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僕の妹は挨拶をする。

「変だな………ああ、畜生、まだなのかよぉ………」


その男はその画面をにらんでいた。

表示されたまま、ストップ、固まってしまった画面を。


「移送の進行度は90パーセントをとうに超えているように見えるが………」


彼もこの機械に慣れていない。

せめて日本語で表示されているのならば、操作のしようもあるが、あいにく慣れない言語だ。その勇気はない。

『世界観の変更』とやらの影響で、新しく知る世界のことばも読めるようになったのだが、それにしたって計器に表示されている言葉は専門用語も多い。

パソコンの画面が相手ならば、お手の物だが………。

操作する装置、コントローラーに当たる部分も、見慣れたキーボードやマウスとはかけ離れたものだった。

昆虫をモデルにしたメカだと言われれば信じてしまうかもしれない。


「ルパニィも外に出たまま帰らないし………本当に、俺もやばいんじゃないのか」


地球の侵略は順調だと言っておきながら、随分もたついているな、爆発界の連中は。 

男は嘆息した。


ビビ―!


「な、なんだ!壊れたのか!何も触っていないのにィ!」


かっ―――、と光が瞬いて、ハイヒールのようにはっきりとした足音とともに、女性が現れる。


「ふむ………この匂い、なるほどここがイデアの新しい侵攻の拠点………!」


男よりもいくらか年上に見えるが、周囲の空気が引き締まったかのような、しっかりとした雰囲気がある。

姿勢が良い。

王妹ルパニィも所作は整っていて眩しいくらいだったが、『妹』としての教育を受けているそうなので、度を越えて徹底されてはいない。

あくまで子供。

しかし目の前のこの女性は、王族というより、軍人。

ハイヒールでないのは当然として、甲冑のような装備に身を包んでいる。

それらは鉱石のような素材に見えるが、歩くごとに聞きなれない摩擦音が漏れ、二人しかいない静かな部屋に染み込んでいく。

見るからに女騎士という仕立てである。


王妹を守る、女騎士。

「………で、匂いがどうとかいったのは、どういう意味で?」

最初の発言の意図を尋ねる。

「俺さぁ、そんな(にお)う?」

「そのようなことはございません。その………この大気が、です。この世界の大気の組成は、違うのでしょうね」

「ああ―――そういうことですか」

青い世界に来るのは初めてだということだ。

ならば何か違いを感じ取ってもおかしくはない。

この世界にもそういう現象はある。

海外旅行などでも国によって、風土、食文化などによって香りは違うらしい。


「―――ご挨拶が遅れました」

女騎士は姿勢を正す。

甲冑が物々しく軋む。

「王妹護衛隊、第二部隊ズイノォ、ただいま到着いたしました!」

「ん………あんたが護衛隊ね」

男は答える。

「遅れてしまい、大変申し訳ございません」

「いや、そもそも遅れてこいと言ってのは俺たちのほうだ」

あの時、ルパニィと二人きりになりたいという要望は、あっさり通った。

「だから気にするなと言いたいが―――俺の妹が城の外に出たまま戻らない。早速だが、すぐに向かってくれないか」

「了解いたしました」

「………確かに遅かったな、何故だ」

「転送装置に軽度の不具合が見つかったためです」

「不具合?」

「大した問題ではなく、すぐに修理できたとのことです」

「ふん……?まあそれより、行け、行け………!ルパニィだ、追いかけてくれ」

「了解しました」

護衛隊ズイノォは、転送装置をいくつか操作すると、光が瞬き、護衛隊が見る見るうちに、六人、七人と続けざまに現れた。

「一人は………ギイジ、ここに残れ。後続の者に伝えろ―――『私はルパニィ様のもとへ向かった』とな。ゲートのすぐ脇に待機していろ」

「はっ!」

転送が済んだ彼らは、ドアからあわただしく出て行った。

最後に隊長ズイノォが言う。

「―――王兄オタクダさま!あなたは部屋にお戻りください!」

