兄妹チームというか、爆発兄妹連合というか。
「あ、香田君、おはよう」
戦いが終わり、カレンダーによると、あの日から一週間がたった。
とある日の学校。
僕は教室にいた。
何の変哲もない、裕山高校の一年二組の教室―――。
と、言いたいが、変哲はいくつかあった。
廊下を歩いていると、壁に亀裂が残っているのが目についた。
「今日は授業ないよ」
佐藤さんは言う。
僕は身構えつつも、彼女はこちらを直視していた。
「うん、そうだけどさ―――紙、書いた?」
「うん―――」
学校はこの『騒ぎ』のあと、各家庭の被害状況を報告するように、という連絡を回した。
そうして、学校に来てぺらぺらの用紙に書いて報告して、場合によっては家庭を優先すること、無理して登校せずとも良いということがつらつらと書いてあった。
………まあ、その辺りは教師陣に任せよう。
僕は手のやり場がなく、何となく自分の席の机の中を見て―――置きっぱなしの家庭科と保健の教科書を見つつ。
「佐藤さん、元に戻ったんだ」
「え?」
「いや、何でもない、良かった、良かった」
「元に………?」
怪訝な顔をされる。
仮にあの時、俺を襲ったことを克明に覚えていられても、それはそれで困るが。
―――楽しいから爆発しよう!
うわ、思い出した。
たしか、そんなことをくち走っていたような気がする。
言葉ではなく、動物の鳴き声のように、わめいていた。
落ち着け。
忘れよう―――。
しかしこれからどう接すればいいかわかんねえ。
………接するといっても、もともと女子と毎日話すようなキャラじゃなかったけどな、僕は。
「ごめんなさい、私―――実は、あの日に何していたか………あの」
「記憶がないとか?」
「そう!そうなの!」
らしからぬ大声を上げたクラスのマドンナ(だと、僕は思っている)。
「ガレキの上で目が覚めたの、眠っていたわけでは、ないんだけど―――ねえ、教えてくれない?何があったの」
「何って―――」
とん、とん―――と肩を叩かれた。
僕は振り向く。
「………おお!」
「よう」
よく話す親友にして悪友、林原 公だった。
「林原―――ああ、お前、無事だったのか」
「ぴんぴんしてるよ―――無事だけど、色々あった」
「そうか………」
いつもと同じ様子に見えた。
こいつはどことなくいつも、人を安心させるオーラがある。
危険な場所には近づかないのだろう。
「あのさ、僕、これから用事があるからこれで行くわ」
「そうか………気をつけてな」
「お前も、死ぬなよ」
「いやいや、流石にこれから死ぬことはねえよ、騒ぎも収まったみたいだし」
妹の暴走、狂った妹の出現は初日がピークだったようで………これに関してはもう少し後に触れるが。
学校の教室には、みんながそろっていた、というわけでもないが、意外と盛況だった。
学校自体はなかなかタフで、ちゃんと形を保っているように見えた。
グラウンドには自衛隊のヘリが二機、停まっていた。
炊飯をやっているらしい。
廊下を何人か、違うクラスの男子が通っていく。
「すっげえぜ!野外吹具一号っていうらしい。自衛隊の、飯炊く用に作られた戦車だよ!」
「それ戦車なのかよ?」
「炊飯器が10個ぐらい並んでんの!」
彼らは笑う―――というほどでもなかったが、活気があるように見えた。
それらを通り過ぎて、僕は目的地に向かう。
校門の外に出て、僕はしばらく歩く。
何にしろ、しばらく歩いていく。
遠くから、爆音が聞こえる。
爆歩だ。
空を走る、爆炎のローラースケート。
何事か、と思いそっちを向くと、空を飛んでやってくるのは見覚えのある爆妹だった。
「あっ―――いたいた!見つけた!」
そういって急旋回、着地したのは晴瑠の妹の、亜紀さんだった。
「わぁ、こ、こんにちは………どうしたの?」
「こんにちはぁ。………いや、迎えに行けって、晴瑠にぃに言われて」
だってあそこまで、遠いでしょう?と続ける。
「おお、それはわざわざ…………どうも」
僕は人の妹の背中に乗せてもらった。
やはり―――。
「慣れないな、これ―――」と思いながら宙空を爆走する。
時折、地上から指さして見上げる人がいたが、見ないようにした。
今日は用事があるので急いでいる。
重要な用事らしい。
果たして。
たどり着いた先、たどり着いたお店。
お店には多少の亀裂が入っていたが、看板は無傷のようだ。
「ラーメン屋『麺天』………めんてん、かな」
