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僕の妹は爆発する。

道中、裕山駅の線路を歩いて、通った。

ひしゃげた電車がいまだにホームに食い込んでいる。

傾いた電車というのは平時には目にしないものであり、なんだか特殊なオブジェのようだ。

これもいつかは撤去されてしまうのだろうか。

そういえば―――、と、僕はとあるマンションを見上げる。

電車に乗ってここにやってきたときに、視線を感じたのだった。

あれはいったい―――ただの一般人か、もしくは晴瑠さん、亜紀さんがもうその時点で、僕たちを見つけていたのかもしれない。




病院が見えてきたころに、後ろから走ってくる女の子に気づく。

いうまでもなく、爆歩だ………いや、いうまでもあるか。

後ろから小気味よい爆発音がするなぁ、と思って振り返った。

凛ちゃんだった。

そして着地。

「うわ、なんだ、どうしたの、くりさ……兄貴と一緒じゃないの?」

「………」

黙っている凛ちゃん―――見回しても、兄はいなかった。

「………僕の妹に会いに行くか?お見舞いなら一緒に、案内をするけど―――」

僕は言いかける。

「ごめんなさい」

と凛ちゃんは言った。

………謝った?

いったい何に。

「戦えなかったから………もっと、戦えばよかった、麻衣………さんは、戦ったのに」

それは………『戦った時』と言えばつまり、王妹、異世界人が攻めてきたときか。

「………それは、九里坂に言われて、僕に言いに来た………ってこと?」

強い口調にならないように注意しながら、僕は話しかける。

凛ちゃんは首を振った。

「私が言いに来た。お兄ちゃんには―――内緒。言い訳して、忘れ物あるって―――それで、こっそりここに来た」

凛ちゃんの口調は強かった。

「ありがとう」

義理堅い妹だ。

僕も敬意を示そう。

目線を下げがちだった凛ちゃんが、顔を上げた。

「こっそり来たとは言いがたいけどな………爆発で飛んでいるんじゃあ」

二人ですこし笑った。

「無理して戦えなんて言ってないよ。でもね凛ちゃん………あの手紙を見るに、『全部』終わったわけじゃないみたいだ。ここからは推測だけど、『奴ら』はまた来る。遅れてでも。また王妹じゃないとは思うけれど………。その時は、とにかく、追いつめられるか何とかして、凛ちゃんも覚悟を決めないといけない時が来るよ」

