妹が爆発するだけならまだしも
「香田、お前の妹………すごいな」
九里坂がそんなことを言うので、僕は戸惑う。
戸惑うというか―――。
「いや、ごめん九里坂、マジで僕、なんていうか、麻衣があんな妹だとは思ってなかったぞ。もっと普通にしてくれればよかったのに」
半分は本音である。
あんな妹に育てた覚えはありませんよ、僕は。
昔から憎たらしい奴だったが。
………まあ、案外ああいう滅茶苦茶な奴が、この状況で何かをやってのけるのかもしれないがね
「凛は動くな」
彼が目をこちらに向けずに言ったので、僕は尋ねる。
「なんで」
「………」
「ふうん………でも凛ちゃん、準備はしていて欲しいな。まだ目的地までは全然なわけだし、麻衣だけでどこまでやれるかわからないのが現状だ」
偉そうな口調になってしまったのは、何か違和感のような
「麻衣………お前、戦っているのは偉いが、勇ましいことだが、無理すんなよ………」
複雑な心境の中、僕は呟く。
―――無理なら、もうしているよお兄ちゃん。
兄のつぶやきに、心で返答する。
私は形成した炎の剣を、形成した体を保っている炎の剣を握りしめる。
爆炎のコントロール、というものを見様見真似でやってみた。
揺らぐ。
炎が、揺らぐ。
ぬるり、ぬるりと逃げていく。
息を整えて、抱きしめるような念で、炎を抑える。
………駄目だ、炎の剣と言えない。
こんなもの―――まるで水を握っているみたいだ。
武器として使えるレベルには程遠い。
私はプロではない。
素人だ。
「歌ってみた」みたいなものだ。
大目に見てほしいと言いたいが、あいにく、思ったよりも重要な役を請け負ってしまったようだ。
あのサングラスのお兄さんに会ってしまった。
………王妹の。
王妹の炎の虎を真似はできなくとも、前脚一本ぐらいなら真似しようと思った。
間近で見たから、少しは真似できると思った。
結果的に前脚ではなく剣にした。
………がんばれ、私。
5年ほど前だったらチャンバラごっこでお兄ちゃんと相当やりあったはずだ。
間違って考えなしにお兄ちゃんの股間に切り上げを入れた時のことは謝っても謝り切れない。
あの戦闘経験、感覚を思い出していけば―――あとはその場のノリで何とかなるのだろうか。
亜紀さん、だっけ。
彼女はまだ走って逃げているのか。
「いや、待てよ?」
思いついて炎の剣を解除する。
息が楽になった。
王妹はそれを見て、少し表情を変えた。
「そういえば今回の目標は―――」
王妹ルパニィに背を向け―――、
「逃げることだった」
一目散にダッシュする。
「―――ちょ、ちょっと!どこへ往かれるのですか!」
一瞬怯んだ王妹は、しかし麻衣を追いかける。
「競争だよ………ついて来れるかな! 『妹は爆発で飛ぶ!』」
スピードを増した爆歩で加速した。
「待てメニン」
サングラスは双眼鏡をのぞき込んだまま、爆虎から目を離さないが、鋭い口調で制する。
部下が立ち上がったのを、止める。
「………ベルトラム様」
「サングラスと呼べ」
かぶせるように男は言った。
一瞬、その場に沈黙が訪れる。
本当に、その名前でやっていくつもりなんだ………。
一同は別件に関しての戸惑いを覚えながらも、口々に意見を出す。
「私たちならば、ルパニィ様のお相手は、可能………誘導に限ってならば可能です」
「このままでは………『青い世界』の妹たちでは、この任務は困難です。このあたりが限度です、目的地まではまだ距離があります」
意見を聞いて沈黙を待ち、返答する。
「それが駄目なんだ。お前たちがルパニィの前に現れれば確実に怪しまれる。護衛隊ならまだしも、先代王兄の私に附いて動いているはずのお前たちでは」
静かに言った後、ふっと笑みを浮かべる。
「こっそり動こう。泥棒、盗賊のようにな。私の計画は国に背く行為、ただのクーデターなのだから」
「そんなことを仰らないでください、あなたはただ………」
側近ゆえに王兄の事情を知る彼女らは、反論しようとする。
「目的地までまだまだ距離がある、と言ったな。だが、半分は切ったし転送装置のフィールド範囲は広い。ここは息を殺せ」
「………わかりました」
その時、一人の爆妹がサングラスの後方に降り立った。
彼女は麻衣たちの前に現れた爆妹のうちの一人ある。
サングラスの部下。
黒い髪のウィッグを身に着けている、隠密行動の命を受けた少女である。
「ベル……失礼しました王兄様、命じられていたことは済ませました」
「ん、ご苦労」
息をつく。
「さあて、仕上げに入るかね。我慢はもう少しだ。上手くいけばいいがな………私が転送装置をいじったおかげで護衛隊は遅れているが、修理班が優秀なら、護衛隊の転送は再開している頃だ」
「追手が見えてもおかしくないと?」
「運が悪ければな。それと、私たちも確認するぞ、転送装置をもう一度確認だ」
---目的地まで残り350メートル。