招いた悪夢
リアムは屋敷から街を見ていた。
窓からでも街の華やぎがわかる。
祭りのためにあちこちに花売りがいて、通りを埋め尽くす人は皆花を抱えていた。
「リアム、こっちに来てちょうだい」
新しいドレスに身を包み、お嬢様は上機嫌で鏡を見ている。
レースが幾重にも重なった、白いドレス。
それは祭りの由来となった花が白だったという伝承に合わせたらしく、まるで湖に投げられた百合のようにも見えた。
同じドレスを着たリアムを見てお嬢様は満足気に笑んだ。
「楽しみね?」
リアムはその言葉に賛同はしなかったが、エレミアは気にした様子がない。
控えめにノックをする音が聞こえてトレイズが馬車の用意ができたと告げる。
部屋を出るときに見たエレミアは得体のしれない笑みを浮かべていた、その表情を見てしまったラナが肩を震わせた。
一緒に部屋を出たラナは腕をさすり誰にともなく話しだす。
「ああいうときのお嬢様って少し怖いです」
私もトレイズも返事をしない。
ふうっ、と息をつき、ラナは話を変えた。
「そうだ、リアムさん。 わたしも聖祭に行くことにしました」
「え?」
「俺も同行させてもらう」
二人がそう言い出したことがリアムには以外だった。
二人とも、特にトレイズは聖祭に興味がなさそうだったためだ。
事実、二人の瞳はいやに真剣で、とても祭りを楽しみにしている顔には見えない。
言葉をためらうラナにトレイズが言う。
「見てもらったほうがいいだろう」
ラナも異を唱えなかった。
トレイズたちは庭に向かいリアムもその後をついていく。
二人とも常にない厳しい表情をしている。
リアムはその様子にわずかに不安を感じた。
屋敷の庭は外に出られないお嬢様が窓から楽しめるようにきれいに手入れされている。
この時期は青々とした芝生がとても美しい。
その庭が赤く染まっている。
それは、遠くから見ても異様な光景だった。
「………」
「さっき下に降りたときにみつけたんです」
絶句するリアムにラナが言う。
近くによるとなお赤い、それは大量の花だった。
種類も赤の彩度もまちまちな花たちは潰されたように花弁を散らしている。
丁度お嬢様の部屋からは見えない位置にあり、窓の外を見ていたリアムも気づかなかった。
「ラナに言われて見に来たんだが、これはよくない」
「? 何が…」
「これを見てください」
ラナが足元を示す。
「これは…」
二人が緊張していた理由がわかる、リアムも背に冷たいものを感じた。
赤い花たちの中に同色の小さなカード。
真っ赤なカードには黒い文字で『a』と記されていた。
その文字で思い当たるのはこの間までお嬢様が遊んでいた少年しかいない。
正確に言うならリアムがお嬢様の代わりに恋人として会っていた少年だ。
これまでも何通か手紙が届けられたことはあったけれど…。
「そこの文章を読んだか?」
よく見るとカードの色とはわずかに違う赤でメッセージが書かれていた。
『花たちも貴女の不在を悲しんでいます』
短いメッセージは恋人たちが交わす内容にも似ていて、それが不気味だった。
「その文章だけならおかしくはないんですが、カードの内容とこの花…。 怖いですよ」
「ラナの言うとおりだ、尋常な人間のすることじゃない」
「…」
お嬢様のいる部屋の方を見るとトレイズが首を振った。
「お嬢様のことを、アルフレッドが知っているとは思えない」
ラナもその言に同意した。
「そうですよ、お嬢様は外に出ませんし、屋敷に出入りしている者とも会ったことがないんですから、わかるわけありませんよ」
二人の言うとおり、このメッセージはリアムの演じたエレミアに宛てられたものだろう。
散らばった花を一輪手に取る。
比較的きれいなその花は純粋な愛情の花言葉を持つ。
頭に浮かぶ少年は明るい笑顔ばかりだった。
リアムの知る彼は快活な子で、こんな陰湿なことをするような性格ではない。
アルフレッドの『純粋な愛情』を歪めてしまったのはリアムだった。
彼は、何を思ってこのメッセージを残したのだろう。
リアムの手から花を取り上げ、トレイズが厳しい口調で言った。
「お嬢様のことはいい、問題は君のことだ」
聖祭の間、この街は人があふれかえっている。
突然、アルフレッドと遭遇するかもしれない。
「今、街に出るのは危険だ」
「でも、リアムさんはお嬢様の命令を無視なんて出来ませんよね」
だから用心のためについて来てくれるらしい。
「でも…」
自分の罪のために二人を巻き込むことは嫌だった。
何が起こっても自業自得だが、トレイズにもラナにも危険な目にはあってほしくない。
リアムはなんとか断る言葉を探す。
それにアルフレッドとも話をしたいと思った。
リアムのせいで彼が変わってしまったなら、リアムには責任がある。
元凶の自分がそんなことを言うのもおこがましいが、アルフレッドには前のような快活さを取り戻してほしかった。
もし、街中でアルフレッドと会うことになったら、二人がいないほうがいい気がする。
しかしトレイズもラナも引かない。
「俺達のことも知らないはずだし、離れたところから見ているだけだから」
「リアムさんだけでなんて危ないから絶対駄目です」
トレイズは怖いほど真剣に、ラナは涙目で言いつのる。
「俺達に何もしなかった後悔をさせないでくれ」
結局押し切られる形で一緒に街に出ることになった。