第21話 突如としてイベント開始
アトリエに篭もることゲーム内時間で6日。
もちろん、6日間ずっとゲーム内に居る訳ではない。
仕事や家事を終わらせた後ゲームにログインし、街には行かずにずっと生産に励んでいるだけだ。
今日も今日とてコーディーは錬成に精を出している。
錬金釜で生産を行う為のウィンドウ、通称"錬金ウィンドウ"を操作して作成する物のジャンルを決めると、素材やアイテムを釜の中に入れ始めた。
《錬金術》のスキルレベルが20になった時、《MP素材化》というアーツが手に入ったので、これを使用して今日もゴーレムの作成をしている。
この《MP素材化》というアーツの効果で、錬金ウィンドウに『MP』の項目が追加された。
【ミリアド・ワールド・オンライン】ではMPを増やす事が基本的に出来ないので、素材化するMP量がプレイヤーによって変わるなんて事はない。
ステータスのINTは魔法の威力と魔法に対する防御力、それと状態異常の抵抗力に影響するだけで、全プレイヤーのMPは基本増やす事は出来ないのだ。
基本というのは通常の方法で100%から増えることのないMPだが、特殊な装備やアイテムを使えば100%の壁を超える事ができる。
コーディーの調べでは、まだMPを増やす方法が出回っていないが、それも時間の問題だろう。
MPを良く使うプレイヤーならMPを増やせると聞けば、そのアイテムに大金を積む事は間違いない。
もちろん、ゲーム内通貨だ。リアルマネートレードを行う人もいるかもしれないが。
MPを回復する低級マジックポーションですら発売当初、直ぐに売り切れるほど爆売れだったのだ。
であれば、MPを一定時間でも良いので増やせるのであれば、こちらも売れること間違いないだろう。
だから錬金術師達は、現在MPの保有量を増やせるアイテムを作れないか色々試している。
アイテムを他人に売る気のないコーディーには、然程関係ない事だろう。
「そろそろ、素材が少なくなってきましたね」
誰に言うでもない独り言を呟いた。
錬成の繰り返しにより、ゴーレムの作成に使う鉱石類がかなり減っている。
鉱石は爆弾にも使う他、装備にも使うので結構入り用な素材なのだ。
爆弾とゴーレムに使う鉱石の種類は違うが、総合的な数は圧倒的に減っている。
まだワープゲートの設置はされておらず、他の街に行くには騎獣を持っていないコーディーは徒歩しか無い。
それほど知れ渡っていないが、召喚士や魔物使いが使役する騎獣に二人乗りするというタクシーの様な物が存在するが、コーディーは知らない事だ。
召喚士ユウが使役する巨大な羊の召喚獣なら多人数を一気に運べるが、流石に体長3メートル以上のモンスターを使役している者は居ない。
コーディーは錬金釜の頭上に浮かぶウィンドウへ視線を向け、完成までの時間を確認する。
「3時間……出来上がるまで街に出て、何かしましょうか」
そう口にして彼はアトリエを後にした。
「今日は妙に使役モンスターが多いですね」
アトリエから街に出たコーディーは特にする事を決めていなかったので、適当に辺りをブラブラと歩いていた。
そうしていると、街にはプレイヤーはもちろんの事、頭上にNPCを示す緑色の点が浮かんでいるモンスターも多く街中を歩いている事が確認できる。
だが、使役されているモンスターはプレイヤーと共に行動するものであり、単独で街を歩くモンスターを見て、コーディーは訝しげに首を傾げた。
周りでもプレイヤー達が疑問を浮かべているが、さして気にならないようでいつも通り行動をしている。
だが、コーディーは気になりメニューを表示すると、公式サイトへと飛んだ。
(イベントの情報が記載されていない……?)
