妹、初めての爆発
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
妹の声が後ろの方から聞こえた。
我が家の玄関のあたりから呼んでいる。
僕からは見えない位置だが、手招きもしているのだろう。
10年ほどの間、同じ屋根の下で暮らしている経験から推測できた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
「うん?ああ―――ちょっと」
待ってくれ―――、と返そうとしたが作業の途中だ。
声がぼそぼそと小さくなってしまった。
力仕事が得意な人間でも、手袋の類無しでこの崩れたガレキを移動させるのは骨が折れる。
見渡す限りというほどではないが、多くが破壊されていた。
天気がよく、空と朝日が良質なことが、破壊痕と対比してより際立たせる。
何とかして、上を歩きで乗り越えていくか………。
「お兄ちゃんってば」
「ああー、はいはい、なんだよ聞いてるよ、見りゃわかるだろ、いま忙しい」
ガレキはこれだけではないだろうな。
「ちょっとどいて、危ないから」
………?
まあ作業は行き詰っていたので、僕は言われたとおりに脇に退いてみる。
休憩がてら、妹がガレキに近づく様子をなんとなく眺めてみた。
妹は両手を掲げ、
「『妹は爆発する!!』」
そう叫ぶと同時に、道を塞いでいたガレキは赤い炎に包まれる。
炸裂、吹っ飛んだ。
破片が飛び散る。
「うわ!な、なんだ!」
「これで通れるね………」
いつも見る道路が陽の目を見たが、そのアスファルトの亀裂、段差が痛々しい。
妹が進みつつ、小さな腕で軽く仰ぐと、辺りの土煙は消え去った。
煙の飛び去り方が大きすぎたので少しぎょっとした。
偶然風が吹いたのだろうかと疑った。
しかしどうも、妹は訳知り風である。
この困った状況でも、辺りを見回し、前に進もうとする姿勢。
こんなやつだったか。
いつもと違う妹に、見入ってしまった。
「うわぁ、まだある………お兄ちゃん、ここだけじゃないよ、町中崩れちゃってるみたい」
「あ、ああ………」
通学路は、ひどい有様だった。
僕もようやく慣れ親しんで、朝、頭が働いていなくても考えずに歩けるようになってきたところなのだが。
破砕されたコンクリートからは、ところどころ黒い鉄筋が覗いている。
町が全部かはわからないが、通学の難易度がイージーからハードくらいには上がっている。
鉄筋コンクリートも壊れて横たわってしまうと、むなしい―――無残なものだ。
断面からは日光に当たっていなかったためなのか、痛々しいほどの白さが見えた。
ウエハース的なお菓子を思い出す。
カルシウム豊富なヤツ。
少し遠くから、人々の困惑の声や、重いガレキを引き摺るような、おおよそ平和な朝じゃないサウンドが聞こえてくる。
空気が粗い。
どこか焦げて、煤けている。
時計を見る。
8時20分を過ぎたくらいである。
いつもならば慌てはしない。
まだ、ちょっとコンビニに寄って菓子パンを見るくらいの余裕はある時間帯だが。
「なんぷん?」
「ん、20分と、ちょっとだな」
「うーん、今日は遅刻しちゃうね、これ」
「ええっ!ちょっと勘弁してくれよ!」
怒られるのは嫌である。
そもそも俺は悪いことをしていない。
してないよな?
なんで町が半壊してるの?
足元が時々揺れ、崩れた塀のあたりには砂利混じりの煙が吐き出される。
ずぅん―――と、どこか遠くで、地響きが響く。
この町に起こっている『何か』がなんなのか、今はまだわからないけれど、まだ終わってないらしい。
カタストロフィー的な何かが始まったのかな。
あとは地球温暖化とか―――気候変動的なやんわりとしたものだったらいいんだが。
………異常事態につき、やや思考が現実逃避しつつある。
そろそろ本当に学校に遅刻することを覚悟しなければならない。
皆勤賞だったのに。
「―――でさ、妹、さっきのアレ、もしかしてお前がやったの?」
「え?ち、ちちち違うよ!」
急激に慌てる妹。
「私、町をこんなにしたりしてないよ!」
「いや、そうじゃなくてさ―――、さっきのガレキを壊したのって」
「ああ、それは私だよ、もちろん」
えへん、と胸を張る妹。
胸があるかどうかは別として。
「もちろんガレキを爆破しましたって言われてもな―――理屈とか無いのかよ、実際どうやったの?」
「えっと、念じたっていうか………うーん、よくわかんない」
「えー、なんだよそれー」
「周りに人いない?」
「うん、いないみたい、大丈夫」
「おっけー! ―――『妹は爆発する!!』」
道を塞いでいたガレキがもう一度吹っ飛んだ。
防御のため身構えていたが、今度は破片が全くこっちに飛んでこなかった。
「あー………妹」
「うん?」
「それさ、毎回言わないといけないの?」
二人は歩いて行く。
学校、まだあるかな。
第一話
妹、初めての爆発 おわり