赤い城の王妹 その6
闇夜かと思ったが、わずかに夕日の赤が遠方に見えていた。
そして、王妹の駆る炎の虎は、辺りを太陽のように照らしていた。
その炎の虎に乗った異世界人………金髪ではあるが、炎の色が映り反射して、肌がオレンジに揺らぐ。
僕の妹の攻撃は続いたが、しかし二度目は通用しなかった。
「『妹は爆発する』は、虎の爪に弾かれた。
いや、外人じゃない――-――あの『話』が本当なのだとしたら、この世界とは別の場所から来た、異世界人なのだそうだ。
あれが、この城のお姫様なのだろう、そうではなくとも位の高い立場、をしているのだろうということは、白いドレスからなんとなく察しはついた。
「お客様が増えるのは――-――」
王妹は、肌のつやを際立たせ、言う。
「嬉しいことです」
形状は虎か馬のような四足歩行獣だが、なめらかで多彩な動きで、軟体の蛸を連想してしまう。
あれに関節はない。
炎の足がしなり、麻衣の爆発を次々と相殺、捌いていく。
炎の虎は、次々と、次々と捌き切る。
捌き――-――その合間を縫って炎の虎は距離を詰めてきた。
麻衣に覆いかぶさる体勢になる。
「ま、麻衣!もっとだ!」
「―――|『妹の連続爆発』《デンプシー・エクスプロ―ジョン》」
僕の妹は爆発で、炎の虎の爪を受け止める。
虎は怯まない。
野生動物特有の切り返しの早さで、もう片方の爪を突き出してきた。
それも爆発で払いつつ――-――虎の腹を狙って掌底を入れる――-――爆破。
………効かない。
右、左と爆発が続くなか、徐々に空気の焦げ付いた臭いが主張してくる。
爆発のことを連射と呼んで正解なのかはともかくとして、虎と殴り合っている僕の妹を眺めるのは心臓に悪い。
ぶっちゃけ引いたが、言いようのない感動があった。
僕の妹、あんなことできたんだ。
10年ほど同じ屋根の下で生活していたと思うのだが、知らんかった。
何者だよ、マジで。
敵との体格差は大ざっぱに言って十対一ほど。
しかしここまで近づかれると、逃げ切れず、殴り合うしかない。
麻衣――-――無理すんな、逃げろ。ああ、逃げられないのか、くそう。
空気の炸裂する音で、ガレキの上の小石が躍っている。
声が、向こうに聞こえるはずもない、僕は妹に預けられた赤いランドセルを握りしめる。
麻衣がガレキを背に――-――マズイ、追い詰められた。
いかん、戦力差が歴然だ………というよりも、この炎の虎は本当になんなんだ………焔の輪くぐりをし損ねてしまって引火したサーカス団のなにかか?
サーカス団の人ですか、各県を巡業中の大型テントですか。
麻衣が息切れをしている、有効打がない――-――どうやら。
だが――-――これは、どうだ?
王妹の後ろの、ガレキから出現した小学一年生、凛ちゃんである。
凛ちゃんが、王妹の背中に手を翳し、その手のひらが赤く光ったように見えた―――吹き飛んだ。
吹き飛んで――-――え?
「凛!」
九里坂の絶叫で、凛ちゃんは飛んだのではなく敵に吹き飛ばされたのだと、遅ればせながら理解する。
そんな、背後から狙ったのに!
「あら、小さい子………」
王妹が凛ちゃんの方を見て呟く。
凛ちゃんは吹き飛ばされたが、爆発で体勢を変えてガレキに着地した。
ガレキががしゃり、と崩れてずれ落ちる。
足場としては不良で、凛ちゃんが蹌踉く。
「なんで、わかったの………」
凛ちゃんが悔しそうにつぶやく。
「一度に言い寄られては困ってしまいますわ………三人、ですね、あとは――-――」
ここで王妹は少し、表情が固まる。
「気のせいかしら」
呟く。
それにしても王妹、余裕か。
どうすれば――-――と思う間もなく麻衣は走って、間合いを詰めていた。
麻衣がもう一度、敵に手を翳す。
「『妹は爆発する』」
またそれか、と言わんばかりの表情が一瞬浮かんで、王妹は爆発を捌く。
「お、おい――-――」
僕はもうちょっと策を考えてからにしろ、と手を伸ばしそうにならないでもなかったが、麻衣も
何でもできるわけではないのだろう。
この炎の虎に対する有効策があるとは――-――。
まるで溶岩をコントロールし、鞭のように扱っているようだ。
「ふん――-――」
王妹が虎をコントロールし、麻衣の爆発を防ごうとした、だが今度は、虎が突っ込んで来る。
王妹を乗せたまま虎が僕の妹に躍りかかった。
虎が降ってくる。
なんて大きさだ。
動物というよりも、建物が倒壊するようだ。
マズイ、この白ドレスめ、攻撃の源である本人を叩き――-――いや、潰す気か。
「『妹は爆発する!!』」
王妹に手を翳し、叫ぶ麻衣。
だが、叫んでも爆発は起きなかった。
おい、吹き飛ばせ。
何故だ、早く攻撃して吹き飛ばさないと―――。
麻衣、早く。
………早く攻撃を!
