表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/42

妹同士は爆発で戦う。

ほんの少し、時間は遡る――-――僕が今朝、学校に着いた時の話である。


校内は相当なパニックになっているのではないかと僕は予想していた。

あからさまな騒ぎになっていなくとも、少なくとも平常時と違うのだろうなと身構えていたが、校門をくぐると、がっかりではないが、肩透かしは食らった。

生徒たちの声は聞こえるのだが、それに人数の多さが感じられない。

ひとりひとりの、話す内容が聞こえそうなほど静かなのだった。



「なんだよこれ、登校してる奴らが少ないのか、まさか」


「私たちは少数派みたいだね。マジメマジメ」


頑張ってやってきたのに。

砕けた道を渡るのは大変で、麻衣の助けはあったものの、登山家にでもなったつもりだった。

実際、僕の県はもともと山が豊富だ。

職員室の近くを通ると、出入り禁止の張り紙がドアにあった。

中からは先生方の声が響いている。

慌ただしい声質、結構筒抜けになっている敬語の内容などから察するに、電話がひっきりなしにかかってきているようだ。

家庭からかな………それとも教育委員会、PTAか、大変なことだ。

騒がしい生徒も廊下にはいたが、人数の少ないことは誤魔化せない事実であり、これではちゃんと授業があるかどうか、始められるかどうかも疑わしい。


「………まあ、みんなどうしてるか、ちょっとクラス覗いて、場合によっては帰るわ。林原とかさ」


「ええと………友達?」


林原公(はやしばらあきら)

高校に入ってからの友人なので、妹が知らないのも無理はない。

「うんまあ、割とよく話す奴だけど………あ、でもあいつ、家が竪山町(たてやままち)とか何とか言ってたな。遠いな。電車も停まってると思うし―――」


「難しそうだね」


「………でさ、お前」


「なあに、お兄ちゃん」


「お前、学校は?」


「え?」


ずん………、と再び、どこかで揺れが起きる。

そろそろこれがただの地震ではないことはわかってきた。

一番近い表現だと感じたから地震と呼んでいたけれど。

揺れの質が違う。

この町のどこかで誰かに引き起こされた揺れ、という感じがする。

地球が起こしたものではない。

あくまでも五感に伝わる感触によって、そう………感じた、考えた、予想だが。

こうも頻繁に身体が揺らされると、自分が打楽器かなにかになったような錯覚を覚える。

酔いはしていないが。


「お兄ちゃん」


「おっと………なんだっけ、ああ、お前がなんで学校に来てんだよってこと。高校に来ちゃ駄目って話だったな」


説明し忘れていたが、僕の妹は小学生である。

今も赤いランドセルを背負っている。

いつもは、というか今日もそうだ。

そして普通に高校の敷地内に入ってきた。

普段なら間違いなく、生徒指導の大西に何か言われる………あの人じゃなくとも、教師だろうが生徒だろうが、絶対突っ込みを入れるだろうけど。


「いやいや、この非常時に何言ってるの、お兄ちゃん」


「そりゃあまあ―――この状況だし、避難しに学校に来ました、とか言っても通用するかもしれんな、下手をすれば」


「ふっふっふ、妹のチカラは偉大なのですよ」


「おう、まあ、なんだ………」


「え?」


「ありがとうよ、一応、ほら―――爆発のこと」


「え―――」


妹の表情が止まる。


「お前がガレキ壊さなかったら、俺、学校に来れなかったし」


「えへへ………」


何ともいい難い表情で下を向く妹。

照れてるだけだ、と思うけど、何か気に障ることを言ってしまったかな。

まあ気に障ることなんてこれまでに数千回言ってきた気がするから、言葉に重みなどなく。

色々と無意味な会話な気がするが。

僕が知りたいのはそれよりも………。


「それで、だ、わかるように説明しろ。なんでお前、爆発を―――その、できるようになってるんだ?」


こいつが爆発を好き勝手に起こせるという事実は、全く知らない。

というか意味がわからない。

日本語としても、爆発を出来る、ではちょっとおかしい気もする。

グレーゾーン。

爆発を起こせる妹か………。

ずっと隠してたのか?


