王の妹
「いそげ! いそげ!」
走るリズムに乗りつつ、連呼。
金髪の少女は、嬉しいことに爆破で入場した客人を出迎えるため、この異世界侵攻のために新しく建造された城の廊下を走る。
新雪のような色のドレスは、白いバラの集まりのようでもあったが、彼女の住んでいた世界に、バラという名前の植物はない。
薄い生地だが、熱に強い素材である。
より正確に言うなら、爆発に強い、だが。
身につける彼女自身は、まだ子供といったところである―――その足音は、どたばたと鳴っている。
廊下を駆ける。
その廊下の駆けた地点に光がつぎつぎと灯り、薄暗かった廊下の明度を増す。
衝撃に反応する性質をもつ鉱物である。
彼女が生まれてから過ごしていた世界ではめずらしいものではなく、庶民の多くは、気にも留めない。
「いそげ!いっそげ――-――」
ちらちらと廊下を見やる。
廊下でやったら爺に叱られるけれど、今は城内にいないはずだからいいか、と、女の子が発火のタイミングを見計り始めた時。
「ルパニィ!」
少女の名を叫び、呼び止めたのは男であった。
金髪の少女は足を止めて振り返る。
「お兄ちゃん、行っていいでしょ!」
「駄目だ」
「人が、お客様が来たんだよ、いいでしょ」
「だから駄目だ――-――お兄ちゃんと一緒にいなさい、部屋に戻るぞ」
金髪の少女は顔をしかめる。
目の端がみるみる突っ張っていくが―――、それも含めて子供のしぐさとしか言いようがないので、堪らず、男はにやける。
「青い世界と、もっと会いたいの、お兄ちゃんも会いたいでしょ」
「あんまり」
男は表情を変えずに言った。
「―――王女だろ?立場っていうものも、ある」
と、こんな言い方は子供には通用しないだろうな。
「王女じゃないの、王妹だよっ―――せっかくの異世界侵攻なのに、私が部屋の中に閉じこもりっきりって、そんなのおかしいよ!」
「そうは言ってもだな………ルパニィ、王族は城の中でずっしりと構えるものじゃないか?」
「………」
なおも不機嫌そうだ。
じっとしているのが我慢できないのだろう。
それともずっしりとかいう言い方が王妹の価値観の何かに触れたのか。
いよいよ、子供だ。
言っても聞かないのだろうと予想はつくが。
ものごころがついて、しっかりしているような歳にも見えるが、異世界侵攻による高揚感や、王妹としての先頭に立とうとする姿勢、意思が現れて生まれて止まらないのだ。
「地球の侵略については爺を通じて聞けばいいだろう――-――大人たちがやってくれる」
戦略を考えることに関して、であるが。
「でも妹が爆発しないと」
「………」
「妹が爆発する世界にする、そうでしょう?」
「それはもう、―――なっているじゃあないか」
この世界の法則を書き変えるのには成功したはずだ。
窓から、外の様子をうかがう男。
どうやらこの窓も対爆性が高いらしい―――、そう説明を受けた。
外の景色には、ちょうど青い光と、精神を沈静化されている妹たちの姿が見えた。
法則を一晩で変えたことによって生じた、精神の崩壊を取り除く作業だ。
これも城の関係者から説明を受けた。
「なっているだけじゃ駄目、私が見るの、そうじゃないと責任が取れない。これからこの世界の人たちと、ああもう、ちょっと見てくる」
「あっ、おい!ルパニィ!」
「お客様には、礼儀正しくするから!」
男の方を見ずに言って、王妹は走りだす。
と、そう見えた瞬間、爆竹が弾けるような音が鳴り、兄は面喰らう。
再び目を見開いた時には、王妹は消えていた。
音撃の余韻が、まだ空気中に振動を残している。
数十メートル先、廊下の曲がり角の部分に、衝撃のせいだろう――-――灯りが一つ灯っていた。
それの先は何も見えない。
………行ったか。
追いつけないだろうな。
どのみち、城に侵入までされてしまったことは確定である。
流石にこうなると衛兵が出ていって、食い止めるなり追っ払うなりの対応を考えねばならないのだった。
ああ、いや、違う。
男は悩む。
「衛兵はルパニィと俺の指示で減らしたんだった---」
あっちの『見知らぬ城』であの世界の連中に絡まれていては気が休まる暇がない。
男は黒髪を指でかるく掻く。
妹と部屋で一緒にいてもなー。
「………」
衛兵が必要だったという気持ちは、不思議と沸かなかった。
侵入者が来たということだが、この世界の人間であることに違いがない。
俺の妹―――王妹の敵ではない。
「………全部、壊れちまえばいいんだよ」
溜め息をつきながら、呟き、男はいまだに慣れない異世界の王衣に触れる。
踵を返し、部屋に戻った。