また妹同士の争いが始まるのは
『青い星』の兄妹たちへ。
この作戦が成功しようが失敗しようが、協力を感謝している。
君たちの世界が平和になることを………ちゃんとした世界になることを祈る。
君たちにとっては残念な話だろうが、ルパニィがいなくなったからと言って、異世界侵攻は終わらない。
―――それでも、できることはした。
のちにやってくる連中や、向こうに存在する兵器を携えた軍隊の士気は下がるだろう。
いや、それどころか。
まずは王妹の捜索に全力を割くだろうから、しばらくはこの星の侵略とはいかないはずなのだ。
君たちの世界の軍隊が立て直す時間もこれで生まれるだろう。
地球の軍隊を最優先で無力化して、あとはじっくり攻める心積もりだったのだろうが、侵攻戦略担当は相当計画が狂うはずだ。
一部の妹の暴走、破壊衝動だが、これは個人差があるが、時間とともに快方に向かうはずだ。
『青い世界』の妹が暴走しすぎることはイデアにとっても美味しくないはずだ。必要以上の破壊を招くからね。自然に治るし、蒼色光で、使用して鎮静も自らやっている。
爆発能力に関してだが―――これは、残る者と残らない者がいる。
『青い世界』の場合どうなるか、前例がないためわからないが、今までの侵攻では世界によって差があったようだ。
あとは君たち次第だ。
あとは何かあっただろうか。
もう少し君たちの助けになるような情報を残したいところだが、イデアの政治だけでも様々な派閥があって、バラバラだ………。
王妹を取っ払ったら、そこそこに政権争いが始まることぐらいはわかるが。
私が王族ではなく、政治に身を置く立場であっても、予想できないだろう。
「へい、ラーメンお待ち」
ここでおじさんが、机に全員分のラーメンが来た。
手紙を読むのを一度止める。
「ありがとうございます―――あ、まだ注文してないですよ」
「食べていきな。いま選べないよ―――メニュー一種類しかないからな」
「あ、はい。ありがたく………」
できれば大盛がよかったな。
などと考えるのは、災害時には贅沢だろうな。
いや、この店は替え玉で頼むんだった、そういえば。
僕は伸びないうちにラーメンを食べようと、わり箸をぱきり、と折った。
「いや、読み続けろよ」
九里坂がそう言った。
周りのみんなもそんな顔をする―――じっと、僕を見ている。
「………え、でもラーメンが伸びたらいけないし」
僕は常識的に答えたつもりだったが、でも、それどころじゃないらしい。
―――まあそりゃそうだ。
僕は割り箸をうつわの前に置き、再び読み上げる。
読み上げなくても良かったかもしれない。
そう思った、何故なら後半は字がひどく汚かった。
それで
私はルパニィを取り戻したかった。
実は、世界が滅びた時、ショックは受けなかった。
もともと、自分は住んでいた世界が苦手だった
何故か。
住みよい、いい世界だったが、私は嫌いだった。
新しく妹ができた。
ルパニィ。
なぜか楽しかった、と思う。
彼女は悪くない。
悪いのはイデア、国だ。
国が狂っていれば直すのは容易ではない。
かといって、私にも狂気があった。
ふるさとが崩れた時、なにかの高揚感を感じたのだ。
ルパニィが自分のもとを去ると決まった時。
たぶん、恐怖が生まれた。
住んでいた場所だけでなく、代わりに手に入れた一番気の合う妹がいなくなる。
私は頭がおかしいのかもしれないが、本当に怖くなった。
やっと怖くなった。
私の従者は、私とルパニィが馬鹿をやっている日々を知っている者たちだ。
彼女らは進んで協力してくれた。
もう爆発を使う理由はない、ルパニィと、静かに暮らしたい
―――そんなことを、そんな内容をつらつらと、書いてあった。
日本語が不自由な解読不能の箇所もあった………相当感情的になったのだろう。
いやしかし、そもそも、異世界人のあのサングラス男が日本語で手紙を書いてくれたこと自体が幸運、感謝しなければならないことである。
………これは世界観の変更、とやらで、できたのだろうか。
この手紙は早いうちに燃やしてくれ。
なんなら爆発してくれてもいい。
イデアの人間に見つかったら君たちに追手がやってくるし、何より私がはずかしい。
この手紙を読み上げられるのははずかしい。
なので、私はもう二度と、君たちには会わない。