こんな名前だったんだ。
あの時はそんな場合じゃなかったから、よく見ていない、あまり覚えていなかったけれど。
近くは荒れた道路、穴にタイヤがはまり傾いている乗用車、横たわった建物などがあった。
店のドアを開ける。
建て付けにダメージはない様だ。
「いらっしゃい―――ああ!」
店主のおじさんは返事をして、そして、目を見開いた。
「おお、遅かったね」
「おじさん、無事だったんですね」
「お陰さまでな!」
店は盛況だった。
服装から察するに、道路工事………道路修復、だろうか、そんなふうなおっちゃんたちが多く座っていた。
見るからにノリだけで生きていそうな若者が何人か、いるテーブルもあるが。
カウンター上のメニュー、値札には、マジックで斜線が引いてある。
「あれ、安いですね?」
ラーメンが470円になっていた。
「安くしてるよぉ、前よりも具は少ないからね」
「ああ………」
別に気にしない僕だった。
ラーメンは麺がメインなのだ。
個人的にはもやしが大量に乗っていたりするタイプは苦手である。
「おじさん、無事でよかった………ここのラーメンはうまいから、お客も来るよね」
「ああ、うれしいけど、なんかおじさんね、最近わかったことがあるんだ」
おじさんはにやける。
「世界がどんなになっても、人間って腹が減るんだなって」
「………」
僕はリアクションを、取ろうとするが。
さて、なんて言えばいいか。
「もうしばらくはつぶれずに済みそうだ………おい、なんで笑ってんだ、客が来てうれしいっていう話をだな」
「あはははは!」
注文いいですかー、という客の声に呼ばれて、おじさんは「それじゃ」と、手を振り奥の席に歩いて行った。
「こっち、こっちだ」
藤坂と、凛ちゃん、晴瑠先輩だった。
彼らが座っている席を見つけ、そこに座る。
亜紀さんも座ったところで、一息つく。
「久々に集合だな」
「うん………」
この---なんだろう、兄妹チームというか、爆発兄妹連合というか。
奇天烈極まりない、団体。
「全員集合―――………あっ」
みんな急に表情を暗くして、僕のほうを見る。
「麻衣は---
凝視されるのもしんどいので、僕は答える。
「麻衣は、僕の妹は、病院のベッドだ………。擦過傷………切り傷とか、打撲が多い………骨には異常はないって」
しばし、静寂のあとに―――。
「………良かった」
ほっと息をついたり、笑ったり。
各自反応を返す。
「僕としては突っ込みどころが多いけどな」
「ヤケドとかは?」
「ほとんどない。爆妹は熱には強いらしい」
妹曰く。
まあ、体質が変化して頑丈になっているんじゃあないか、という気はしていたが。
僕は話題を戻そうと思い至る。
妹は無事。
ならばケガの内容を言っても仕方がない。
まあ本当は、平常時よりも人が詰めかけていた病院で、診察まで7時間はかかったとか、色々ストーリーはあったのだが。
今はとりあえず僕の妹の話は置いておいて………。
「それで、今日はどうして呼んだんだよ。みんなで乾杯っていうか―――ラーメン屋でパーティでもしようっての?」
「………ああ!」
藤坂が自身のポケットをあさる。
ああ!というセリフはラーメンパーティーをしようという意思表示ではなく、やることを思い出したという気づきによるものらしい。
なにをしようというんだ。
そして紙切れ―――手紙だろうか、を取り出す。
「ラーメン屋のポストに入ってたんだってさ」
そういう注釈とともに、藤坂がテーブルの真ん中にそれを出す。
不思議な模様が描かれてある。
どこか、外国のものといった雰囲気があり………見慣れないセンスだ。
「なんだ、これ………手紙に見えるけど?」
「………これ、あのサングラス男からだよ」
「………!」
これが。
「読んだのか?」
「いいや。全員で見た方がいいと思って。だから呼んだんだ」
「集合場所をラーメン屋にしたわけは?」
「みんなが知っていたから」
ふむ。確かにあの日は、僕の妹と藤坂と凛ちゃんで入っていったが。
「あれ?でも、藤坂たちと四人で行ったから………」
晴瑠先輩を見る。
「亜紀と一緒に、見てたんだよ、ラーメン屋から出てきたところ」
「え、本当?」
「遠くからな」
知らなかった。
「読むからな---」
封の開け方にやや苦労してから(異世界の方式だろうか)、藤坂は言った。
『青い世界』の妹たちへ―――
そんな言葉から、手紙は始まっていた。