飛び交う中、我関せずといった態度でコーディーは歩みを止めない。
フレンド申請やクランへと招待申請のウィンドウが煩わしく感じた彼は、メニューからシステムへと移動し、フレンド申請クランへの招待を許可しない設定にすると口を開いた。
「申し訳ありませんが、時間が惜しいもので」
そう一言述べると、周りを囲っていた人混みから抜けて、少し足早に通りから広場へと彼は移動した。
追従するようにコーディーの後を付けてくるプレイヤーは居るが、それを無視して彼は冒険者ギルドへと入っていく。
行動の邪魔まではしないが、少し遠巻きからコーディーを窺う複数人のプレイヤー達。
話を聞きたい、関係を築きたい、そういう思いが周りのプレイヤー達にはあるのだが、人としてのマナーは弁えているようで、コーディーの用事が終わるまで待つ事にしたようだ。
彼を窺うプレイヤー達の様子に、何事かと周囲のプレイヤーやNPC達も釣られて、コーディーへと視線を向けている。
周りの視線を集めているコーディーだが、そんな事など気にならないとばかりにスルーして、目的の人物――もといNPCを探す。
2階ギルドホールはプレイヤー専用となっているので、NPCが居るのは1階だけとなる。
緊急時の避難所となっているので、それなりの人数を収容できるギルドホールには状況が落ち着いてきたにも関わらず、未だかなりの人数が留まっていた。
つい先程まで街中にモンスターが溢れ、緊急事態だったのだ。
全てのモンスターを倒し終えたからと言って、はいそうですか、とはならないのだろう。
少し前まで襲って来ていた恐怖を思い出してしまい、身体が竦んでいる者だって当然居る。
なので、もうしばらく1階のギルドホールにはNPC達が残っているだろう。
「おや、コーディーさんじゃないですか」
視線を動かしていたコーディーの耳に男性の声が入ってきた。
声のした方向――受付の奥へと顔を向けると、そこには自身が助けた男性NPCの1人が書類片手に開いている方の手を軽く振っていた。
ギルド内で仕事の手伝いでもしていたのだろうか。
そのような事を考えつつ、コーディーは受付の方へと近づくとその彼に声を掛ける。
「ちょうどよかった。前、一緒に居た女性がどちらにおられるのか、お分かりになられますか?」
彼は書類を持っている男性へ声を掛けつつ、3人の助けたNPCの名前を誰一人として知らなかった事を思い出した。
イベントの為に助けただけの関係と言ってしまえばそうだが、この時の為に特徴だけでも覚えていればよかったと内心で呟く。
「彼女でしたら、奥に。ちょっと呼んできますね」
男性NPCは持っていた書類を近くの机に置くと、少し遠くにいた茶髪セミロングの女性へと声を掛ける。
彼女を視界に入れたコーディーは、そう言えばあんな容姿だったなと女性のことを思い出す。
すると、声を掛けられた彼女は首がもげるのではないかという勢いで、受付に居たコーディーへと顔が向けられた。
外には出さなかったが、心中では驚きが占め、もう少しで足が後ろに下がるという行為を自然とさせる所だった。
彼女は、素早く身だしなみをチェックすると笑顔を浮かべ、こちらに歩いてくる。
自身の下までくる短い間で、どうにか内心の驚きを押さえつけ、冷静に対応できるまでに素早い回復をコーディーは見せた。
「コーディー様、あの折は助けて頂き誠にありがとうございました。つきましては、再度改めてお礼を申し上げたいと思っておりまして、この後お時間ありますでしょうか?」
彼女のこの発言により、自身の推測がより確実性を増してきたと、コーディーに自然な笑みを浮かばせた。
女性NPCは彼の笑みを見て、心臓が早鐘を打っているのを感じ取る。
自身が現在笑みを浮かべているのに気づいていないコーディーは、柔らかい口調で彼女に言葉を返した。
「貴女との逢瀬を邪魔する時間など存在するはずがございません」
彼女が自分に向けてきている感情に気が付いているコーディーは、そのアドバンテージを利用しようとキザなセリフを吐いた。
人の純情な思いであろうとも、自身の為であれば容易に踏みつける事ができるのが、コーディーという男だ。
「お、逢瀬……逢瀬……逢瀬……」
ブツブツと呟く彼女の様子を見て、コーディーはAIのリアルさを改めて実感した。
熟れたりんごの様に真っ赤に染まった彼女の顔から、蒸気のような物が幻視出来る。
それほどNPCの女性にコーディーの言葉が効果を示していた。




