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第2話 敗北の錬金術師

※ステータス欄の空腹度を満腹度へと修正しました。


 まず視界に入ったのは多くの人、人、人。

 サービス開始初日であれば、これ以上だったのかもしれないな。

 そんな感想を抱く。


 周りを見回し現在位置は噴水広場であると確認した後、コーディーはメニューを開いた。

 所持品、装備、スキル等がある項目からステータスを選択し、改めて自身のステータスを確認する。


 コーディー

 職業 錬金術師

 Lv1

 HP 100/100%

 MP 100/100%


 STR 10

 VIT 10

 AGI 30

 DEX 15

 INT 10


 満腹度 100/100%


 スキル

 《錬金術 Lv1》《調合 Lv1》《投擲 Lv1》《採取 Lv1》《鑑定眼 Lv1》


 この【ミリアド・ワールド・オンライン】はHP――プレイヤーの体力――を増やす方法がほぼ(・・)存在しない。

 被ダメージ量を減らすならVITを上げるか、装備等でどうにかするしか無いだろう。

 そして満腹度、これはゲーム内で食事をする事により、ゲームの世界でも生きていると感じさせる為、導入されているシステムだ。


 【ミリアド・ワールド・オンライン】の世界には職業に料理人が存在する他、料理人の職業スキルに《調理》が存在し、満腹度回復アイテムに料理品がある。

 もちろん、実際にお腹が減る訳ではない。現実世界の体が空腹を感じれば警告が表示されるので、安全面も考慮されている。

 では満腹度とは何なのか。満腹度はHPの自動回復に影響し、10%を下回るとHPとMPの自動回復が無くなり、0%になるとAGIが半減という現象が起きる。

 このシステムは一部から必要ないと反対されていたが、それを押し切って導入したと言う話は蛇足かもしれない。


 とまあ、批判はされていたが、ゲーム内で食事を行えるというシステムはダイエットをしている者やアレルギーを持っている者の助けになり、食べたくても食べれない事で溜まるストレスの緩和にも良いと国で認められているので、プレイヤーの満足度とゲーム内でも人間らしくというコンセプトを元に導入された。


 コーディーはステータスを確認した後、装備品も確認する。

 名もない短剣、冒険者の上下セット、生産者のローブ、革のブーツという初期装備になっており、これらは職業やスキルに合わせた装備になるようシステムが自動で選択している。

 因みに装備をすべて外しても、短パンやシャツが残るので、全裸にはならない。

 身体を動かしながらウィンドウに表示されている装備品と照らし合わせた後、所持品――ストレージを表示した。

 中に入っているのは低級ポーションが5個と初心者錬金セット、パンが10個だ。


(錬金釜とフラスコやビーカー……これは、かっこいいですね)


 ストレージ内の初心者錬金セットを確認して、知らずの内に口角が少し上がっている事にコーディーは気が付かなかった。

 幸い誰にもコーディーの表情は見られなかったが、もし見られていたら不気味な笑みに驚かれていただろう。

 彼は普通の笑みを浮かべる事が苦手であった。これは怪しい研究者のロールではなく、素である。


(取り敢えず、白衣だけでも欲しいのですが……まずは何をするにも金銭ですね)


 現在の所持金が1000シルバーである事を確認し、この噴水広場の直ぐ近くにある冒険者ギルドを目指してコーディーは歩き始めた。

 建物や店の名前は注視すれば自動で表示される。思考を読み取るという機能は便利だと考えながらウエスタンドアの建物内に入った。

 ここ、始まりの街は中世の様な街並みをしており、よく物語などで出て来る冒険者ギルドも街に合うように、木製で温かみのある建物となっている。

 テンプレであれば中に入った瞬間、厳つい男共が入り口に視線を向けるが、現実は多くのプレイヤーで賑わっていた。


 種族も年齢も違うが、装備だけはだいたいの人が初期装備となっている。一部プレイヤーはゴツい鎧を纏っていたりするが、前線のプレイヤーは既に別の街に行っているだろう。

 そういう人達は所謂β(ベータ)テスターと呼ばれる人達で、このMWOがまだ完成していない頃に不具合がないか確かめる為、募集され選ばれた者達だ。

 βテスターは事前にゲームをプレイしているので、新参プレイヤーとは情報量に差がある。


 ネット掲示板に手に入れた情報を流してはいるが、百聞は一見にしかずということわざがあるように他プレイヤーとは違い、見て実際にプレイしているのでスタートダッシュがし易い。