「お前、ほら、ガレキ爆発させられるの、何でだよ?」


「それはね、私が妹だからだよ」


しずかな即答だった。

あとに続く言葉がなく、でも続きを待つ。


「これを説明するのは難しいね。」


「もうよくわかんねーんだけど、お前に超能力的な何かが降りてきたんなら、この町の『これ』は説明できるの?」


通学路を見ただけでも、かなり破壊が進んでいる様子だった。

ついに戦争が始まったのか。

テロ活動か。

しかしそれにしたってなぜこんなクソ田舎が………。


「それは妹たちの仕業だね」


「え?」


「普通の妹たち。今日起きたこの異変によって、この世に存在する妹たちは、転機を迎えたんだよ………私も含めてね」


表情はいつもと同じ、いや若干楽しそうに見えるのは気のせいか?

そもそも今朝から、すべてがおかしい。

そしてそのおかしさを、こいつは知っているようだ。いくらかは。

そこが一番イライラする。

なにこれ、俺が蚊帳の外?


「妹が、なんだって?」


「妹たちが反乱を起こす」


「………」


「らしいけれど、良くわからない」


凄まじい音がしたので、そちらを振り向く。

コンクリートの欠片。赤い炎。

爆発………!

それと同時に走って来た人間がいた。


「きゃああああ!」


叫び声をあげて、眼鏡をかけた女の子が走ってきた。

走って来たというよりは、つまずきそうになりながらも、懸命に前へ前へと足を繰り出している、というようなありさまである。


後ろから、さらに女の子がやってくる―――また女の子か、と思ったが、その子は浮いていた。

飛んでいた。


「え………」


「ついに現れたわね………」

妹が訳知り風に呟くが、俺は知らない。

目の前では眼鏡の子が走り、その周辺がどういう理屈なのか、爆発していた。

次々と、爆発していた。


「ひっ―――!」


眼鏡の女の子は叫びつつ走って逃げ、


「あはははは---ッ」


後ろから追いかける、飛行している子は手をかざし、それと同時に爆発していた。





どうやらこれは。


「爆発能力を持っている妹に追いかけられているようね」


見りゃ分かる!


「な、何でもいいから、助けようぜ!」


焦ってそう言うが、言うだけで、俺は仮にあの子のいる場所にたどり着いても、爆発にやられるだけだろう。

あの襲われている子を連れて、逃げられる自信もない。

自信はまるでない。

だが。


「ち、ちくしょおおお!」


自信はない。自信はないが、あの子に向かって走り出す。


「………それって地震だけに?お兄ちゃん」


「うるせえ!」



正義の味方気取りかもしれないが、これを見過ごすとおそらく、目覚めが悪い。

何度かフラッシュバックするかも。

そう、結局は僕の気分の問題だと思う。

(すみ)か、二酸化炭素か、とにかく何か焦げ付いた空気に飛び込み。

俺は眼鏡の子の前に着いて、叫ぶ。


「ちょ、待てぇ!やめろ!爆発オンナ!」


後ろから飛んでいる女の子が、手をかざし、その先が次々と爆発する。

足場であるコンクリートが土埃を噴出しながらめくれ、被害者?がついに転倒してしまう。


「きゃあああ!」


不安定な足場の中、僕はついに眼鏡の子の前に立ちふさがり、飛行する非行少女の繰り出す、新しい爆発―――その目標となった。

俺の身体に爆風が迫り、飲み込まれたかと思った瞬間。


『妹は爆破相殺する』カウンター・エクスプロージョン


爆風が、爆風に弾き飛ばされる。


「お兄ちゃん、飛ばすよ!」


「えっ、なん………」


どうやら妹が助けてくれたらしいことはわかる。

言うが早いか、妹は爆発で………おそらくは低い威力のコントロールされた爆発を起こし、俺と、俺が抱きしめている眼鏡の子を、吹き飛ばした。

何メートルか転がる俺たち。

戦闘区域外に逃げることができた、ということだろうか。


「くっ………お前なぁ!」


妹の方を向くが、『敵』に集中しているらしく、俺は妹の名前を呼ぶことを諦めた。


そのまま妹は、飛行少女と、戦いを始める。

―――戦い?