「………うん」

そのあと、凛ちゃんとは別れた。

手を振りながら、飛んで行った。




九里坂は。

九里坂も。

凛ちゃんの戦闘参加を最後までいやな顔してみていた。

「凛には無理だ。そんなことができるわけねえよ」というようなセリフを吐いたこともある。

凛ちゃんに対して失礼な物言いに、気分は良くなかったが。

思えば彼は、凛ちゃんにあまりしゃべらせないようにしていた節もある。

僕はあの時―――、凛には無理だと言われたとき、なんでと言ったけれど。

怪我をする可能性、命を落とす可能性は確かにあったのだ。

九里坂は最後まで、できれば妹には戦ってほしくなかった。

世界を救えるかどうかの戦いで、六歳の妹に怪我をしてほしくないと願う兄もいる。

それを卑怯だと糾弾しきれない僕がいた。




「麻衣―――、来たぞぉー」

なるべく気軽な感じで、軽快に振る舞おうとした。

意図せずシリアスな感じになってしまったので、切り替えようとしたのだ。

しかし、どうやら徒労だった。

そのため、僕の妹は病室にいなかった。

「あれっ………」

近くの廊下を探しに行く。

僕の妹は売店にもいなかった。

人がごった返す白い廊下。

僕は走って走って―――、

「走らないでください、病院内ですよ!」

「すいません!」

看護師さんに怒られた。

僕は早歩きに変更して、捜索を続ける―――窓からついに、見覚えのある人物を目にした。

別の棟―――立体駐車場の上にいた。




若干道に迷いながらも、僕はそこにたどり着いた。

「こんなところにいたのか」

「あ………早かったね」

妹は病院の服を着ていた。

………あれ、なんていうんだっけ。淡いピンクで、浴衣みたいな、緩いやつ。

「これは病衣(びょうい)って言うんだって」

「むう」

妹から教わってしまった。

兄として、屈辱とは言えないにしろ、若干気まずい。


気まずいので空を見上げる僕。

空が近く、街並みが見渡せる。

立体駐車場の上は、晴れた日は風が通り、日光に満たされている。

僕は妹がここに来た理由を、何となく察する。

「―――景色がいいな」

と、僕は呟く。

「そうかなぁ?」

妹は言う。

妹の視線の先には町があった。

ひび割れた、今まさに立ち直ろうとしている、ぼろぼろの町が。

「………まあ、あんまりよくはない、かもしれない」

しかし、何故だろう、空から注ぐ白い日光が廃墟に射し込むさまは、見ていて悪くなかった。

………さて。

「手紙、これ、あの男からだってよ―――ほら、サングラスかけた異世界の」

「あの人が?」

妹が手紙を広げる。


妹が手紙に目を通している間、どこか手持ち無沙汰(ぶさた)で暇になってしまった僕。

「しかしまあ、大変だったが、一息つけて良かったな」

独り言のように、終わったことへの安堵を呟く。

「お兄ちゃん、変なこと言っていい?」

「うん?」







「晴瑠にぃ、変なこと言っていい?」

「ん」

「あの王妹と戦ってるとき………」

「………」

「怖かった、ヤバかったけど、すごいことに巻き込まれてるって、感じがした。楽しい、とは少し違うけど」

………。

語彙も貧相。知能が低すぎるな、本当に、最近のガキは。

ゲーム感覚かよ。

小説とか絶対書けないだろうな、お前は。

「そう思うんなら、もうちょっと真面目にやってもよかったんじゃあないのか」

「いやあ、それは………」

「なんだよ」

「私じゃ駄目だなって思って」

「ん、どゆこと」

「準備とか、する暇なかったし………」

「準備ね………、確かに考えなしだったが」

今回の事件、………事件?

準備など、出来た人間がいたのだろうか。

何が起こったのか、わからないまま始まって、巻き込まれ、過ぎ去ったのに。

「そういえば、あの城に突入したのは俺のせいだな、ろくに対策もなしに」

「それは、晴瑠にぃが………うん、死ね」

「………」

青い光に導かれて(光は妹の鎮静目的だと、手紙で知ったが)やってきた妹たちに追いかけられ、城の正面の城門から入ったのだった。

「っていうか、もう、何にもわかんないところで戦って、状況も誰も教えてくれなくてさあ、ルパニィ………あいつだって、『違う』って、これは勝てないな、って思い始めてさ―――だからもう」