それではさらば、幸福を祈る。
「―――つまり、世界は滅ぼされたけど、滅ぼした本人っていうか犯人を、好きになってた、ってこと、なのか?」
九里坂が尋ねる。
「………僕にもちょっと、わからないとしか」
なかなか凄まじい。
しかしながら、元王兄だったサングラス男が王妹とグルで、そして再び地球を侵略するということはないらしい。
だが危険ではないにしろ、手紙からあの男の、なんだ―――エゴイズムのようなものを、感じた。
なかなか強引なことをする。
「どうもこの書き方だと、ルパニィを異世界に―――流したっていうか、除外したというよりは、一緒に移動したみたいだな、サングラスの人と、二人で」
僕は呟く―――考えながら。
いや、悩みながら。
目を白黒させているような気分だ。
グルであったという点においては、正解なのだろうか。
「ついでに言うならボディガードの人達も、かな」
そう、晴瑠先輩が付け足す。
「マジで意味がわかんねえ」
頭を抱える藤坂。
僕も後味は良くなかった―――いや、変だった。
ごまかすように割り箸を取り、ラーメンを、いつもより大きな音を立ててすすった。
ラーメンを美味しくいただいた後におじさんに手を振り、店を出る僕ら。
実際美味しかった………歩き回った後だからだろうか。
九里坂と凛ちゃんは自宅を見に行くらしい。
一番遠い―――まあ細かい住所は知らないが、魚槻ならば10キロくらいは離れているだろう。
晴瑠先輩、亜紀先輩とも別れる。
メールアドレスは交換した。
………まあ、またあのラーメン屋に集合するのだろうな。
そんな日が、また妹同士の争いが始まるのは、勘弁だが。
とあるビルの上に、立つ二人がいた。
地上では人々の声や、ところどころで重機がガレキを取り除く作業の音が響いている。
「―――なあ、カリヴァ」
林原公は言う。
「その、イデアの王妹っていうのは、どこに行ったんだ」
「それは私の国でも捜索中だよ―――なかなか見つからないって」
金髪の幼女、ベヌリ国の王妹は答える。
「ふうん………それで、ルパニィだったか………、彼女のお兄さんはどうなるんだ、今の王兄」
「………今はイデアに戻って、対策を立てているんだと思う。護衛隊も全員帰還したものとみているって」
日本人だというその新しい王兄は、それでは今、異世界に行ってしまったということか。
「対策っていうのは」
「それはわからないよ、またこの世界を攻めるか、とか………敵国だよ?教えてくれるわけないでしょ」
「ふうん………それで、妹が爆発するのは、治らないのか?」
「治る?治るって?」
「いや………だからさ、その、体質っていうか………」
「妹は爆発するものだよ。………大人になったらできなくなるよ」
「………そうか」
「それでさ、お兄ちゃん、いいの?」
「なあカリヴァよ、イデアの王妹がいないのに、世界を乗っ取ってもつまらないだろう」
「………そんなことないよ、ルパニィ、いつだって自信家っていうか………嫌いだし」
私のことを見向きもしない、と呟く。
「とにかくだ、もうちょっと待っていようぜ………あーあ、クラスのみんなには、言えねえなぁ―――香田とかどんな反応するだろう、どうするか、これ」
「征服しようよ」
「そうだカリヴァ、買ってきたか、言っておいたもの」
「え………?うん」
スーパーの袋からいくつかお菓子を取り出す。
「お兄ちゃんが好きなんでしょ、シュークリーム、ってやつ、はい………」
兄に向かって差し出す。
背の高さはそれなりに差があるので、少しかかとを上げて、背伸び。
林原は見ずに言い返す。
「たべてみ」
「え?」
「たべてみろ、これ『青い世界』のお菓子」
「………」
不器用に青い世界の包装を開け、食べ方を考えるカリヴァ。
「そのまま食べろ」
目をぱちくりさせながら、金髪の女の子は、小さな口でかぶり付く。
食べる。
「どうよ?」
「………変な味」
でも笑っていた。
「お兄ちゃん、いつもこんなもの食べてるの?」
「ああ」
「―――いいなぁ」
香田もなかなかの甘党だったけどな。
さあて、しばらくはこの幼い妹に『青い世界』の良さを教えていく必要があるな………。
そんなことを考えながら、立ち直ろうとする世界を見回した。
「くっそ、帰ったぞ!ワーダンヴァン!ワーダンヴァンはどこだ!」
