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夢を破る音

 何もしなかった後悔をさせるな――、その言葉がリアムには一番突き刺さった。

 責められたような気がしたのは、その自覚があるからだ。

 お嬢様、トレイズ、ラナ。大切な人にリアムは何もできない。

 本当の願いはきっと―――。

「こんな祭りの日に考え事かい?」

 街の中心部を歩いていたリアムはその声で我に返る。

 声をかけてきたのは一見して、外国人とわかる青年だった。

 日に焼けた精悍な顔立ちは、鋭いのに怖い感じがしない。ひょうきんな表情と気さくな態度のせいかもしれない。

「ええ、貴方みたいな素敵な人が見つからないかなって考えてたの」

 とっさにエレミアの演技でごまかす。

 祭りに来た目的を忘れるところだった、リアムのままで考え事するなんて迂闊すぎる。

 青年はリアムの言葉に笑う。

「いきなりそんなことを言い出すなんて、大胆だな」

「あら、本当のことよ。 隠すなんて意味がないわ」

 この言葉に青年はさらに大笑いした。

「素敵といってもらえて光栄だ。 君もこの祭りに集まる華のように美しいよ」

「あら、それだけ?」

「それ以上かどうかはまだわからないな」

 軽い言葉を交わしながら、リアムは青年を観察する。

 旅慣れていて、話も上手い。彼ならお嬢様も喜ぶだろう。

 青年が花を取り出しリアムに差し出した。

「楽しい人だな、君の名は?」

 誘いに微笑で答える。

「エレミアよ」

 吐き慣れた嘘が今日は少し重い。

 エレミアを演じることにいつもより集中力が必要だった。

 カイと名乗った青年は花であふれかえった通りを見ておもしろそうな顔をしている。

「聖祭に来るのは初めてなの?」

「そうだな、この街では初めてだ」

「へえ、それにしては祭りに詳しいわね」

 聖祭は各地で行われているが、この街以外で花を手渡して異性を祭りに誘う風習があるとは聞いたことがない。

「来る前に聞いたんだ、せっかく祭りに来ても出会いがないとつまらないだろう?」

「そうね、ひとりで祭りをすごすなんてつまらないわ。 楽しむなら誰かと一緒でなくちゃ」

 同意すると、だろう?と青年が笑顔を向けてくる。

 リアムはどうでもいい人間と過ごすくらいならひとりのほうがいいと思うが、お嬢様はひとりで過ごすくらいなら誰でもいいから人と一緒のほうがいいと言いそうだ。

 幼い頃からずっと屋敷に閉じ込められて、話し相手はリアムくらいしかいなかったせいか、お嬢様は誰かと関わっていることを好む。

 今でこそ、ラナやトレイズなど年の近い者がいて、誰にも気兼ねしない生活をしているが、屋敷に来た当初は監視役を兼ねた召使いしかいなく、息苦しい日々を送っていた。

 今が幸せだと、リアムは思っている。エレミア様の心中はわからないけれど。

 さりげなく辺りを見回すと離れたところにトレイズとラナがいる。

 遠目から見ると兄妹みたいだ、全然似てないけど。

 複雑。二人を見て浮かぶのはそんな感情。

 心配をかけているのは申し訳なく思う。

 けれど、それをうれしいと思う自分もいる。

 引き起こしたトラブルは間違いなくリアムのせいなのに、巻き込みたくないとも思っているのに…、うれしいと思っているのがさらに申し訳ない。

 温かい視線を感じながらカイに笑いかける。

 話を聞くと、カイは祭りに来た観光客ではないらしい。

「観光でもなしにこの時期に来るなんて珍しいわね」

 小さくはないが、特に目立った産業があるわけでもない場所で、カイのような旅人が立ち寄ることはあまりない街だ。

「ちょっと人に会う用事があってね。 祭りに重なったのは偶然なんだ」

「ふうん、私と居ていいの?」

「気の乗らない用事でね。 そんなものより、君と出会ったことのほうが大事だよ」

 冗談めかして言うが、気の進まない用事だというのは嘘ではなさそうだ。

「ふふっ、でもその用事に感謝しなくちゃね。 おかげで貴方と出会えたんだもの」

 腕を絡ませ、エレミアの演技を続ける。

 見られていることも意外と気にならなかった。



 笑い合う二人をトレイズとラナは離れた物陰から見ていた。

 今のところアルフレッドの姿はないが、油断はできない。

 隣にいるラナが感心したように言う。

「さすがですねー、リアムさん。 お嬢様そっくりです」

 確かに外見もさることながら、笑い方やしぐさ、細かいとこまでよく似ている。

 それでも不思議なことに、トレイズにはあの状態のリアムがエレミアに見えたことはない。

 いつもリアムはリアムのまま、だからこそ胸が騒ぐ。

 二人を見ていたラナがこちらを向いた。

「トレイズさんって、嫉妬とかしないんですか?」

 突然の問いに言葉を失う。

「いきなりだな」

「前から思ってたんですよ。 お嬢様そっくりでも、あれはリアムさんじゃないですか。

 だからちょっと不思議って言うか…。

 好きな人が誰か他の人とデートなんかしてたら嫌じゃないですか、普通」

 普通程度よりも嫉妬はしている、それを表したらリアムが困るから、出さないだけで。

「気にしてないわけじゃないですよね。

 だってトレイズさんいつもリアムさんが街に出ると普段より口数が少なくなりますもの」

 あといつもより注意力がなくなる。

 事実なので特に反論しようとは思わない。自覚も充分にあった。

 リアムの演じるエレミアは本当に楽しそうに見える。

 嫉妬なんかしてもしょうがない、そう思う。

 何も言わなくてもわかっている、それでも胸の内に重いものが溜まっていく。

 目を逸らしたくなるのは一瞬だ、胸を刺す針の痛みに、刹那硬直する。

 それでもリアムを見つめる、針を除けるのも彼女だけだから。

「言わなくていいんですか? ……好きだって」

 最後の言葉は声を潜め、窺うようにトレイズの顔を覗き込んでくる。

「今、言えば壊れるものがある。 リアムを追い詰めることはしたくない。」

「何を言ってるんですか!」

 激しい声に一瞬、意識がラナに移った。

(しまった…!)

