第10話 演じる錬金術師
ステータスは多分、次話で表示します。
森フィールドでモンスターに襲われていたドワーフのハルとエルフのナナミを助けたコーディーは、森を出るまで一緒にパーティーを組まないかと誘われた。
彼は生産職の横繋がりを手に入れる為、始めてパーティーを組み、3人は話をしながら森を歩く。
どうやら、ハルとナナミはコーディーと同じような採取クエストを受けて、この森へ足を運んだらしい。
今まで何度か戦闘職の知り合いに頼み、採取を行ってきたのだが今回はその知り合いに頼りすぎるのは悪いと思い、2人だけで来たそうだ。
それで、襲われてしまった時にコーディが助けに入ったというのが事のあらまし。
「護衛の依頼は出さなかったのですか?」
コーディーは2人に問う。ギルドに依頼を出しそれなりの金額を提示すれば、依頼を受ける者は居るだろう。
それに、生産職との繋がりが欲しいと考えるコーディーの様なプレイヤーが、依頼料が少なかろうと受けるはずだ。
そう考えているコーディーにハルが言葉を返す。
「2回ほど依頼はした事はあるんだけどね……」
「もしかして、マナーの悪いプレイヤーにでも当たりましたか?」
言葉が詰まったハルを察して、コーディーは推測を述べた。
「うん、そうなんだよね。だから流石に3回目は依頼を出せなかったんだよ」
苦笑しながらハルはそう言った。どこにでもマナーが悪いプレイヤーは存在するものだ。
次いでナナミが話し出す。
「だから私が一緒に行かないかって誘ったんです」
「ナナミさんもその様な経験がお有りで?」
「ええ……ハルからその話を聞いて採取だけなら2人でも、と思ってきたのですが」
「群れのフォレストウルフに襲われたと」
そこで偶然通りかかったコーディーが助ける事になったというわけだ。
フォレストウルフの群れは戦闘職のプレイヤーでも苦戦を強いられる。
戦闘が得意ではない生産職なら、なおさら結果は分かるだろう。
その様な話をしながら3人が森を進んで居ると、突如ナナミが声を上げた。
「っ! モンスターが2、いや、3匹来ます!」
ハルは担いでいた大きな斧を構え、コーディーはストレージからポーションを取り出した。
しかし、2人はモンスターが近づいているのを察知できない。ナナミは矢を番え、何も居ない前方の草叢へと射った。
(これは、エルフの種族スキルでしょうか)
コーディーはナナミが矢を放った先へ視線を向けながら内心で呟いた。
種族スキルとは、人族以外の種族が持つ特殊なスキルの事である。エルフは自然との親和性が強く、木に囲まれた場所では通常スキルにも存在する《索敵》の上位互換の様な種族スキルを持つ。
そのスキルによりナナミは、モンスターの位置を事前に察知する事が出来た。
掲示板でも情報の開示はされているが、コーディーが見ている掲示板はフィールドや人気の物だけだ。それに、せっかくのゲームなのだから掲示板というゲームの攻略本に近い物で、なんでもかんでも情報を手に入れては面白みが下がるというもの。
【ミリアド・ワールド・オンライン】にはスキルの数が多く、隠し要素もまだまだあると言われているので、それらを早い段階で知ってしまうのは、楽しみを自ら捨てるという事に他ならない。
調べ過ぎてもいけないし、情報が少なすぎてもいけない。絶妙なさじ加減が必要だ。まあ、ゲームの楽しみ方は人それぞれと言ってしまえばそれまでだ。
「よしっ、当たった!」
ナナミの撃った矢は地面を這っていた緑色のモンスターを射抜いた。そして次の瞬間、草叢から全長50センチの幼虫が2体飛び掛かって来たと同時に、ハルの可愛らしい叫び声が辺り響く。
「きゃぁあああああ!!」
「ちょっと、ハル!」
ナナミの声が耳に届くより早く、ハルは来た道を全速力で戻っていった。斧を持ったまま、かなりの速度で走れるのはゲームならではだ。
