僕と妹はラーメンを食べる。その2
「ところで」
「おじさん、僕たち空港に行きたいんですけど」
「ううん?」
おじさんは近くの客席に腰掛ける。
「なんでまたそんな………君らどっか行くのかい?海外へ旅行?」
「いえ、そうじゃあないんですが。」
しかしここで少なからず、どきりとした。
海外か。
日本以外は、どうなっているのだろう………無事なのだろうか。
アメリカ、ロシア、軍を持つ国は、この現象にどう対応して………いやいや、考えすぎ。
落ち着け僕、店主と話しているんだろ、今は。
「近くに道はありませんか」
「あー………まあここから国道に入って真っ直ぐ行けば……って、ああ、真っ直ぐ行けないのかぁ今は」
おじさんは考え込む。
ここで少し、このラーメン屋に寄った経緯を説明しよう。
しなければならない。
麻衣のランドセルに収納されていたお菓子を少しだけ楽しんだ時。
まだしばらく、食糧の問題に不安はあるので、食べ過ぎない方がいい、というのが相談した結論であった。
そして休憩は終わり。
ひび割れた道を、しかし順調に足を進めていた僕たちだったが、予期せぬ障害があった。
いや、あり得る障害ではあった。
要するに、ビルが倒れていて道を完全にふさいでいたのだった。
これがおじさんの言った国道であり、一番広々とした、旅路であった。
ビルはちょっと飛び越えるのは難しそうに見えた。
無闇に爆発を多用すると、音によって奴らをおびき寄せるのではないか、と藤坂が言い、僕たちは少し悩んだ。
その場所の手前にちょうどこのラーメン屋があり。
ドアは開いていて、腹も減っているし区切りとして寄ったのだった。
「そうだねえ………ここからあの金物屋の路地に入って………ううん」
おじさんは考えながら話した。
ここを入って右に行って左に行って………といった説明をされたが、ややこしかった。
仮にこのラーメン屋の近所を抜けたとしても、いつか迷うか、行き止まりにぶつかるであろう。
やはり麻衣たちの力で飛んでいくか。
と思ったが、ここで店主が言いだしたのは意外なことだった。
「ここを曲がって行けば川なんだけどな」
「川……?」
「ああ、真愁川。近い、というほどじゃあないけれどね―――それと兄ちゃん達、空港がどこにあるか知っている?その川沿いなんだよ、河原の延長みたいなもんだよ。他の県じゃあどうなのか知らないけれどねえ」
「川………ね」
何とも言い難いが、僕たちは新たな目標を見つけた。
「ありがとう、おじさん」
「………」
「おじさん?」
「ああ………いやいや、君らねェ、『ごちそうさま』じゃないかい、普通は」
「ああ、そうですね………じぁあごちそうさまも追加で」
「ありがとう、なんて言って帰っていく客なんて、初めてだよ」
「ああ………はい、すいません」
「いや、謝るのも変だろ」
挨拶もそこそこに、再び旅に出よう。
「さて、美味かったな………行くか」
「九里坂、川沿いの方が見晴らしがいい。周囲に死角がない………道も、今までより歩き易いはずだ」
黄砂よりは少し濃い、土埃からも解放される。
さっきから、どこか遠くで倒壊が起きた時のものが、ゆるゆると流れてくるのだ。
息をするのに関しては支障はない。
支障はないが………たとえば向こうの角にはビルと、少し開いてホテルがあるが、その間は灰色で何も見えなくなっていた。
「川沿いに行ってみようか」
「………いや待てよ、それだったら遠くからでも俺たちが丸見えってことじゃないか」
「そりゃあ………そうか、それもそうだな」
意見をへし折られた。
割とあっさりと。
しかしこいつも………九里坂もまた、安全に関しては自分の問題。
ふざけて考えているわけではないはずだ。
だが、九里坂の意見を待ったが、黙ったままであった。
「なんかないの?代案とか」
「………」
おいおい。
と、見れば九里坂は、僕の話を聞いていない様子。
空中を見ているのか………?
いや、倒れている巨大なビルである。
「どうした」
「あ、いや………電柱がな」
「うん………?」
指す方を見れば、なんのことはない、ただの無事な電柱があった。
そしてその隣は無事ではなかった。
元々はビルの二階か三階だった部分が倒れ、電柱はたぶん見えないが、踏みつぶされている。
電線も切れてぶら下がっていた。
「切れてるな」
「ああ………」
「電線が切れてる」
「ああ、それが?」
「イヤだから、電気がどうなっているのか」
………ああ、そういえば。
「向こうの電線は生きてるぞ、あっちから流れて来てるんじゃないのか」
「そう、かな………」
どちらにしろ、詳しくないので僕たちが考えても仕方がない。
「九里坂、お前高校一年?」
「ん、そうだけど」
「ああ、そう………」
ならいいや。
「なんだ、なんで残念そうなんだ」
「詳しいかなと思って。高二高三だったらあるいは………中学のときのアレしか覚えてないや。直列回路と並列回路。でも僕と同レベルだろ」
「同レベって、わかんねーじゃん」
「どちらにしろ業者さんに任せるしかない」
「麻衣、お前はどこに行けばいいと思う」
意見を求めた。
僕らでは無理だと思った。
『僕』と『俺』では答えが出せないような気がした。
この状況を、わかっていない。
でも麻衣なら、もっと深いところで理解しているはずだ。
そう信じたい。
全容を知らない奴らが真剣に考えても仕方がないのだ。
下手の考え、休むに似たりか?
「麻衣、安全な場所はないのか。日が暮れた後のことも考えなきゃいけない、そろそろ」
家にとどまっていればいつも通りベッドで寝れたのになぁ、とも一瞬思ったが、いつ屋根が崩れるか、崩されるかわからないのはどこも同じである。
シェルターでもあればなあ。
「………寝る場所に心当たりないのか」
九里坂がしみじみと、しかし驚いたふうに言う。
「知り合いの家がある。家というか、アパートだ。この人数だと狭くなるだろうけど、いいか」
「………」
「駄目か」
「………いや、いいけど、むしろ嬉しいけどそういうこと、早く言おうよ」
「ん。俺が逆に驚きだ。本当に何も考えずに来たんだな」
「………」
返す言葉もない………と思ったが、思い返してみればあのとき反射的に電車に飛び乗る(本当に飛んだあとに乗った)ことを選んだのは麻衣である。
麻衣を見る。
麻衣の表情からは何もつかみとれない。
………いいや、なんだか妹の判断には従った方がいい気がする。
状況的に。
「ううむ、済まないけどお邪魔させてもらうよ、作戦会議もできそうだしな」
九里坂に合わせ、方向を少し修正、違う路地に入る。
「ていうかマジで空港に行くつもりだったのか」
「なんだよ、おかしいかよ………目的地、じゃあどこだよ、泊まるのとは別に」
「空港以外のどこかだよ」
「けっ………家に引きこもってろ」
「お兄ちゃん」
「ん、どうした」
「あのラーメン、また行きたい」
「………そうか。僕もだ」