僕と妹と終点と。
踏切の赤いランプを尻目に、また一つ駅を通り過ぎる。
カンカンカン、という音は、耳を澄ましても、不思議と痛くない。
赤は目に刺激だけど。
踏切はこんな時でも作動してバーを道路前に降ろす。
自動………ああ、電車が近づいてきたらおりるのか、やっぱり。
詳しくは知らないが。
そろそろ街中で家が多い。
密集している。
塀があり、線路が狭く感じる。
凛ちゃんも、そろそろ爆発に疲れてきたようだ。
麻衣に手伝ってもらいだした。
もらい始めた。
何しろ塀といっても砕けてレールの上に落ちているものが多い。
家もひどい。
さっき、窓越しではなく、二階の天井が見えているものがあった。
壁がなくなっていてプライバシーも何もない。
二人は運転席で前方に集中している。
凛ちゃんは運転席に座ったり、席の上に立ったりして線路の様子をじっと見ていて、僕は邪魔しないようにしながら――-――。
つまりはやることがなかったので暇だった。
僕はこの東新城駅のホームを通り過ぎるとき、改札のあたりを注意深く見つめていた。
いつもはネコがいたのだ。
最近知り合った悪友にゲーセンに連れてもらったが、最寄りの駅がここだった。
そしてその隻腕のネコとも知り合った。
そう、あいつは右腕が―――、正確には右の前足がなく、ひょこひょこと、それでも歩いていた。
肩からないというほどではないが、違和感を覚えてじっくり見ないとわからなかったが、手首から先くらいが、よくよく見るとないのだった。
ああ、だから、足首か。手首ではなく。
不運な事故だったのかな。
経緯は知らないが、このホームに住み着いているということは車に轢かれたのではなく電車にやられたのではないだろうか。
………いや、それだったら電車を恐れるはずだ。
毛並みは白かったと思う。
まあ、怪我がどうだろうと、ああアイツか、と識別するくらいの気持ちであり、差別のつもりはない。
仲良くなりたかった。
しかしながらネコやイヌの………僕が今までに出会った奴らは撫でようとすると大抵逃げていてしまう。
犬だったら噛みつくパターンもある。
撫でたいだけなのにな。
もふもふしたい。
まあ、手を出して、怪我をするほど痛い目にあったことはなかった。
噛まれるとしても甘がみである。
犬にとっては手で握るような………握手みたいな感覚でやっているのかもしれない。
牙がちくちくと痛いけどな。
あいつはどこに行っただろう。
怪我で差別はしたくない。
だがあの足でこの崩壊、破壊の巣窟から、素早く逃げおおせただろうかと考えると、心に影が落ちる。
そうか、僕はあいつの逃げ足が遅く、あいつなら近づいて捕まえて撫で撫ですることができるのでは、と考えていたのか。
だからこんなに心に残っているのかもしれない。
と、ここで伊奈町駅が見えてきた。
某大型ショッピングセンターも、隣接している。
買い物、か………。
ここでふと、思いいたって尋ねてみた。
ほとんど無意識に。
「なあ―――」
呼び捨てにするのも気が引け、言葉のリズムが少し抜けた感じになった。
やっぱり名前を言うのをやめて、続ける。
「食糧とか、ある?」
「ん………?」
「だからさ………俺はほら、麻衣のランドセルに少しはあるけど、パンとか」
「ああ………」
九里坂は返事が雲のようだった。
深く座席に腰掛けているが、彼も何か考えごとをしていたのだろうか。
やがて、
「ああ、そうか、確かにメシ屋の………そうか」
ちょっと慌てだしたところが可愛かった。
そういうことを考えたことがなかったようだ。
「今さ、通り過ぎただろ、あそこで買おうぜ。買うって言うか、まあ店員さんがどうなるかわからないけどな………また戻って来るかもしれないってことで」
「そうだな。一応考えておこう………さて」
九里坂は立ち上がる。
窓は射す日光がしっかりと入り込んでいた。
九里坂が重なって影をつくる。
ブラインドを下ろすのはやめた。
周囲が見えなくなるのでこの状況ではプラスにならないと、僕は思っていた。
横から、襲われることもあり得る。
「そろそろだな」
「飛び降りるのか?」
「場所は見当がついてる。マンションが多くある辺りなら、確か空間は多かった。そこで横から出よう――――リン」
「まだ目が離せないよお兄ちゃん」
「わかってる。準備だけしておけ、心の」
「うん」
「降りたらどこ行く?」
僕は横から口を出した。
九里坂はすこし考えて、
「まず降りることだな」
と言った。
僕は考えたけど、反論はしなかった。
確かに、速度のメーターは………。
「なあ麻衣、今、何キロ出てるんだ?」
「うーん、68キロ………あ、70キロ、今」
メーターを注視する妹。
降りることもそこそこ命がけになるだろう。
ハリウッドの世界だ。
スタントの訓練は受けたことがない。
「なあ九里坂くん、本当に止める方法はないのか?電車………」
「………香田、お前だって色々試しただろ………なんで今になって言うんだよ、もう時間ないぞ」
ていうか呼び捨てでいいって。
ぼそりと付け足した。
確かに、平常運転時ならば一駅移動するのに2分くらいといったところだ。
ましてや今日、この車両はブレーキ故障のため、すべての駅を通り過ぎる………スピードを落とさない特急列車になっているのだ。
だから、思ったよりも時間はかからなかった。
「何かやるにしたって、意味も………そうだ、止める必要あるか?」
確かにその通りではあった。
「ああ………町じゅうが崩壊しているんだ。いまさら駅のホームにスピードに乗った列車が突っ込んだところで変わりはない、のはわかるが………」
「ドアから出よう………リン」
「はぁい」
運転席で操作して、左右の降りるドアがガコン、と開いた。
動作は確認済みだった。
5階建てくらいだろうか、レンガ壁のマンションが見える。
あれらは大して壊れていなかった。
ドアの近くで降りる体勢をとる。
運転席から出てきた麻衣に、耳打ちした。
「電車のことだがな………こうすれば止まるかもしれない」
「飛んだ後に?いいけど………じゃあ、やってみようか」
僕と麻衣が右、そして九里坂と凛ちゃんは左のドアからそれぞれ飛び出し、爆発で空中を飛び、徐行に移る。
線路下の石海が高速で過ぎる。
麻衣を掴む両腕に力が入った。
その時、麻衣は同時に電車に向かって
「『エクスプロ―ド・ブレーキ』」
電車の下部、車輪周辺がはじけ飛び、車体は底が抜けたように落ち、線路に擦っていった。
もう一度追加で別の車輪を爆発させると、車体は線路の上を滑り、金属は悲鳴とともに減速していく。
電車のスラディングはやがて徒歩のような優雅な速度になり、終点のホームにぶつかる時は、もはや優しくなっていた。
僕は九里坂に向き直る。
「ドカンとなっちゃあ………あんまり大きな音立ててぶつかると、奴ら、集まって来るだろ?」
まあ、音が小さくなったかと言えば、そうでもなかったのが残念だが。
結構ギャリギャリ言っていた。
「ふん………ま、いいけど行くぞ。ここは危ないだろ」
「そうだな」
前を行く兄妹の背中を見ながら、僕も歩き出す。
「しかし、どこに行こうか………」
意見を言うために周りを少し見回した。
俺は思わず、注視した。
一度見た場所をもう一度確認する。
マンションの………あれは、4階か………?
あのベランダ、物干しざおの下で、何かが動いたような気がした。