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目覚めのとき

「まずは自己紹介からしようか。 俺の名前はカイ。 縁談の話をもらってこの街まで来た」

「縁談? するとお嬢様の…」

「まあ表向きはそうなるかもしれないが、実際に来たのはリアムとの話でね」

 その言葉にラナは目を丸くし、トレイズはすっと目を細めた。

「話というのは縁談を引き延ばす、もしくは壊す方法なの」

 トレイズの顔が怖くてすぐに要点を続けると、表情がやわらいだ。

「私は覚えてなかったけれど、まだこの街に来る前に父からそういう話があった。 お嬢様の代わりに家のためになる結婚をしろ、と」

「そう、すっかり忘れてたみたいだけど、さっき思い出してね」

 すっかり忘れてた、の部分に棘を感じたけれど自分のせいなのでそのまま流す。

「私は縁談を受けたいとは思っていないし、カイも同じ気持ちです」

「そう、だから君たち二人にも承知しておいてもらいたくてね。」

「…。 話はわかりました。 この話、お嬢様は知っているんですか」

「多分だけど知らないと思います。 父がわざわざそんな話をするとは思えないし…」

 父は全て自分で決めて命令するだけ。お嬢様は何も知らずにいると思った。

「そうか…。 この話はお嬢様にはしないほうがいいか…?」

「いえ、黙ったままというのも…」

 私とトレイズが対応に困っているとラナが口を開いた。

「お嬢様は知ってると思いますよ」

 その言葉に全員の目が集まる。

「前に一度お嬢様がこう言ってたんです。

『いつかリアムは私の前からいなくなってしまう。私がこんな身体だから』って」

 ラナの話を聞いて、また忸怩(じくじ)たる気持ちになる。本当に自分はなぜ気付かなかったのだろうか。自らの愚かさにただ呆れるばかりだ。

「そのときはリアムさんが屋敷を出て他に働き口を見つけることを言ってるのかと思ったんですが、今思うと…」

「そうだな。 その話を聞く限り、エレミア様は知っていたと思えるな」

「でも、父がわざわざそんなことを言うでしょうか…」

「話すところを聞いてたんじゃないか」

 カイがリアムの疑問に答える。

「父親と妹が自分に関する話をこそこそしていると思えば、気になって聞き耳をたてることもあるだろう」

 確かに、自分のことなのに外されたら不安になるのも道理だ。エレミア様はあのときドアの向こうにいたんだろうか。

「では、お嬢様にお話ししたほうがいいでしょうね」

 何年も沈黙して、もしかしたらお嬢様は、リアムが話し出すのを待っていたのかもしれない。リアムが忘れていたことを、ずっと胸に秘めて。

「そうですね。 お嬢様も含めたみんなで話したほうが、きっと良い案が浮かびますよ」

 ラナもこれに同意する。カイやトレイズも異論はないようだ。

 トレイズは来客があることを伝えに、一足先に帰る。

 私とラナは、カイが宿に置いてある荷物を取りに行くのに付き合うことにした。


「リアム、これ」

 宿から出てきたカイは何かを投げてよこした。広げてみるとそれは薄手の上着だった。

「そのまま街を歩くと目立つだろう」

 リアムのドレスは手当のために肩から破られて、腕には包帯が巻かれている。今更に自分がひどい格好をしていることに気づく。

「ありがとうございます」

 素直に礼を言って上着を羽織る。

「それにしても、エレミア様はどういう人なんだろうな。 ちょっと緊張するよ」

 調べたといってもそれはエレミアになりすましたリアムの話なので、本人の人となりはわからなかったと言う。

「お嬢様は…、そうですね、寂しがりな方ですよ」

 寂しくてもそれを表に出さないところがある。他人に弱みを見せるのを嫌う、というより自分に自信がないので毅然とした態度を崩さないのだとリアムは思っていた。

 カイは言葉の奥まで読めたのか、「ふーん」と相槌を打つだけだ。

「あとは時々怖いですね。 特にリアムさんが街に出るときが」

「ラナ」

 口が過ぎると注意する。それにもカイは適当に相槌を打っただけだった。

「お嬢様が何もかも知っていらしたのなら、私を不快に思うのも無理のないことでしょう。 父に言われたことも全て忘れてのんきに過ごしていたのですから」

「君がそう思っているから、エレミア様は何も話せなかったんじゃないか?」

「え…?」

 カイの言葉が一瞬、理解できない。

「そもそもきっかけはエレミア様が怪我をして歩けなくなったことだ。自分のせいなのに謝られたら困るんじゃないか。

 特別何が悪いわけでもない妹に、『本当に申し訳なさそうに』されたらプライドも傷つくだろうし」

「…っ」

 その通りだとしか思えなくてぐっと言葉を呑む。

「そうですね。 話を聞いてると、リアムさんが悪いわけでも、お嬢様が悪いわけでもないですもんねぇ。

 謝られたら、話しづらいんじゃないですか」

「まあ、なんにせよ、話はしなければならなくなったわけだから、君たち二人の問題を解決するいい機会だと思えばいいさ」

「そうですね…」

 もう、そう答える以外できなかった。



 屋敷が近づいてくる、見ると門の前にトレイズが立っている。

 お嬢様の様子を聞くと、「部屋で待ってる」とだけ答えた。

「さてさて、話し合いはどんなものになるのかな」

 なぜか楽しそうにカイが言う。

「お嬢様のお部屋までご案内します」

 リアムは緊張しながら廊下を歩く。エレミア様の部屋に行くのに緊張するのは初めてだ。

 ドアの前で息を吸うと背中に手の感触がした。トレイズが背中をそっと押している。その感触に心が落ち着くのを感じた。

 声をかけて部屋に入る。お嬢様はいつものようにテーブルの前でリアムたちを待っていた。

 カイは挨拶を述べると、いきなり問題の確信へ飛び込んだ。

「トレイズから私の目的はお聞き及びでしょうか」

「聞いているわ。 リアムを連れて行く気がないってことは」

「私の国にいらっしゃいませんか。 私としては、必要がなくなるまであなたたちに行方不明になっていただければ非常に都合がいい」

「…貴方は私たちに何をしてくれるの?」

「お嬢様?」

 ラナもトレイズも、そしてリアムもエレミア様の言った言葉の意味がわからないでいる。ただカイだけが発言を理解したようでエレミアに続きを促す。

「貴方に協力するってことは、お父様の意向を無視するということよ。

 そうなれば私とリアムはもちろん、ラナやトレイズもこの屋敷から出されて生活に困ることになるわ。

 そうなったときに、貴方は何をしてくれる?」

「そうですね。 希望があればそれに添うように致しますが…、何かご希望はありますか?」

「リアム。 貴女はどうする?」

 突然水を向けられて、リアムが言葉に詰まる。代わりにトレイズが疑問をぶつける。

「いきなり言われても、すぐには答えられないでしょう。 それよりも、お嬢様はどう思ってらっしゃるのですか?」

「私? 私は協力するわ」

 あっさりとした答えにラナもエレミアに尋ねる。

「お嬢様は外国に行きたいんですか?」

「あら、そういう質問はだめよ。 自分で考えなきゃいけないことだわ」

 エレミア様の心を計り兼ねている三人にカイが言葉を足した。

「別にエレミア様と一緒でなければ援助しないとは言わないよ。

 君たちは君たちの好きなように生きればいい」

 突然現れた選択しに誰もが戸惑った顔で次に言うべき言葉が出てこない。

 三人は答えを出せず、話し合いは翌日に持ち越されることになった。ただエレミア様とカイの間ではすでに結論がでているらしく、決めなければならないのは使用人たちだけだった。

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