 今の一瞬で二人の姿を見失った。

 目を離したのは、ほんのわずかな間だ。

 なのに、二人の姿は通りのどこにもない。

「今ので見失ったぞ!」

 思わず声が激しくなる、ラナも焦ったように辺りを見回すが見つからない。

 通りは先程よりも人が増えている。違う道に入ったのだとしたら、なお探すのが困難だ。

「早く見つけないと…!」

 何が起こるかわからない。一瞬でも気を逸らした自分に腹が立つ。

 気が急くが、闇雲に動いたら余計に二人から離れそうな気がする。

「…?」

 その時、離れところにアルフレッドの姿を見つけた。

「おい、あそこ」

「え? …っ!」

 誰かを探すように首を動かしながら歩いている。

 その目は酷く暗く、あまりに異様な気配から周りにいる者が避けて通っていく。

 間違いない、リアムを探している。

 そう確信して、トレイズは行動を決めた。

「あいつを追いかけるぞ」

 リアム達を見失った以上、危険から守るならアルフレッドを見張るしかない。

 ラナもそれに頷く。

 リアムを守りたい、それはラナもトレイズも同じ気持ちだった。

 誰にも傷つけさせたくない。リアム自身の心からも、本当は守りたい。

 祭りが終わったら、きちんと話せるだろうか。

 俺も、リアムも、目を逸らして、肝心なところには踏み込まなかった。

 それでも、この想いから逃げられないのなら、立ち向かうしかない。



 カイに手を引かれ、角を曲がる。

 中央通りから一本外れた道は、わずかに人が少なく、ぶつからずに歩くことができた。

 カイはさらに路地を抜け、細い道に入っていく。狭く奥まった道に人の影はない。

 後ろを確認すると二人がいない。

 はぐれたのかもしれない、リアムが視線を戻すとカイが足を止めた。

「どうしたの?」

 リアムの問いにさっきとは違う笑みで答える。

「やっと、君のお付きと離れたからさ」

 トレイズたちに気づいていたらしい。

 狭い道に入ったのがリアムを二人から引き離すためだったことに気づく。

 リアムの表情に警戒が浮かんだのを見て、カイはにやりと笑った。

「二人きりになれてうれしいよ、リアム」

「…!」

 確信を突いた一言に動きが止まる。

「実は最初から知ってたんだ。 君のこともエレミア様のことも」

 まさか…、と脳裏に浮かんだ可能性を裏付けるようにカイが続ける。

「俺の用事はわかったかな? ついでに君が演じているエレミア様にもあいさつしとこうと思ってね」

 リアムとエレミアのことを知っていて会いに来た、それは…。

「エレミア様の婚約者…、ですか」

「正しいけれど、間違っている」

 さっきまでとは違う種類の笑みを浮かべた顔が近づいてくる。

「君は知っているはずだよ。

 エレミア様をどうするか、父上が言った言葉を…。

 君がエレミア様の傍にいるのはお嬢様を大事に思っているからなんて、とんだ記憶のすり替えだ」

「何を―――?」

「覚えてない? この街に移るときに言われたことを―――」

 父が何かを言った?

 記憶の底で何かがうごめく。

「―――!」



「リアム」

 珍しく父が自分の名を呼んだ。

「なんですか?」

 リアムは温度のない声で答える、親子の会話とは思えないほど部屋の空気は冷たい。

 黙って言葉を待っていると、目がこちらを向いた。

「エレミアを別邸に移す、お前も一緒に行け」

 リアムが頷くと父は不快そうに顔を歪める。

「まったく忌々しい。 足を傷つけたのがお前なら問題なかったものを…」

 エレミアの足がこの先動かないだろうというのは、リアムも聞いていた。

「仕方がない、このさいお前にスペアになってもらう」

「…おっしゃる意味がわかりません」

 あまりの衝撃に声が震える。

「あの身体では家の役に立つ縁談など望めないだろう。 エレミアは用済みだ」

 実の父のあまりの言いように、怒りが湧く。

「そのようなおっしゃり方はお止めください」

「なんだと?」

 口答えされたのが頭に来たのか、父は執務机の上にあった紙の束を投げつけた。

「…っ」

 痛みはさほどでもなかったが、厚みのある紙束は重く、リアムは衝撃で床に倒れこんだ。

「偉そうな口を聞くな。お前が生きているのは誰のおかげだと思ってるんだ」

 倒れたリアムの髪を掴んで恫喝する。

「引きとってここまで育ててやったんだ、少しは役に立て。 お前にはエレミアの代わりに縁談を受けてもらう」

 何を馬鹿なことを、そう言おうとした。

 しかし、続いた言葉にリアムの動きが止まる。

「逆らうのならエレミアにはこの家から出てもらうことになる」

「…っ!」

「役立たずを養うほど私も寛容ではないのでな」

 父の言葉に胸が凍りつく。エレミアが市井に出て生活ができるとは思えない。

 交換条件ですらない一方的な宣告を、リアムは拒否することができなかった。

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