どうやら、今まで公式サイトに書かれていたイベントに関する記事が全て消えており、掲示板も見てみるとその事で色々と盛り上がりを見せていた。
(何かの前触れ……)
ウィンドウをすべて閉じ考え事をしていると、突如コーディーは身体に衝撃を受けた。
「……!?」
地面を数回転がったが、直ぐ様体勢を立て直して衝撃の正体を探すべく彼は辺りを見回す。
すると、視線を先には炎の様な靄を帯びている狼がこちらを睨みつけており、周りには広さ10メートル程あるバリアの様な物がコーディーと狼を覆っていると分かる。
(何故、街中でこのような事が)
内心で呟いたが、直ぐに考えついたのはこれがイベントであるという物。
本来街では戦闘行為が禁止されており、プレイヤーはもちろん、NPCにも危害を加える事ができない。
しかしそれが解禁され、尚且ついきなり戦闘が起き、バリアのような物まで発生している。
この事から運営が遂にイベントを開催したのだと考えた。
色々と確認したい所だが、今は目の前に存在する狼の排除をしようとコーディーはアイテムを手に出現させた。
(回復より先に、動きを封じる方が先ですね)
見た事のないモンスターだが、彼はいつも通り毒煙玉と麻痺煙玉を投擲し、更に上空へ毒のポイズンポーション、麻痺のパラライズポーション、盲目のブラインドポーション、鈍足のスロウポーションを投げて、小瓶同士をぶつけるとポーションの雨を降らせる。
ここまですれば十分と思うだろうがコーディーは手を休めず、ワンテンポ置いて爆弾を数個投擲した。
その後、視線は前方へ向けたままアタックポーションとディフェンスポーションを飲んで自身を強化し、中級ポーションを小技の複数一気に飲む方法で使用して、減らされたHPを完全に回復する。
どうやら、最初の攻撃で半分以上削られていたようだ。
街中にも関わらずコーディーは自らの手の内を見せてしまったが、彼は周りのプレイヤーなど気にならないようで、油断なく前方にいるであろう狼へと視線を向けている。
念の為にと《索敵》スキルを発動しておく。先程投擲した爆弾により煙玉による煙が散って、漸く狼の状況が確認できた。
「所詮はこの程度ですか。少しは期待したのですが……」
煙が晴れて中心部に居る狼が確認できたが、既に息も絶え絶えでHPこそはあるものの瀕死の状態だった。
《鑑定眼》を行使して状態を確認してみると、毒、麻痺、盲目、鈍足の状態異常を帯びている他、目の前のモンスターが偽装のスキルを持っている事が判明する。
(フェイクウルフですか、多分フェイクドッグの上位個体でしょうね)
コーディーは鑑定で分かったモンスター名から、目の前のモンスターがこの街【ドリット】の入口付近にも存在していたフェイクドッグの上位個体だと推測した。
(さっさと止めを刺しましょうか)
コーディーはフェイクウルフの元へと歩いていき、腰に下げている短剣を抜くと狼の首を勢い良く掻っ切った。
すると、頭上に浮かぶHPバーが消滅し存在が消えるその時、NPCを示す緑色の点がモンスターを示す赤色へと変ったのをコーディーは目にする。
(今のは……)
その後、フェイクウルフはアイテムの光となりコーディへと入っていった。
そして、辺りを覆っていた赤いバリアも消滅したのを確認しコーディーは周りを見回す。
コーディーの戦闘を目の当たりにしたプレイヤー達は、目が点になって口を開けたまま呆けていた。
それほどまでに衝撃的な現場を見たのだ。
辺りを包んでいた静寂は一瞬で歓声に代わり、コーディーを囲むようにしてプレイヤーが集まった。
「すげぇよあんた! 何が起きたのかよく分かんなかったぜ!!」
「名前! 名前教えてくれ!」
「私とフレンド登録して!」
次々と掛けられる声にコーディーは辟易とする。
あれだけ圧倒すればこうなる事は当然だろう。突如現れた謎のモンスターを一瞬で圧倒する光景は、プレイヤーを魅了するのに十分過ぎる程だった。
先程の光景を掲示板に書き込むプレイヤーまで出ている。
(これでは動きづらいですね……)
大勢のプレイヤーに囲まれているコーディーは声を上げるのも面倒、無理やりプレイヤー達を押しのけ動くのも面倒と思い、ストレージから大量に麻痺煙玉を足元に落とした。
そして、コーディーを中心に辺りを覆う黄色い煙。
「では失礼」
まさかプレイヤーであるコーディーの使用したアイテムで、自分達が麻痺になるなんて思いもしなかっただろう。
周りを囲んでいた大勢のプレイヤー達を尻目に1人だけこの場を去っていくコーディー。
彼だけは麻痺煙玉を使うと同時に、アンチパラライズポーションという麻痺の耐性を得るアイテムを使ったので麻痺にはなっていない。
こうして【ミリアド・ワールド・オンライン】の初イベントは始まった。
いきなりイベントが始まりましたが、ちょっとした理由があります。
その理由はタイミング的なものです。