「ん………わかった」

心配はないのだろう、軍人の集団だ。

ギイジと呼ばれた女騎士だけが残った。

といっても、年下に見えなくもない。

何となく目を合わせてしまう。

その女の目が、眼球がぐりんと上に流れ、白目になった。

驚く暇もなく、倒れこむギイジという若い女の子。


「ちょ………ッ!ちょっと、どうしたんですか!」

「ああっ、違うのです、お、王兄様、ふ、袋は持っております」

言って懐から何か袋を取り出し、顎の下にカサカサと広げる女の子。

この子も騎士のはずなのだが。

それはそうと王兄と呼ばれるようになってから、いちいちむず痒い。

まあ我慢しなければ。

「袋?袋ってなに、君、大丈夫?」

「体調が悪いのは事実であります………」

呻く。

「これは『転送酔い』だとか『世界酔い』とよばれているもので、転送が身体に合わない者もいるのです―――我々は訓練を一通り積んだのちに隊に配属されますが、それでも体質というものは、『うヴッ』簡単には変わりません」

袋に額を擦りつける女騎士、ギイジさん。

どうやら比較的新入りの護衛隊のようだということは、察した。

「酔ってるのか?え、ゲロが出るってこと?大丈夫か」

「ゲロ?ゲロとは『ヴ』『青い世界』の言葉ですか?どういった意味の『ヴェォロォロロオロオオオオオ………!』」

びちゃりびちゃりと、準備した袋の中に吐瀉物を落とす女騎士。

「それだよ!それがゲロだよ!」

「ほほぉ『ロロロォ』、なる『ル』ほど『ロォオオオオオロロォ』ッ」

びちゃびちゃびちゃ。

「吐いてから喋れ!」

ひどいのを残していったものだ。





宙に舞う僕の妹は、ガレキの上に着地する。。

形成した炎の剣を構える、僕の妹。

ヴォン、ヴォンと空気を裂き、縦横無尽に腕、背中に振り回す。

まともな刀でもなければ逆刃でもない、触れれば焼き切る炎の剣。

―――ぴたり。

最後には敵に、王妹に向ける。


なんか、見たことある動きだった。

僕の妹は口を開く。

「―――この構えはね、『ジェダイ』って言って、この星ではすごく有名な剣術、ソードスキルなんだよ」

劇場版新作公開に合わせたネタを言い放った。

「………」

やめろよ。

この星がなんか、こう………勘違いされるだろ。

「『青い星』にこれほどの―――………」

口に手を当てて、言い淀む。

おいおい、本気で驚いているようだぞ。

「お尋ねしても?」

「はい?」

「ルパニィ・ディネ・ルト………私の名前」

「うん、香田麻衣です………。あっ、マイでいいよー。敬語もやめていいから」

妹は適当に返すのでお兄ちゃんは恥ずかしい。

僕も敬語とか謙譲語とか、使いこなせないけどな。

こういう時、もっと勉強したほうがいいかなと思う。

「『マイ』………変わったお名前ですわ」

「ん、そんなことないよ。ーーー私はこの国のどこにでもいる普通の現役小学生なんだから」

僕は突っ込みを入れようと息を吸いかけた。

しかし。

「………最後になるかもしれないからね」

声を出さず、唇だけ動かした妹。

兄である僕にだけ、その呟きが読み取れたと思う。

王妹を異世界への転送装置に向かっていくよう、誘導するのが、今回の目的。

成功すれば、王妹ルパニィはどこか遠くへ、移動させられる。

いや、そうしなければこの星を救えないのだが。

少し揺れる。

もしかしてこの王妹、話せるやつなんじゃないか、と思ってしまう。

………いや、いけない。

そもそも挨拶など必要ないのだ。

麻衣、まだ距離はある。

戦いを、いや走ることを、逃げるのを再開しろと言いかけた時………。



「無理だよ、お前には」

言ったのは藤坂だった。

その声が妙に響いて、しかし静かだったので、僕は思わず振り向いた。

何事だろう。

「凛、お前は無理だ、お前は戦うな」

藤坂の前で、凛ちゃんはずっとうつむいていた。



―――目的地まで430メートル。


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