赤い城の王妹 その2
「楽しいかって? 爆発が?」
沈黙の後に聞き返したのは、兄の方だった。
そうだよ、爆発を起こせない兄の方だよ。
敵陣地内なので、あからさまに警戒している。
兄が返答しつつ、亜紀も周りへの注意を怠らない。
この場にいるのは、この少女一人だけれどまだ話していても大丈夫なのか――-――?
この空間は教室の数倍は広い。
どこかに敵が隠れているかを警戒しても損はないだろう。
先程までずっと戦場を歩いてきた――-――戦場というのも適切な表現か定かではないが、全方位からの攻撃を、襲撃を意識する癖、その残滓が抜け切れていない。
「爆発、見せていただけない?」
「………はあ」
真剣な様子である王妹は今の今まで城に閉じこもりっきりで、周りの者は今回、衛兵を減らすことに相当抵抗した。
世界観の書き変えには成功したはずだが、外で何が起こっているのか、碌に目にしていないのだ。
そんなことは知る由もない晴瑠と亜紀。
「ああ、わかったよ
「目的はなんだ?」
「それは異世界への侵攻ですわ――-――私たちも、できるなら手荒なまねをしたくはなかったのですが、急がざるを得ない状況がありまして」
十二分にあらされているのだが、地球が。
しかしこのお姫――-――王妹様も、決して嘘を言っているようには見えなかった。
気が進まないが侵略された、とでも言うのか。
どんな理由があって。
「まあ―――いけない」
ふいに、王妹が亜紀も晴瑠も見過ごし、その先を見た。
誰か、他の人物、第三者が来たのかと思う間もなく、王妹は手を掲げ、次の瞬間、二人の背後で扉がばたんと閉じる音がした。
爆発で侵入した玄関だ。
「えっ」
まずい、閉じ込められた?
逃がす気はないということか?
くっ戦うか――-――などと、妥協で戦闘は始めない。
王妹は紅茶でも淹しかねないほどの朗らかな様子である。
しかし。
「開け放したままでは」
王妹は言う。
「落ち着かないでしょう」
外から射す夕日が消えたことで、部屋の照明が少し、明度を増したように思われる
晴瑠と亜紀は内心、内心とはつまり心臓の鼓動を加速させながら会話を続ける。
自分の首のあたりの血流が聞こえてきた。
「ふん、いいけど――-――?」
亜紀は逆なでするように答える。
閉じ込めたつもりなのか。
ちい、自動で、遠隔で閉まる仕組みだったとは。
「どうでもいい。こっちの気も知らずにそんなことをやっていいのかな」
亜紀は挑発する。
「あら、どういったお気持ちでやってこられたのです」
王妹も友好関係以外の何かを察した様子だ。
「あなたを高貴なお方だとお見受けして、頼みがある。俺には戦闘能力がない。だから俺を攻撃しないでくれ。人質に取るのもなしだ。」
「その点はご安心ください」
ついでに、何故兄は爆発が使えないのか問い詰めたいところだったが、まあいい。
いや、良くはない。
俺も戦えるんならドッカンドッカンやってみたいところだし、なにより妹まかせは気が萎える。
「まあ、売ってるのかね、いいけどさぁ、あんた、兄ちゃんは?」
「お兄さまは今、部屋。あまり出たくないそうです。心配されなくとも、私ひとりでお客様のお相手をさせていただきます」
「そう………」ちらりと晴瑠を見る
下がる。
わかってるよ、なんなら別室に行く?そこで感染?
いや、いいどこに連れて行かれるかわからないのに、ゴメンである。
見れば見るほど人形染みた女だ。
だがこの魅力的な子も、爆発する。
「どういうつもりか知らないが、王女――-――じゃなかった、王妹さん、あんたは倒すぜ、さ、やっちまえ亜紀」
結局は他力本願、妹本願になってしまうので締まらない。
「………」
「亜紀?」
「ああ、うん、やる………ね」
亜紀の挙動がいつもと異なる感じもしたが、今さら緊張しているのか、どうして?
この王妹さんだって、確かに高貴なお方にみえるが、可愛い子じゃあないか。
ならば爆発だ。
晴瑠と亜紀が遭遇し、戦いで倒した狂った妹の数は、香田たちよりも多かった。
妹の爆発に殺傷力がほとんどないことには、何度目かの戦いののちに経験として気づいていた。
このお姫様を気絶させる。
話はそれからだ。
王妹は。
倒すと言われたことを不思議がっているようで、視線を斜め上に揺らす。
「今まで、女の人はできなかったのでしょう?ようやく追いつけて良かったじゃあないですか」
「追いつけて?」
「爆発は新しい扉を開きます。異世界への扉もね」
「………」
容姿や表情から悪い人間にはどうも見えなくて迷いが出てしまったが、この王妹さんとは、しばらく、わかりあえそうにないな。
サイコパスかもしれない。
精神異常者は、はたから見れば魅力的な人間に見えることが多いと聞く。
しかしこの王妹さんは地球人類ではないらしいことは確かである。
「俺たちの………ああ、ちょっと待って、タイム」
突如、晴瑠が始めた腕を組んでの思考に、王妹がかすかに怯む。
数秒の瞼を落としての推敲のあと、意を決して、晴瑠は宣言する。
堂々と、王妹を指さし、
「俺たちの地球をめちゃくちゃにした罪はつぐなってもらうぜ――-――」
宣言する。
「亜紀の爆発でな!」
「………」
結局は他力本願、妹本願になってしまうので以下略。
本人は主人公らしい台詞を言えたことによって酔っている様子だが。