「そこは死ぬ気で食らいつけよ」

「あいつの爆発はケタが違うってわかったもん、戦ってるうちに―――正面からあんなのと()りあってみてよ、晴瑠にぃも。わかるから。『俺には理解(わかる)!』だから」

「何故ハンター×ハンター風に………」

「………正直やってられないって。もっと選ばれた人間だったら………伝説の剣を抜いた選ばれた勇者みたいな人が、来て、やってくれないかなと思った」

「アーサー王伝説?」

「そう、そんな、もっと、私より立派で、ちゃんとした人が―――戦って、倒すべきだって思った」

それは―――。

「それは、麻衣ちゃん、あの子みたいにか」

「………少なくとも、あの時はね」

その声は、本当に悔しそうだった。

確かにあの子は強かった、のだろう。

炎の剣を創り出していた。

勇ましく、戦った。

しかし………ちゃんとした妹が戦え、ときたか。

確かに亜紀、お前はちゃんとしてない。

ちゃらんぽらんだ。

俺から見ていても、家でゴロゴロして菓子食ってるシーンしか覚えていないのは事実。

「お前が世界救えるような(うつわ)だと思ったことはねえよ………兄の目から見ても」

「………」

「でも戦え。あの時は精いっぱいやった、それだけだ」

「………いいの?」

「たぶんな」

あと俺はな、殺し合いに参加したから偉い、なんていう気はない………お前が逃げ回ったのは、あれでいいと思う。

と、言おうとしたが、言うべきなのだろうが、妹を褒めるなんていう行いはしたくない。

ただでさえこいつはだらしないんだから。

………いや、理屈じゃない。

とにかく褒めるなんて、身体が拒否する。



「見たかったら見てて」

ふいに、そんなことを言いだして、亜紀は。

いきなり、爆発を起こす。

なんだ、と思う暇もなく、見る見るうちに、爆炎は変化し、凝縮する。

かたち作る。

左腕に形成した、刀のような、炎のアーチ。

完成した爆炎が脈動していた。

「おおっ………!」

思わず声を上げてしまった。

『あの時』見た炎の剣はまっすぐ、直線型だったが―――それを真似したのか。

しかし気になったのは、左手に形成した点だ。

あれ、こいつ左利きじゃなかったはずなのに。

亜紀はまだ終わらなかった。

右手がある。

右手で直線的な棒を―――いや、矢を。

爆炎の矢を形成した。

矢を炎のアーチに乗せる。

(つが)える。

射るために―――アーチの、付随した細い弦にあてがい―――引く。


亜紀が小さく息を吐きながら、矢を放った。

爆炎の矢は残像を残しながら飛び、コンクリートの破片に刺さる。

直後、爆発した。

衝撃で破砕されるガレキ。

衝撃が、空気を介して肌に伝わってきた。


「………」

妹の行った一連の動作に、俺は言葉を失った。

「な、なによ………その目は」

爆弓を消し去る亜紀。

「亜紀、お前―――どうしてあの時やらなかったの、『それ』」

「出来なかったのよ、あの時は―――」

「そうか………」

王妹が去ってから。

あれから、出来るようになった。

「まだ、飛距離とか、いまいちだけど―――ピンポイントで狙えるから使えるかも」

「いや、すごい、すげえって」

興奮気味に俺が言うと、妹は、空を見上げた。

「これの修行、付き合ってよ………まだ、慣れてないから」

俺の方を見ずに、亜紀は言う。

爆炎の弓。

まだ完成していない、妹の武器。

それを、使いこなす。

「次は戦う。逃げるだけじゃなくて」

「………殺し合いになるのは勘弁だぞ」

「………うまく使えば戦いを避けれるじゃん………活躍する。私、主人公に返り咲くから!」

俺の妹が張り切っている。

「まだそんな馬鹿なこと言ってんのか」

呆れる。

「………あ、修行思いついた」

「うん?」

「まず晴瑠にぃの頭の上にリンゴを乗せるの。果物(くだもの)の………それで遠くから、私が弓矢で当たるように狙うから」

「それ………ダメなやつだろ、やらないからな俺は!」







僕は復活したテレビ放送の、チャンネルを回す。

被害情報が映し出されている中、様々な人が原因究明のために動いていた。


テレビに映る、国会の現場。

『米軍は今回の事件が起こった日の作戦行動について、特別な任務は行っていないという姿勢です。今後とも、事件の全容を把握するため、引き続き情報開示を求め―――』


目を見開いたおばさん。

『こんな小さな女の子をですよ、戦わせていたんです、信じられますか皆さん!』

甲高い声で喚き散らす。


通行人の男。

『ええ、そうです。爆発に巻き込まれて、女の子がおかしくなったんです。意味不明な言葉を喚いて―――』



世論はすさまじく混乱していた。

はっきりいって、ただの混沌(カオス)と化していた。