コーディーは冷静に緑色の幼虫――グリーンラーヴァの飛び掛かりを避け、パラライズポーションを投擲する。
ナナミも最初に矢が当たった1体に、もう一度矢を穿つ。
地面が草で生い茂っているので、グリーンラーヴァを見つけづらい。
ナナミとコーディーが戦っている一方でハルは幼虫の気持ち悪さから、距離を取って怯えていた。
木の陰から2人を見ているが、その表情は虫嫌いの子供そのもので、人によっては庇護欲をくすぐられるだろう。
コーディーのパラライズポーションからポイズンポーションという、動きを封じHPをじわじわと減らしていくコンボで2匹、ナナミは遠距離から的確に狙って1匹のグリーンラーヴァを倒した。
こうして戦闘が終わりナナミはハルの元へ、コーディーは近くの植物を適当に採取し始める。
足元の草はただの雑草だが、コーディーの《鑑定眼》を持ってすれば雑草の中にいろんな植物を見つける事が可能だ。
彼が一心不乱に採取をしていると、ナナミに連れられてハルが戻って来る。
「ほら、コーディーさんに謝って」
「ううっ、戦闘に参加できなくてごめんね」
ハルは本当にすまなそうな表情を浮かべ、膝をつき採取をしていたコーディーへ頭を下げた。
クールな見た目に合わず、コーディーは結構自由に行動している。
謝罪を受けた彼は手を止め立ち上がると、口を開く。
「ハルさんは虫が苦手なのでしょう? それなら戦闘を強要しませんから安心してください。誰だって苦手な物の1つや2つありますから、少しづつ慣れれば良いんですよ」
「ごめんね、コーディー」
「すみません、コーディーさん」
コーディーは続けて「元気を出してください、そのほうが可愛いですよ」と歯が浮きそうなセリフを言ったが、恥ずかしさから顔を赤くしてしまった。
それを見たハルとナナミは顔を見合わせ、少し後に笑みをこぼす。
「ふふっ、励ましてくれてありがとね」
ハルがコーディーにお礼を言い、3人は森を進み始めた。
楽しそうに話をしたり、ハルとナナミ達の目的の物を採取したりと事は順調に行き、残す所はコーディーの採取物だけだ。
モンスターにも襲われたが3人で協力し、虫嫌いなハルはグリーンラーヴァを励まされながらではあるが、倒す事が出来た。
そして、薄暗い森を明るく照らす太陽の様な3人は青い葉を持つ木を発見する。
「これで、私のクエストに必要な分は集まりました」
木の根本に生えていた薬草を採取したコーディーは、ハルとナナミに報告した。
手に入った物は"魔力草"というHPを回復できる低級ポーションのMP版となる材料だ。
「最近出回っていた低級マジックポーションって、これが素材だったんだ~」
「最近出回っていた低級マジックポーションは、これが素材だったんですね」
ハルとナナミも《鑑定眼》を持っており、魔力草を鑑定して、表示された内容から低級マジックポーションの素材であると断定した。言葉が重なるという所が、仲の良さを現している。
材料を簡単に当てる事が出来るのだから、伊達に生産職をしている訳ではないという事だろう。更に錬金術師であるコーディーの採取クエストで納品するのだから、分からない方がおかしいと言えるかもしれないが。
「この場所って森のかなり奥地ですよね。少し採取していきません?」
ナナミが2人に聞き、コーディーはもちろんの事、ハルも何かレアな物があるかもしれないと言って同意した。
「こういうのも楽しいね」
ハルが武器として使っていた斧で木を伐採しながら言った。
3人はあまりバラけず、思い思いに採取をしている。コーディーは薬草を探し、ナナミは料理に使えるきのこなどを、ハルは木の伐採だ。
