妹よ、人の家の玄関は爆発で開けろ
晴瑠と亜紀は、突然出現したと思しき城を前にして、立ちつくしていた。
「いや、立ちつくすのはまずい、ちょっと隠れよ、晴瑠にぃ」
と、妹が言ったので伏せて、ガレキの陰に身を潜めて観察する。
「城――――ううん、城かなあ、アレ」
夕日で黒い影が差してきた。
闇夜が迫るにつれて、城の不気味さが立つ。
城………城と呼ぶには、あまりにも赤かった。
炎のように、動いているような赤。
ジャムを塗りたくったみたいな、冗談染みた赤だ。
悪趣味な赤だ。
血のような――-――とは言わないが、ご立派な城とは言い難い。
そしてその形状も、おおよそ街中に立っているべきセンスではなく、異国、いや異世界のそれだった。
「ずいぶんハイカラだね」
「建物、なのかな、もしかしてお菓子じゃない?」
「お菓子。くく、そうだな………戦艦サイズのケーキに見えなくもない」
イチゴのソースで覆ったケーキ。
あのサイズだと美味しそうではない。
ただひたすら、嫌悪である。
その城の隣、城壁近くに、ひび割れた民家がある。
町を押しつぶして沸きあがったのか、出現したのか、飛んできたのか。
その下は――――あまり考えたくもないが、潰されたらしい。
突然出現したこれは、家が数十軒か、もしくは工場の敷地を丸々潰して乗っている。
血の上に立っていることは間違いないだろう。
「晴瑠にぃ、あれってさ、ヘンゼルと、グレーテルのアレっぽくない?」
そんなコメントを寄越す妹。
夢見がちな………もしや現実逃避が始まっているのか、この中学一年生は。
まあ、実際夢だと思いたいが。
「お菓子の家ねぇ………このバケモノみたいなのは、家というより城だな………」
「………ううん。王族とか伯爵とか君主とかいるんだろうなあ。会いたいなあ」
「言ってる場合か………いや、実際、中に何がいるのか、気になるところではあるけれど。王族やお姫様がいたとして、味方ではないだろうな」
敵だろう。
いや、元凶だろう。
奴らの目的はなんなのだ。
ないのか?
その城門も城壁、胸壁、棟、煙突のようなものまで………それが実際にそうやって意味をなしているのかわからないが、赤かった。
いや、厳密に言うと、完全な赤ではなかった。
その城壁の一部に、青い部分がある。
いや、青い光があった。
青。
そして、その前にずらりと整列した妹たち。
これが引っ掛かる。
倒した『敵』から仕入れた情報によると、狂った妹はこの城に向かっていたらしいが、正確に言うと、あの光にか。
「整列というよりも、ただ集まってきているだけ」
大勢で催眠にかかっているように、そう集団催眠。
ゆっくりと歩き、五人、六人と、今も中に入っていく………あれは城の入り口か?
青い光に吸収される妹。
取りこまれていくようだ。
そして、彼女らが出てこない。
さっきから観察していたが、この城に奴らに動きがあるとしたら、その点だけだった。
他はただの不気味な城だ。
晴瑠は誘蛾灯に群がる虫を連想してしまい、口に出そうとしたが、妹に言うのも憚られた。
気を使っているというよりは、俺はもう少し面白いことを言えないものかと、そういう風に考え直した。
亜紀は、平気なのだろうか。
今のところ、表情は家でカントリーマアムを貪っている時とそう変わらないが。
ええと、とにかくあの妹たちである。
今は。
「ああ、なんてことを………宇宙人め………」
俺は何故かそんなことを、結局は言ってみたものの、意外としっくりくる表現だったかもしれない。
「宇宙人の侵略が突然始まったら、こんな感じなのかもしれないね」
亜紀も返答してきた。
「UFOだと、思うけどな―――こんな、まるごと城が来るんじゃなくて」
黒く機械的に輝く円盤が、地球の主要都市、その真上に陣取る映画があった。
実際、現実のUFOの目撃証言は多岐にわたり、巨大建造物というべき大きさの記録もあるらしい。
「………あの、『妹たち』、連れ去られていくかもだけれど」
「それについては、そうだな………だが今はおとなしくしてもらわないと」
「うん………」
亜紀は心配しているようだが、狂った妹が多いと俺たちがまず攻撃されてしまうので、それがおとなしく青い光を一心に見つめ、中に向かって歩いて行く姿は、悪い光景ではない。
凶暴化した妹がおとなしく消えていくのは、どこかほっとする場面ではあった。
