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第11話 幻獣が棲む山脈

ステータスの↑〇〇UPの部分は、読者さんが持っておられる鑑定眼によって、見ることが可能となっています。

鑑定眼の代わりに目星の成功が存在します。

「では、また縁があればお会いしましょう」


 何事もなく【ツヴァイト】の街に戻れたコーディーとハルとナナミの3人は、ギルドでクエストの報告をした。

 彼らは今回だけのパーティーなのだから、ここで別れる事になる。

 フレンド登録をしたので、フレンド間のチャット機能を使えばいつでも連絡は取れるのだが、意味もなく連絡をするのは相手に失礼というものだ。

 そして、3人は今回限り、正確には森を出るまでのパーティーだったのだから、今後は一緒に行動をしない可能性が高い。


 しかも、コーディーにはもう彼女たちに用はない。それというのも、ハルは細工師ではあるが木工を専門としているからだ。

 更には知り合いの細工師を紹介してもらったので、彼の目的はほぼ達成している。

 3人は別れの挨拶をして解散となった。


(流石に疲れました……)


 長時間の演技というのは精神的に疲れるのだろう。体力面であればゲームなのでポーションを使えば良いのだが、精神面は実際に休憩を挟むしか無い。

 既に夜の帳が下りており、街には外灯や店の明かり位しか光がないが、ここはゲーム世界だ。暗すぎるわけではない。

 だが、時間的にそろそろログアウトしなければいけないので、宿屋へと向かった。

 宿屋というのはログアウトが可能な施設で、プレイヤーからレジャー施設の一つとして認識されている。


 それというのも、宿屋には全てにお風呂が存在するからである。

 しかも、出される全ての料理にはバフが付いており、現在の料理人ではまだ届かないランクの強化がされる。

 バフとは該当の魔法、スキル、アイテムを使用する事で自分や指定した相手に能力の上昇等、ゲーム中で有利な状態が発生する効果の事だ。


 宿屋はそれなりに高く、ログアウトするだけなら街の広場に行けば出来るので、コーディーは今まで使用していなかった。

 街の中であれば、変な場所や建物の中ではない限り、ログアウトが出来る。宿屋の場合は宿泊すればログアウトできる例外な建物だ。


(ゲームは楽しむ物ですから、偶にはこういうのもいいでしょう)


 懐の心配はあるがいらない素材を売ると決めているので、後に響く心配はないはずだ。

 夜間は外に出て採取したりモンスターを狩ったり、広場でログアウトするというサイクルだったので、こういう施設に入ると心なしか緊張してしまう。

 高級料理店に初めて入る気分、と説明した方が分かりやすいだろうか。しかし、見た目は至って普通な、木の温かみを感じる宿屋だ。


 軽く深呼吸をしてからギルドの近くに建っている宿屋へと入っていった。

 扉を開けて最初に視界に入ったのは、店主の綺麗に剃られているツルツルの頭部。


「いらっしゃい。食事かい、宿泊かい?」


 店主は人好きのする笑みを浮かべ、コーディーに声を掛けてきた。

 夜間でもこの店主がいれば外灯要らずと思えてしまう程、頭部が光り輝いている。

 不覚にもこれが芸術、と思ってしまったコーディーは気を取り直し宿泊だと答え、目の前に表示されたウィンドウを操作して料金を支払った。


(それなりに高いですね)