あまり長居は出来ないが、戦闘なら道中で何度も熟してきたのである程度チームワークが出来ていた。なので、大抵のモンスターには苦戦をしない。
斧を使って前衛として活躍するハル、弓を使い後衛で冷静にモンスターを攻撃するナナミ、短剣やポーションを使い遊撃を務めるコーディー。こうしてみると3人は結構バランスが良いのかもしれない。
今も採取をしながら話を楽しむ余裕すらある。仲も良くなっており、唯一の男性であるコーディーを女性2人は完全に信頼、信用していた。
(上手く、演技ができているようでよかったです)
内心でコーディーはこんな事を考えているのに、ハルとナナミはまったく気づいていない。
そもそも彼が気障なセリフを言うはずがないのだ。それで、顔を赤くする事もありえない。
しかし彼の唯一の誤算は、ハルに本人でも気付けないほど、小さい恋の炎を灯してしまった事だ。もちろんコーディーは気がついていない。
ゲームと言えど、ここまでリアリティがあれば恋をしてしまっても仕方がないだろう。実るかどうかはともかくとして。
そして、一度灯ってしまった恋の炎は、時間が経つに連れて大きくなる可能性が非常に高い。
そんな面白い事になっているのだが、何事にも終わりは訪れる。
これ以上長居すると森が完全に闇へと化してしまう。なので、採取を止めて帰還しようとした時、ナナミが口を開いた。
「あの白い物体は何でしょう?」
彼女が指差している方向へハルとコーディーは視線をやり、入った時より少し暗さが増している森の中では、一際目立つ白い何かが視界に入った。
3人は目を凝らし、正体を確かめようとする。そして、コーディーは呟いた。
「あれは、ユニコーン……」
ユニコーンとは一角獣とも呼ばれ、額の中央に1本の角を生やした馬に似た伝説上の生き物だ。
そして、森フィールドのボスモンスターと同じ名前だった。
その名前を聞いたハルとナナミは驚き、瞬時に武器へと手を掛ける。
遠目にユニコーンがこちらを見ている事が分かったからだ。だが、コーディーは2人へ待ったをかけ、即座に下がる事を指示した。
「ユニコーンは襲ってこない者には、何もしてこないと言われています。なので、このまま立ち去りましょう」
戦う気があれば気づかれる前に襲ってきているはずです、と付け加えユニコーンへ視線を固定したまま3人は後ろへ下がる。
距離はかなり離れているはずなのに、肌をピリピリと刺激する程の緊張感に自然と呼吸が早くなるのを3人は感じた。
息を呑む音が聞こえるほど静かに、息を殺しながら森を移動する。
そして、モンスターに1度も遭遇せず森を脱出できた。
「たはぁ~凄い緊張したよ」
「ゲームの世界なのに嫌な汗を掻いてしまいました」
女性2人は緊張の糸が切れた様に声を出した。現在の時間はもうすぐ闇が下りてきそうな時分となっている。
「街へ戻るまで油断してはいけませんよ」
コーディーはリラックスして地面に座り込んでいる女性2人に向けて言った。
彼は強者ではないので、安全が確保されるまでは肩の力を抜け無い。
真面目なのだ。というのは嘘であり、そういうキャラクターを演じ、好感度を上げなくてはいけない。
少しでも格好いい所を見せて、生産職の繋がりをより強固にすれば、片眼鏡に手が届く様になるし、作ってもらう時に値段が安くなるかもしれないという考えの元、打算的な彼はキャラクターを演じる。
「そうだね。早く街に戻ってゆっくりしよう!」
「そういうのなら、早く立ちなさい」
ナナミは未だに座っているハルを無理やり立たせる。
「あ、そうだ。忘れない内にフレンド登録しておこうよ」
「そうですね。コーディーさん、私達とフレンド登録してもらえませんか?」
2人の誘いにコーディーは、遂に来た、と思い表示されたウィンドウの"了承"を選択する。
こうして、フレンド登録をした3人は街へと戻っていった。