イデア国の宮殿で声を張り上げる男がいた。
次元転送直後は安静にすべき―――、以前忠告された助言には耳を貸さなかった。
「ここに」
恰幅のいい老年の男がのそり、と進み出る。
「無事お戻りになられたのですな、オタクダ様」
「どうなってる!ルパニィがいなくなったっていうのは本当か?」
「今捜索をしております」
「いなくなったんだな!捜索を手伝わせろ!というかなんで俺を呼び戻したんだよ、『青い世界』なら俺のほうがよく知ってる―――わかってんだろ!」
「ただの行方不明ではございません、護衛隊のズイノォが、転送反応を目撃しております」
「転送反応………?」
「時空転送の際に付随する反応光ですじゃ―――遠くからでしたが、間違いないと」
「………それで?」
「確定ではありませんが………ルパニィ様は次元を跳躍―――『青い世界』にはもういらっしゃらないかと。イデアにお戻りになった―――というふうに考えることも、難しいでしょうな」
「………」
「首謀者を探しておりますが………『キルヌーイ』、『ドヤドヤ』………我が国に危害をもたらそうと画策する国は、爆片が量。特定はまだですじゃ」
「『ウェロオロロロオ』」
………と、ゲロを吐き出す女騎士がやってきた。
ルパニィを護衛するはずだった者たちのうちの一人だ。
イデアの絨毯を濡らす。
これも『青い世界』の文化を模倣したペルシア柄の見事な作品だったが、台無しだ。
ゲロ袋は持っていたが、もう使い切った。
「あとその、ゲロ吐いてる女を下がらせろ………。おいゲロ女。次元転送以外何もできないのか、移動は助かったが」
「うっうう………有り難き『゛オ』お言葉ぁ『ロロォロロロォロロ………』」
びちゃ、びちゃ。
「いえ、それならばこの状況………ギイジ………その吐いている者に任せるとよいです」
「えっ」
「彼女は戦闘爆妹ではなく、転送装置の調整士なのですじゃ………必要な役職であることは間違いございません」
「『ヴぇロ』」
返答としてはあまりにも不快だったが、彼女はようやく落ち着いたようで、喋り始める。
「し、失礼しました………身体が言うことを聞きませ、んので」
「胃袋に礼儀を求めても仕方がねえよ―――クチで話せ」
「は、では、まず―――その転送は、私たちの城の、ものです」
「………はぁ?どういうことだ」
「王兄殿と私が残った部屋で………その時間帯に処理音が変わりました。使用されていたのです」
自分たちの、城の。
異世界侵攻のあの新城、赤い城。
「俺は記憶にないが」
「ごくわずかな音でしたからね、調整士でないと気付けません。多くとも八人程度の、いや、五人ですかね………小規模な人間の転送が行われたのです。つまり、ルパニィ様をさらった賊は、つまり私たちイデアの転送装置を使用したのです。ターゲットだけ変えて」
「な、何故そんなことを」
「転送装置を調達すれば、新しいものを使えば必ず足が付きますから………転送装置の操作機、コントローラーだけは自前だったものと見ます」
「くっ………じゃ、じゃあ、どこに飛んだのか、履歴………記録は残っているんだろう!どこの世界に飛んだのかわからないのか!」
「あの型のものは………まずいですね、記録は、残念ながら移動地点を………操作機に記録するタイプです。あの型の特性を把握して欠点を突いています、これは周到だとしか言えませんね―――」
「なんてことだ!」
異世界で今、どうなっているかはわからない。
サングラスの男さんは、綿密な計画を立てて、実行したのだろうが―――、それでも犯人の特定はいずれされるだろう。
そんな心配、心構えをしながら。
道を歩く。
さすがにガレキが片付いた道が、できている。
それくらいには日が立った。
町中の主な公園、駐車場のスミなどには、運ばれてきたガレキが山になって積まれていた。
発生した日よりも山は高かった。
―――サングラスの男さん、あんたの考えはわかったが。
………いや、わかったのか?
彼の気持ちはすべてはわからない、のだろう。
「変な人間、頭がおかしい人間、か」
彼は自分のことを責めている一面もあった。
しかしこの世界にとって助けとなったことは事実だ。
そういえば僕の家族にも一人。
アタマがおかしいのがいるし。
僕は向かわなければならない、向かっていた。
妹のいる、病院へ。