 コーディーはβテスターではないが、掲示板で情報を仕入れている。それ故、何も知らないプレイヤーよりは有利にゲームを進められるだろう。

 プレイヤーの多さに少し圧倒されていたコーディーだったが、いつまでも入り口にいるわけにも行かないので、複数あるカウンターの人が少なそうな場所へ並ぶ。


 並んでいる間に視線をあっちにこっちに、と動かして少しでも情報を集める。

 すると、NPCノンプレイヤーキャラクターやプレイヤーの頭上に緑や青い点が表示されていることに気がついた。

 確か、緑点がNPCで青点がプレイヤーを示すのだったか、とチュートリアルで知った情報を反芻はんすうする。それ以外にも赤点がモンスターとなっている。


(噴水広場にあった露店もプレイヤーが開いているのか……)


 先程まで居た噴水広場には既に露店が開かれており、客を呼び込んでいたプレイヤーを思い出していると、結構早くコーディーの順番が回ってきた。


「ようこそ、冒険者ギルドへ。どのようなご用件でしょうか?」


 受付の女性はNPCではあるが、広告のプロモーションビデオや掲示板などの事前情報通り、従来の機械的なNPCとは違いとても人間らしいと感じた。


「どうかされました?」


「ああ、いえ、何でもありません。気にしないでください」


 コーディーが驚いていると、NPCの受付嬢は声を掛けてきた。


(これがNPC……?)


 実はプレイヤーであると言われた方がよっぽど信じられる。だが、頭上にはNPCを示す緑の点。

 気を取り直したコーディーは依頼を受けたいと受付嬢に告げると、目の前にウィンドウが表示された。

 そこには自身が受ける事のできるクエストと、現在のランクが表記されていた。

 顎に手を当て少しだけ考えていると受付嬢が話しかけてくる。


「冒険者ギルドについて、ご説明は必要でしょうか?」


 愛嬌のある笑顔を浮かべ、赤いセミロングの髪を微かに揺らす受付嬢。

 その時、ふわっと魅惑の魔法でも使用されたのではと間違うような、香しい匂いが鼻孔をくすぐる。

 コーディーは内心でこの受付嬢はサキュバスだったりするのではないか、などと冗談めいた考えをしつつ、説明は必要ないと言葉を返し、初心者といえばまずはこれ! と言える薬草採取のクエストを受注した。


 ギルドというのは冒険者ギルド以外にも存在し、戦闘職ギルドと生産職ギルドなどがある。そしてそれらは冒険者ギルドの2階に存在するが、2階へ上がるには冒険者ギルドでランクEにならなければ行けないという制限が存在する。

 そしてギルド毎にランクと言う物があるが、初めは皆"Fランク"で一定数クエストをクリアすることで上位のランクに上がるシステムだ。

 例え冒険者ギルドのランクがEランクでも、錬金術師ギルドのランクがEランクになっていると言う訳ではない。

 もちろん、生産職の人が戦闘職ギルドに依頼を"受け"に行くのは無理だが、依頼を"出し"に行くのは可能である。


 冒険者ギルドは幅広く扱っており、NPCは冒険者ギルドに依頼を出しにくる。戦闘職ギルドは討伐系ばかりで、生産職ギルドも似たような物になっている。 

 その他にも冒険者ギルドではランクが上がるとクランハウスや、自宅であるホームを購入できるように成り、生産職ギルドでは自身の工房、アトリエが購入可能に成るクエストを受ける事が出来る。

 戦闘職ギルドは特に無いが、報酬が他のギルドより高額になっている。その分、難易度が高いのだが。

 これらはMWOの公式サイトで説明をされているので、コーディーは知っていた。


「薬草を採取できるポイントをマップに表示して置きますので、隣接している道具屋でマップを購入すると良いと思いますよ」


 受付嬢にお礼を言って、コーディーは冒険者ギルドを出ると隣の道具屋へ向かった。


「いらっしゃい。ゆっくり見ていっておくれよ」


 恰幅の良い40代くらいだろうと思われる女性が店主の道具屋では、プレイヤー以外にもNPCが品物を見ていた。

 商品の前に行き、表示されるウィンドウを操作して購入数を決めて決算ボタンを押すという、ゲームならではの購入方法に新鮮味を感じつつ、100S(シルバー)のマップを購入した。