敵が減っていくということだ。
それは間違いない。
だが、この城がすべての現象を引き起こした元凶であることは確かだった。
ここ以外にもあるのかもしれないが、関係があることは間違いない。
「しばらく様子見だね」
「亜紀、高いところに移動するか………?遠くから爆れるんだったら」
「ん、んー………」
考え込む亜紀。
そのまま周囲を見回すが………、そこで
「隠れてっ!やばい!」
声を潜めて、しかし叫んだ。
ガレキの防空壕、もしくは浅い洞窟のような場所がすぐ隣にあったが、そこに飛び込む亜紀。
俺も連れ込まれる。
服を引っ張るな、破けるだろ。
と思ったが、ここまでの道中や戦歴によって、既に繊維は痛んでいたらしく、びり、という音が一瞬聞こえた。
ガレキの中で落ち着く。
落ち着かないが。
「(なんだよ)」
「(あいつらだ)」
歩いてきたのは女子だった。
一人、二人………いや、妹か。
うつろな――-――しかしうっすらと青い目をした集団は三人、四人………まだ大勢だった。
だが視界はガレキの隙間なので狭い。
足音から判断するところが大きい。
姿勢を低くする。
「狂ってる奴か」
あの城の青い光は、狂った妹を集める。
だから城を近くで見張っている俺たちも経由する、通り道なので鉢合わせになることは、確かにあり得ることだった。
「亜紀、お前は本当に大丈夫なんだな?」
「もちろんだよ、晴瑠にぃが―――― あっ」
亜紀が外を見上げると、妹二人と、目があった。
立ち止まって、こちらを見ている。
「………」
『だ、大丈夫か?』
『しぃッ 黙っ――-――』
青い、うつろな目が煌めき、爆発が起こる。
砂利が肩のわきを掠めた。
「くっ、う、」
妹は爆発で爆発を弾き、俺の懐に潜り込む。
「逃げるね」
「ああ、早くしろ」
ガレキをふっ飛ばし、役に立たなかった隠れ家から飛び出す。
「もうバレたのかよ」
ちょっと待ってくれ。
ここはもう少し敵の挙動を観察するところだろうに。
こういう敵陣地近くでは。
主人公が影に隠れると、敵はまったく気づきもせず、割と重要な情報を悪役同士でぺらぺらと喋って遠ざかっていくものだと思うのだが。
そしてザル警備で、主人公にアジト深部までの侵入を許すものだと思うのだが―――まあ、主人公に障害は付き物か。
黒髪と、栗色の二人の敵から離れるが、いまだ戦闘態勢。
そこで周りを見渡し、妹が周りにまだいたことに気づく。
「うっ………」
囲まれている………?
見回す。
囲まれている………というか、妹たちが遠くから旅をしてくるのならそう、二度も記述するがここは経由点なんだ、ええい、早くビルの高層階とかに行けば良かったのでは?
今となっては遅いか。
「逃げろ、こっち!」
俺は言った。
六体一は勘弁なので、やつらがいない方向に爆跳する。
スピードは敵よりも上――-――これは嬉しい。
だが、
飛んだ方向は――――城だ。
正門だろうか、入口が見えた。
「入るよ―――晴瑠にい」
「マ、マジか………」
「青い光のところじゃないから!」
確かに、向かっているのは、というか追いつめられて逃げていく先には、黒い入り口があった。
青い光と反対側の方向。
こちらは妹どころか誰もいない。
衛兵も見当たらないな――-――城なのに。
どちらが正門なのかは知らないが。
「ひとまず入ろう――避難!」
「すぐに出るからな、絶対だぞ」
黒い、いや暗い入口に向かう。
大丈夫。このご立派な、高尚なお城に玄関から入るだけだ。
すぐに取って食われるわけじゃあない。
爆走しながら腹を決める。
………いや、でも壁とかに沿って方向変えられねえかな………。
俺を背負いながら亜紀が喚き始めた。
「晴瑠にぃがこっちって言うから私は!」
「いや、でも城だと思わなくて」
「ずっと見てたじゃん城をっ、ホント、馬鹿じゃないの!」
「そこまで言うか?回避だよ、それ、それをだから俺は判断として適切に」
「うるさい!黙れ!」
まーた妹のヒステリーだ。
もう駄目だこうなったら。
やれやれ。
「チャイムがあったら押したいところだけど――-――非常時だからな仕方がないか。亜紀。人の家の玄関は爆発で開けろ」
「命令?馬鹿じゃないの!」
なかなか立派な城門だ。
亜紀の爆発でこじ開けることができるといいな。
妹は城の門を爆破した。