もっとも支持層が多い意見としては、『少女を狙った爆弾、もしくは空爆が起こり、爆発の衝撃と狙われたストレスで多くの少女が狂った』という説である。

復活したテレビ放送を観て、僕は口をあんぐりと開ける。

………やれやれ、これではもう、誰がマトモなのかわからん。

今回の事件がまともじゃないのはわかるが、人間も。

まともな奴なんていないのか。

確かに、妹が爆発能力を持ったなんて、信じるわけもないか。

大声でそんなことを言う人間がいたら、それはそれで病院行きをオススメするだろう。

その妹も、一晩経った頃には、爆発能力を持った妹はずいぶん減っていたようだ。

それも事態の把握に邪魔となって、足かせとなっている。

「………それでも妹は爆発する」

僕はつぶやく。

奇しくも、ガリレオ・ガリレイ氏風になってしまったが。

エキセントリックな真実というものは往々にして、理解されないものだ。

みんなバラバラだ。

色んな奴がいる。

世界の命運がかかっているって時に、そんなものよりも自分の妹に怪我一つさせまいとするシスコンとかさ。

妹がおかしくなったせいで狂気に走ったやつもいたなあ、あいつは………船場、だっけ。

………色々あってすっかり記憶のスミに追いやられていたが。

妹、見つかるといいな。

手伝ってやりたかったが、あの男も『兄』だ。

自分の妹のことは、自分でやるだろう。

………連絡が取れればな、手伝ってあげたいが。

だが。

いまの僕は、自分の妹が心配でたまらない。

「お兄ちゃん、行くよー?」

「ああ、うん」

麻衣は退院した。

今日、病室を出る。

もう病衣ではなく、小学生らしい、ただの私服だ。

後ろからその背中を見ると、あの炎の虎と戦ったのが嘘のように思える。

背が低い。

「………なに?」

妹が僕の視線に気づく。

「なにお兄ちゃん、なにか私の背中についてる?」

「………背中に何がくっつくんだよ」

せいぜいランドセルくらいだろ。

あのランドセルはさすがに少しボロボロになったが、先に述べたように、僕の妹に大きな怪我はなかった。

いやはや、びっくりだ。

「大怪我の可能性はあったんだぞ」

入院中。

きびしく追及した時もあった。

「状況が状況だし、仕方がないとしか―――言えないよ。体に傷が残ったとしたら、将来お嫁に行きづらいかもだから、お兄ちゃんと結婚する」

と返してきた。

………キモい。

妹が人生で初めてつく嘘ランキングの、首位だろ、それ。



―――数日後。

「麻衣ちゃん、あれなんだけど―――お願いできる?」

「はい、大丈夫です、伏せていてくださいねっ」

場面は変わって、街中。

工事現場のお兄さんたち、おっちゃんたちと麻衣は話す。

仲良くなっていた。

ガレキの撤去を麻衣がやっているうちに、色んな人から感謝されるようになっていたのだ。

病み上がりから爆発かよ。

なんて妹だ。

僕は僕で、学校はしばらく休校だしということで妹を監視しつつ、昼間はこうやって人々のお役に立っていた。

今回の事件でぶっ倒れた建物の破砕。

道路のど真ん中にビルが落ちていると大変である。

コンクリートの破片から、黒い鉄筋がぐにゃりと飛び出している。

それを、麻衣が―――爆発する。


「爆発しますから、もう少し下がっていてくださいねっ」

はきはきと返事しつつ。

………なんか可愛い子ぶっていやがる。

「いつもありがとね」

現場のおっちゃんたちもすっかり慣れて、微笑ましいものを見る表情だった。

ガレキを積んだトラックの影に隠れる。

僕はうんざりした。

僕の妹は、あんまり可愛くないんだぜ。

そんなに見ないでくれ。

マジで滅茶苦茶な奴なんだから。




―――サングラスの男、さん。

あんたの妹は………あんたと一緒だったころの王妹(いもうと)は、どんなだったんだ?

記憶が変わるって頃は、性格とかも、もしかしたら違っていたのか?

あんたはルパニィのことをひどく気に入っていたみたいだが、僕は妹がいると、落ち着かないぞ。

あんたと僕とでは、妹論に関して、相容れないところがあるな。

他人(ひと)さまの兄妹の事情にとやかく言うのも下品かもしれないがね。

まあ………、そこそこ、幸せに暮らしてくれ。

できればあんまり爆発しないようにな。

あの子の爆発は―――ちょっと、強烈すぎる。



とにもかくにも、僕の妹は叫ぶ。

今、世界のために。

魔法のような、その言葉を。

『―――妹は爆発する!マイ・エクスプロージョン

僕の妹は爆発する。

これからも、もうしばらくは。


---ご愛読、ありがとうございました。

皆様のアクセスやブックマークがなければ、どこかで作者の心が折れていたと思います。

唯々、感謝です。


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