これを何と形容すればいいか。

爆発と爆発が重なり―――そう、爆発合戦とでも言うべき殺陣(たて)

妹はかつてないほどに俊敏な動きを見せ、おそらくはすべての『爆発』を避けるか、『爆発』を『爆発』によって弾き、撃墜している。

………ような気がするが、俺にはもう、動きが速すぎて何が起こっているかわからない。

完全にヤムチャ視点である。


「なあにアンタ!なあにアンタ!」


飛行少女は戦闘狂特有の、たとえ楽しくとも悲しくとも笑おうとする、どこかからコピーアンドペーストしたような笑みを浮かべ、さらに火力を上げる。

邪魔をされたことに対して怒っているようだ。


少女の口数が減り、半比例して爆発を激しくする。


「うっ」


妹が呻く。

その姿が、爆風の中に消える。


「うわっ」


「きゃあああっ」


「危ない!隠れるんだ、俺らは―――早く!」


ひときわ大きな爆発が、二つ、三つと炸裂した。

こんなの、たとえ戦車でもここまで連続で爆発したら………まるで地雷のようだ。


唐突に、遠い、夏の日が視界に広がる。

畳に寝転んだ俺。

飲みきったグラスに、氷だけが残っている。

冷房で冷え切った、リビング。

蝉の鳴き声と、テレビで流れているのはデジモンのアニメ。

ドアを開けて入ってきた妹が


「お兄ちゃん、あたしのコップどこ?」


と気だるそうに言い―――



「―――麻衣!」


残る爆炎。

戦いから燃えうつった火が、少し離れた木の、その根元の落ち葉でぱちぱちと跳ねていた。

ぱち、ぱち、ぱち………。

その音だけが一番やかましく響いて。

それ以外の音は、たとえば僕の妹の声などは、聞こえなかった。


「くたばったみたいね―――ふふふ、じゃあ、続きをしよっか」


飛行する少女が、満足そうに笑む。

離れた場所の俺たち、こちらを向き直る。

正確には、追われていた眼鏡の少女か。


「邪魔が入ったみたいだけど、今みたいに消すから、そうすればいいだけ、ふふ」


そうやって狂喜の笑みを浮かべ続ける彼女の、その背後に。

麻衣は浮かんでいた。

………う、浮かんでいる?


「―――な、なにぃ!?」


驚きの声を上げる飛行少女。


「敗因は色々あるよ―――何かの台詞風に言うなら『爆風で敵が見えない』とか、かな」


「こ、のォおおおおお、おッのれェ―――!!」


飛行少女が逆上し、今度こそ仕留めようとして両手をかざす。

さらに強力な爆発が引き起こされるのは目に見えていた。


『爆発浄化!』ユアセルフ・エクスプロージョン


妹が詠唱すると、飛行少女の周囲に、青白いフィールドが展開される。

なんだあれは………エネルギーシールド?


「し、死ねェ――――!」


狂気の叫びをあげた彼女が、爆炎に包まれた。


「がっ………?」


飛行少女は予想外の攻撃により、炎上し―――ゆっくりと墜落した。





「で、結局、どうやったんだ?」


「死んではいないよ。ただ、封印の処置は施したから。死んでないよ本当だよ、本当だから」


「そんなに必死にならんでも。まあわかったよ、それはわかったけどさ」


「………あいつの周囲に結界を張ったの。爆風専用のね」


「うん?」


「そしてあいつは攻撃、爆発を起こした………その爆発は、跳ね返されてまるごと跳ね返される」


「………つまり、自分で―――ってことか」


「自爆だよ。本当に、文字通りね」


「………」


「あ、あのう!」


言われて、俺と妹は眼鏡少女に向き直る。

あらためて注視、確認してみると、腕や足に少し怪我をしていた。

しかしあの爆発の中でこの程度で済めば重畳だろう。

無事で何よりだ。


「あ、ありがとうございます!」


ぺこりと、頭を下げる少女。

礼儀正しい真面目な子である。


「いや、災難だったな」


「めでたしめでたしだよ―――じゃあさ、お兄ちゃん、行こうか」


「行くって、どこに」


「アイツのほかにもいるんだよ?奴らを止めないと。『妹たち』をね………授業はどうせないし」


「ま、まあ………」


「とりあえず、お昼、食べれそうな所に行こうか?」


「え、まだ九時とかだぜ?」


平常時より移動に時間がかかる地形なのはわかるが。


「じゃあ十時のおやつでもいいよ」


「お店やってるかな………」


「ああそっか………スーパーなら、開いてるんじゃない?」


「ううむ」



そんなこんなで、俺たちの冒険は続くのだった。

………なんで冒険なんだよ。

高校生なのに。

時計を見る。


まだ九時を過ぎたくらいである。

本来ならば、一限目の授業中だ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