自分
2007年12月14日
俺には家がない。俗に言う“ホームレス”というやつだ。住居は公園。しかもその公園、人気プロ野球チーム・ドリームスの本拠地であるパラダイスパークの近所にある。今はシーズンオフなので夜は静かだが、シーズン中になると熱狂的なファンの応援がこだます。うるさいくらいの応援である。しかし昔からドリームスのファンである俺にとって、その歓声は最高のBGMだ。
俺の名前は松田寛之。ホームレスになってから1年が過ぎようとしている。
ホームレスとは中年、高齢の人を指すのではない。事実、俺はまだ若く、28歳だ。
ホームレスとは苦労している人のことを指すのではない。事実、俺は好きでホームレスという道を歩んでいる。
ホームレスとは仕事が無くて苦労をしている人のことを指すのではない。事実、俺はちゃんと就職している。しかも、まあまあ有名な企業。年収もそこそこもらっている。
ホームレスとは結婚していない人のことを指すのではない。事実、俺は子供こそいないが、妻がいる。妻の利恵はこの公園の近くのマンションに住んでいる。俺はカッコ良く言っちゃえば“単身赴任”しているのである。
もうこの公園での生活は慣れっこだ。外食はめったにしない。ほとんど自炊。自慢じゃないが、先ほども言ったように収入も一般のサラリーマンよりも結構もらっている。経済的には余裕がある。なので自炊で使う水は市販の水を買っている。水道水は絶対に飲まない。小さい頃に水道水を飲んで下痢になったというのも一つの理由だ。トイレはというと公園内にある。毎朝、公園にトイレの清掃員の人が来ているらしく、トイレはいつも便器の美しい白さが保たれている。でも俺は清掃員の人がトイレを掃除しているのを見たことが無い。というのも朝の6時半という早い時間に出勤するからだ。
公園から駅までの出勤時間、ちなみに駅は公園から徒歩5分のところにある。そういう意味ではこの公園、素晴らしい環境に恵まれているのだ。
その5分間に俺はいつも思い出している言葉がある。それは高校の時代の恩師、奥村先生から言われた言葉だ。この奥村先生は眼鏡を掛けていて見た感じは真面目で、“俺に近づくなオーラ”が出ているような先生なのだが、奥村先生は超意外にもアニメ好きなのだ。オタク系と言われる生徒と意気投合して楽しそうに喋っている奥村先生の姿を見ると、いつも笑える。しかしそれがどんな会話内容なのかは聞いたことがない。その会話を聞くことによって、これ以上、俺の知っている奥村先生のイメージを壊したくなかったのかもしれない。
そんな奥村先生に言われた言葉が忘れられない。
「お前が、社会人になって、まあまあな偉いさんになっても謙虚な気持ちを忘れるな。お前はお前でいろ。」
自分が自分であるために。それは簡単なことなのかもしれない。でも俺だって人間だ。感情というものは時折、恐ろしい物に豹変したりする。自分で意識はしてないが、毎朝この言葉を思い出すことによって自分をコントロールしているのかもしれない。
この1年間は激闘の1年だった。振り返ってみれば様々な出来事が俺を強くした。いろんな人との出会いに感謝している。これほどまでに自分を強くしてくれるとは思わなかった。
寛之はゆっくりのこの1年を振り返ることにした。