見れば麻衣の肩が、小さな背中が上下していた。
息が切れている。
まさか、体力的に、もう………?
僕はその時の時間がたまらなく長く感ぜられ、長い長い沈黙の中、マズイ、これは走馬灯という現象の前触れなのではないかと思い始めた時、王妹は飛び退いた。
お互いに間合いを取る。
………?
僕には何が起こったか――-――時間差で爆発でもしたのかと思ったが僕にはそうは見えなかった。
王妹が攻撃を中断した………?
王妹は元々ぱっちりしていたその瞳をくわっと開き、まじまじと見る――-――麻衣も不機嫌そうに睨み返していた。
麻衣は「ちィ………」と口から漏らし――-――ていうか舌打ちだった。
おいお前、行儀良くしろな、一応主人公の妹ポジションなんだから。
なんだ、何かしたのか?
妹は再び息を整える作業に戻る。
王妹は今、麻衣と凛ちゃん、そしてもう一人、知らない子の三人で取り囲んでいる。
知らない子といっても、何もない子ではない。
先程………狂った妹たちに追われ、勇敢にも城に真正面から玄関を爆破し飛び込んで、何十分か、時間がどれくらい経過したのかはわからないが、再び出てきたときには虎に乗った異世界人に追いかけられながら現れた――-――という兄妹に、見えた。
僕からはそう見えたが、城の中で何があったのか。
しかし………!
その時、王妹が視線を奪われた。
その先には、一人の幼女が。
あれ、この子どこから来たんだ。
一見すると、かつらか――-――ああ、最近はお洒落にウィッグとかいうのかな――-――そういうものをかぶっているように見える、この国では見慣れない色の髪。
映画館のスクリーンくらいでしか見ないぞ、こんな金髪。
しかし、王妹と同じ色?
「ごきげんよう」
幼女が王妹に言う。
ああ、狂った妹ではなさそうだと、雰囲気で察した。
あれ――-――赤い目?
王妹は、こちらが心配になるくらい、視線がその幼女にくぎ付けで、もう麻衣のことは見なかった。
幼女はじっとりと王妹を見つめたままだ。
なんだか険悪な様子である。
どうやら知った顔らしい王妹と、謎の幼女の二人がこれから何を話すのかはさておき。
俺たちはこっちだ。
「あんた、名前は知らんが」
「えっ」
ずっと見ているだけだった亜紀は、この「組んでいる二組の兄妹」の男に、自分が呼ばれたことに驚く。
正確には藤坂だったが、まだ知りもしない。
「行くぞ、ここは危ない」
「逃げるんじゃない、知るんだ」
男が二人して捲くし立てて、小さいツインテールの子が、藤坂を乗せて爆発で飛んだ。
「凛、さっきの場所はわかるな?」
「うん」
リンというらしい――-――その妹は兄を背中に乗せて足元を爆破で弾く。
ガレキが蹴散らされ、兄妹は景色に小さく消えていく。
晴瑠も亜紀も事情を知らない。
「はあ………?」
晴瑠も亜紀も迷うが、立ちどまっていては王妹にやられる。
「ちょっと、どこ行くの――-――まだ戦いは終わってない――-――」
亜紀がやっとの思いで事情を求める。
「いいや、どうやら大丈夫だ、あの幼女に任せよう、『話』が本当ならこれでいいはずだ」
残った一人、香田が言う。
「………?」
亜紀にはわからない。
「何を、一体――-――」
首を振り、王妹の方を見る………さっきまでの敵だが、戦って敵う相手では無いことはわかっている。
逃走するのは癪だが――-――いや、別にそんなことはないはず………あれ、私、爆発勝負で――-――王妹風に言えば爆発決闘だそうだが、その戦いで負けてプライド傷つく人間だったっけ。
話は後だ。
今からが話だ。
香田は走るが、麻衣は彼を捕まえて、爆発で飛び逃げる。
相変わらず肩で息をしている。
「おい――-――墜落は勘弁だぞ、疲れてるんなら一人で行け」
「お兄ちゃん、妹は無限に動けるんだよ、無限軌道なんだよ」
妹は目の焦点が定まらないハイな状態で、良くわからないことを言っていた。
眼がぎらぎら光っている。
虎と戦ったことで新たな世界が開けたのか、まあいいや――-――と、とりあえず理解して、
「加速しろ」
「あいさー」
細かいことを抜きにして、飛んだ。
結果として、「ラーメン屋から出てきたやつら」の後を追っていく二人。
言い争いをしながら。
「亜紀、連れてけ、爆発で!兄妹の後を追うぞ」
「えっ、嘘でしょ?」
「なんだよ、バテたか」
「そんなわけないじゃん、あんなどこかの馬の骨に――-――なにかあったらどうすんの、それと私まだ負けてないし」
「………」
「………まだ、作戦あるし」
「へえ?いいけどアレはおそらくって言うか明確にラスボスだろ、準備を足りない状態でだ、戦っても無理無理」
「なっ――-――はあ?そもそもあの城に飛び込んだのは晴瑠にぃが――-――」
「炎の虎はねえわ、ありゃあ何とか策を考えないと」