 ストレージに入っている低級ポーションが店売りで50S、何となく《鑑定眼》を行使するコーディー。


 HPを10%回復するという説明の他、クールタイムが10秒と表示された。クールタイムというのは再使用可能になる時間の事だ。

 使用方法は飲むか、身体に掛ける事だ。これは鑑定をするまでもなく知っていた。

 何となしにポーションを鑑定した事でクールタイムの存在を知れたのは良かっただろう。知らずに居れば、連続して使用できると勘違いしピンチに陥る所だった。

 店を出て、マップを購入した事でメニューに表示された"マップ"という項目を選択して、街から平原へと向かう。


 メニューを開くとマップは表示され、確認できる範囲は然程さほど広くない。それほど広範囲を見る事は出来ないが、障害物がある森などでは便利だろう。

 だが、平原は太陽が辺りを照り付けてつ、視界を遮る物が少ないのでマップはあまり頼りにならない。

 平原は戦闘フィールドなので、コーディーは腰に携えている短剣をいつでも抜けるよう気を付けつつ移動をする。

 辺りにはコーディー以外にもプレイヤーが存在しており、所々で戦闘を繰り広げていた。

 サービス開始から数日経っているお陰か、プレイヤーで溢れかえっては居ないので問題は起きなさそうだと息を吐く。


 問題というのは狩場の独占や、自分が戦っているモンスターを他人が攻撃して横取りする行為だ。

 多人数プレイのゲームではよくある事なので、誰でも面倒事は避けたい。


 そして少し街から離れた所で採集ポイントに到着した。

 心做こころなしか採取ポイントの筈なのに遠い気がするという疑問を浮かべたが、気の所為だろうと浮かんだ疑問をすぐに捨て去った。

 コーディーは気が付いてないが、辺りには彼以外にプレイヤーはいない。

 ギルドで受けたはずのクエストなのだが、不自然なことに周囲には誰もいないのだ。

 本来なら違和感を感じるだろう事に気が付かないのはまだ、この世界に降り立って初日だからか。


 この採取ポイントの近くには木が一本生えているだけで、周辺をモンスターが通ればこちらの存在が一発でバレるだろう。

 その分こちらも見つけやすい。膝下くらいの長さがある草が1メートルほど円を描いており、その全面が採取できる範囲だとマップには表示されている。

 それはもう、『採集ポイント』と分かりやすく。


「手で良いのだろうか……」


 一言呟いてコーディーは膝を着くと纏まっている草を根本から引き抜いた。

 何故か土は付着していない。手に持っている薬草と思われる物を注視すると《鑑定眼》が発動する。


 『薬草』

 傷を癒やす効果がある草。このまま食べる事が可能。

 HPが3%回復する。


「これを5つ提出すれば依頼は完了か」


 初心者らしい簡単なクエストである。

 報酬は100Sなので、購入したマップと同額だ。なのでしっかり採取をして自身の調合の素材にしなければ、プラマイゼロとなってしまう。

 まあ、クエストをクリアしたという実績が付くのでそこだけはプラスだが。しかしお金は儲からない。

 黙々と薬草を採取していると……。


「ん? 2つ手に入りましたね……」


 これは採取スキルのお陰によるもの。取得しておいてよかったと思いながら採取を続けていると、不意に足音が耳に入る。


(プレイヤーでしょうか?)


 違うと分かっていながらもつい、そうであることを望んでしまう。

 振り返ったコーディーの視界に入ったのは、やはりと言うべきか、モンスターであった。


「ふぅ……初戦闘、緊張する物ですね」


 薬草をストレージに仕舞い、気を落ち着かせる為、息を吐くと短剣を手に立ち上がり、採取ポイントから少し離れる。

 こちらを視界に入れ、今にも襲ってきそうな雰囲気を醸し出しているのは、緑色の体色をした小人、ゴブリンだ。

 コーディーはつま先で地面をトントンッ、と叩いて土の柔らかさを確認する。


 そしてゴブリンが木の棍棒片手に飛びかかってきた。

 同時にコーディーは地面を思い切り蹴り上げ、土を巻き上げると側方に一歩飛んだ。

 視界に飛び込んできた土を防ぐ為、ゴブリンは咄嗟に両手で顔を覆う。VRゲームでの戦闘は始めてだったが、NPCの反応から人間らしさを認識して、もしかしてモンスターも機械的ではなくなっているのでは? と思っていたが結果は思惑通りだった。