 払えないほどではないが、何度も泊まれるほど安くはなかった。

 最前線のプレイヤーならこれくらい安いと言えるのだろうが。


「お客さんを案内してくるぜ!」


 店主は、向かって右側にあるカウンターの奥へ聞こえるように声を張り上げた。

 すると奥からは女性の声が聞こえる。


「サボるんじゃないわよ!」


「わーってるよ!」


 コーディーは店主の左手の薬指に銀の指輪がはめられているのを目にして、気軽に会話している事を加味すると聞こえてきた女性の声の主が、店主の奥さんであると推測した。


「じゃあ、案内するぜ」


 店主に連れられ左端の折り返し階段を上がり二階に着く。

 部屋の数はざっと見ただけで8部屋はあり、その中の適当な部屋へ案内された。


「ここがあんたの部屋だ。そして、これが鍵となっている」


 そう言って店主は鍵を渡してきた。この鍵はストレージに入っているだけで使用可能な特殊アイテムで、部屋への進入許可を制限できるという効果を持っている。

 冒険者ギルドの職員も、持っている特殊アイテムと似たような物だ。運営により与えられているアイテムという説明が《鑑定眼》で読み取れた。

 その後1階に戻り、風呂場へ案内される。中にはまだ入ってるプレイヤーやNPCが居た。

 脱衣所は銭湯で見た事のあるが、作り込みがかなり細かい。浴室の見た目はタイル張りで、壁にはコーディーの知識には無い山が描かれている。


「それじゃあ、もうすぐ飯の準備ができるから部屋で待っててくれ」


 これで案内は終わり、店主はカウンターの奥へと戻っていった。

 コーディーも部屋に行き、ベッドに腰掛けると今の内に色々と確認作業を行う。

 ストレージを表示して売る素材を吟味し、その後ステータスを表示した。


 コーディー

 職業 錬金術師

 Lv21

 HP 100/100%

 MP 100/100%



 STR 10

 VIT 10

 AGI 85

 DEX 40

 INT 10


 満腹度 57/100%


 スキル

 《錬金術 Lv1》《調合 Lv23》↑12UP《投擲 Lv20》↑5UP《採取 Lv20》↑10UP《鑑定眼 Lv18》↑10UP


 スキルレベルが上がるにつれて、《調合》と《投擲》はアーツを覚えたが、《採取》と《鑑定眼》は未だに何もない。

 スキルは全部で10個程所持できるのだが、コーディーは未だに5個しか持っておらず、そろそろ新しいスキルが欲しいと思い始めている。

 新たなスキルは冒険者ギルドのクエストを受ける事で手に入るのだが、そのクエストが受けるようになるのはEランクからだ。

 コーディーは冒険者ランクがEになって直ぐ2階に上がったので、まだ冒険者ランクが上がってから1階ではクエストを受けていない。


 新たなスキルは欲しいが、アトリエを後回しにしてまで優先する事だとは思っていないのだ。コーディーの優先順位第1位はアトリエである。


(スキルについて考えておかなければいけませんね)


 そう思っていると、ドアを叩くノック音の後に店主の声が聞こえた。


「食事の用意が出来たぞ」


 コーディーはベッドから立ち上がり少し体を動かした後、部屋を出て1階へと向かった。

 食堂には他のプレイヤーやNPCが既に食事を取っており、お風呂は宿泊しなければ使用できないようなので、ここは食堂と宿屋の両方を営んでいる事になる。

 コーディーも他の客と同じように適当な席につき、料理を待つ。


 すると店員によって運ばれてきたのは洋風の食事だった。

 野菜がごろごろと入っているスープに、一口サイズに切られ食べやすくなっているサイコロステーキ、主食はパンなのだが黒パンではなく、現実世界で一般的な白パンだった。

 デザートは皿に盛られた、食べやすい大きさにカットされているりんごだ。


 コーディー自身としてはもっと中世を意識した、野菜と動物の脂肉を大鍋で一緒に煮込んだパン入りのスープみたいな料理だけだと思っていたのだが、実際はそこまでではなかった。

 言い方は少し悪いが、そこまで酷いとプレイヤーからクレームが来ると考えたのだろう。

 彼は一度でいいから、こういう場所で昔の料理という物を食べて見たかったと少し落胆したが、これは仕方がない。


 気を取り直し、料理に手を付ける。口に入れる前に《鑑定眼》を使い、どのような料理なのか見る事を忘れない。

 料理名とバフを知ることが出来る様で、満腹度の減少速度低下というバフや与ダメージが3%上昇するバフが付いた。

 しかも味は文句なしで美味しい。


 スープに入っている野菜はサイズが大きいながらも、口に入れ軽く噛んだ瞬間、簡単に解れる。それでいて、あっさりとしたスープの味が染み込んでいるのだ。

 中世では硬い黒パンをスープに浸して食べるのだが、あるのは柔らかい白パンなのでこれを浸して食べると、これまた美味だ。

 パン本来の小麦の味と濃すぎないスープが食を進ませる。


 サイコロステーキも肉汁が噛んだ途端に出てくる。これは、ゲームだからこそ出来るのかもしれない。

 口内を蹂躙する肉汁をあっさりとしたスープで飲み干すと、喉奥まで味を楽しめる。


 無駄な考えで料理の味を邪魔したくないという思いから、コーディーは心を無にして食事を精一杯楽しんだ。

 これほどの料理を作れるようになれるのなら、料理人になっておけばよかったと思ってしまうのも無理はない。現にコーディーは思ってしまったのだから。

 彼はいつの間にか料理を綺麗に完食して、椅子に凭れ掛かっていた。


「最高の時間を有難うございました」


 皿を片付ける店員に心からのお礼を言って、席を立つと余韻を楽しみながら風呂場へと足を運ぶ。

 コーディーは男湯の暖簾を潜り、脱衣所へ入った。風呂場は、宿屋に入って真っすぐ進み左方向にある。

 つまり食堂から徒歩一分も掛からずに着く事が可能だ。


 コーディは未だに料理の余韻を楽しみつつ、目の前に表示されたウィンドウを操作する。余談だが、宿屋で専属や雇われとして日々腕を磨く料理人も少なくないらしい。

 コーディーが食べた料理には作成者の名前は記載されていなかったので、店主の奥さんたちが作成した物になる。


(温泉で水着というのは、少し違和感がありますね)