 両手で視界を覆うのであれば、その隙をついてコーディーは短剣をゴブリンへ突き出す。


「お疲れ様です」


 ゴブリンへ労いの言葉を告げたと同時に、心臓部へ短剣が突き刺さった。

 短剣を引き抜き、ゴブリンは鈍い音を立て地へと落ちていく。

 そして……何かが這うような音が耳に入った。


「ッ!?」


 咄嗟に後方へ飛んだコーディーの視界に黒い体色をした、全長2メートルはある蛇が現れた。

 更に後方へ飛び退き、油断なくその蛇へ視線を固定する。そして《鑑定眼》を行使。


 【ブラックヴァイパー】


 名前以外分からないのは、《鑑定眼》のレベルが低いからだろう。

 そして、一体どこから出てきたのか。そんな疑問が浮かぶ。

 ブラックヴァイパーは明らかにゴブリンの後方から現れた。

 ゴブリンの側方へ移動する前なら明らかに視界に入るはず。しかも体色が黒くこれに気が付かないと言う方がおかしい。


 コーディーが思考を巡らせている間に、ブラックヴァイパーは瀕死のゴブリンを丸呑みにしていった。

 どうやらゴブリンは少しだけHPが残っていたようだ。それなのにコーディーは労いの言葉を掛け、格好をつけていた。

 だが、そのようなことを考えている余裕は今のコーディーにはない。


(ブラックヴァイパー。名前は知っているのですが……ダメですね、名前以外思い出せません)


 掲示板にブラックヴァイパーの名前が挙がっていたのは覚えていたコーディーだが、彼が調べていた事はもっぱら世界観や建造物の事ばかり。

 システムに関しても調べてはいたが、モンスターについてはまだ詳しいことが判明していないこともあり、詳しい情報を手にしてはいなかった。


 現在ゴブリンを捕食している最中で完全に隙を見せていることもあり、確実に結構なダメージを与えられるとコーディーは考えた。

 とにかく、ゴブリンを捕食している今がチャンス、と彼はブラックヴァイパーに斬りかかる。

 至近距離に移動しても尚、ブラックヴァイパーはコーディーを見ない。


(行ける!)


 いくら強かろうとも所詮は始まりの街付近に存在するモンスターだ。

 更にはこちらに対し完全に隙を見せているので、このまま倒せるのではという考えにより信憑性が増す。

 ブラックヴァイパーの頭部目掛け、真上から短剣を振り下ろす、その時。


「シャァァァッ!」


 素早い動きで頭がこちらを向き、コーディーの胴体へ牙を突き立てた。


「なっ!?」


 完全に虚をつかれた一撃に、驚きの声が漏れた。

 コーディーは短剣の矛先を脇に噛み付いているブラックヴァイパーへ向け、振り下ろす。

 短剣の刃が突き刺さるが、硬い肉に遮られ半分も入らない。事前設定で痛覚設定をあまり弄っていないせいか、結構な痛みを感じる。


(痛覚設定はデフォルトの50%のままだが、それでもこの痛み……!)


 ブラックヴァイパーに何度も短剣を突き立てるが、あまり効いている様子は伺えない。

 それどころか、頭上に表示されているHPゲージが減っては回復を繰り返している。


(こちらの残りHPは……!?)


 自身のHPゲージに気を配っておらず、ようやく思い出したコーディーは自身の残り体力を確認する。

 そして視界の左下付近に表示されたHPゲージを確認したと同時に、意識は途切れた。


 目を開けるとそこは、ゲーム開始時と同じ場所、噴水広場だった。


「……ああ、負けたのか」


 他のプレイヤーやNPCが忙しなく移動する中、呆然と立ち尽くすコーディー。

 少しでも善戦できると思っていたが、最後に確認したブラックヴァイパーのHPゲージは満タンだった。

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