 ここ脱衣所で、プレイヤーには水着に着替えるか否かのウィンドウが現れる。

 コーディーが先程操作していた物がそれだ。


 【ミリアド・ワールド・オンライン】では装備品を全てはずしたとしても、全裸にならず短パンにTシャツの状態となる。

 しかし、こういう場では全裸にはならないが、水着にはなる事が可能だ。

 流石に短パンとTシャツでお風呂に入るのは水着以上に違和感がある。


 このMWO内では水着以上に露出が多い装備は、運営に認められないと作成したとしても削除されてしまう。

 露出が多いが運営に認められた物の中には、ダメージジーンズならず"ダメージタイツ"という物や"文字服"という文字が書かれているのではなく、文字その物という服が存在する。

 もちろん、これらは全て男性用だ。この情報を掲示板で知ったコーディーは、面白い人が居るものだと逆に感心したほど。


 海外では温泉も水着なのだが、日本人であるコーディーは水着である事に少し違和感を感じつつ、戸を開けて浴室へと入った。

 ゲームなので身体は綺麗なままだが、体を洗ってから湯船に入るのがマナーなので、洗い場で身体を洗う。

 ボディソープ、シャンプー、リンスがきちんと存在し、洗い場の椅子に座ると表示されるウィンドウの操作で、タオルだって出せるというのは驚きだ。


 運営はお風呂場の作成に気合を入れているのが窺える。この作り込みたるや、マナーを破れば何か起きそうな気がしないでもない。

 そんな事を考えつつコーディーは頭と身体を洗い終わり、奥の壁際にある湯船へと入った。今のコーディーは、お湯だが、水も滴るいい男状態だ。

 浴室の中にはNPCの子供やおじさんが温泉で安らいでいる。そして、現在コーディー以外のプレイヤーはいない。


「こうしてみると、凄い絵ですね~」


 コーディーは正面の壁に描かれている絵を見てそう言った。

 湯船に使っている所為か、彼の口調が間延びしていたが、本人は気づいていない。しかも、思っていた事がそのまま口に出てしまった様だ。

 壁に描かれているのは見た事のない大きな山脈。

 その絵を見ていると、彼と同じく湯船に浸かっているNPCのおじさんが声を掛けてきた。


「その山はな、幻獣様が存在すると言われている山脈なんだ」


 声を掛けてきたおじさん曰く、幻獣とは嘗て人々をモンスターの大群から守り、人と言葉を交わす事の出来た存在なのだとか。

 そして神様の様に崇められていた生物であると。しかし、その幻獣はいつからか姿を消してしまった。

 人々は幻獣に頼り切って居たから愛想を尽かされたと思い、自分達でもモンスターと戦えるという事を示す為に立ち上げられたのが、今の冒険者ギルドだ。


 コーディーはその説明で、冒険者のような格好をしたNPCが居た事に納得した。冒険者ギルドの1階にはプレイヤーだけではなく、NPCも居たのだ。

 彼は思いもよらない所でこの世界の歴史を知る事となった。おじさんの話はまだ続く。


 目の前にある山脈の絵は各地で見つかっており、その"見つかっている"というのは、そもそも目の前の絵自体、だれが描いたのか分からないのだという。

 客は店主が描いたと、店主は客の誰かがこっそり描いたとのだと言い、結局誰が銭湯の壁や各地に幻獣が棲んでいるだろう山脈を描いたのか判明していない。

 初めは店主も突如描かれた絵を不気味だと思っていたが、絵のお陰で客は増えるし、今までおかしな事は一切起きていないので、今では気にしていないと言っている。


(もしかして、ストーリーに関係していたりするんでしょうか)


 ここに来て、大きな情報を入手した。まさか、温泉で手に入るとはコーディーも思っていなかったが、気に留めておいた方が良い情報だと反芻はんすうして頭に刻み込む。

 その後はおじさんと他愛もない話をして、湯あたりした気分になったコーディーは風呂場を出た。

 脱衣所に出ると、滴っていた水滴は消え身体を拭く必要がないという、ゲームならではの体験をした。

 しかし、湯船に長く浸かっていた為、身体は火照っており、少し外に出てくると店主に言ってコーディーは宿屋の外に出ていく。


 今の時間で街を歩くのは、ほぼプレイヤーのみとなっていた。少し街を歩き北門は次のアップデートで開くので、反対の南門の所まで行き、遠目から外の様子を眺める。

 夜間は街の入口に2体の無骨な見た目の、土でできたであろうゴーレムが立っている。モンスターが街に入る事は出来ないのだが、一応形だけでも門番というのは必要なのだろう。

 そうしていると、湯冷めしてきたので宿屋に戻り、コーディーは部屋のベッドに横になるとログアウトをした。

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