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「……そんな事があったのでございますね……」

 盛朝の語りが終わり、弓弦がほぅ、と息を吐いた。

「父様と母様、苦労したんだね……」

「じゃあ、惟幸師匠の肉を鬼達が食べると云々って言うのは……」

「最初の百鬼夜行だか方位神だかは、本当に偶然だったんだろうな」

 もう何本目になるかもわからない瓶子を空にしながら、隆善が口を挟んだ。

「百鬼夜行に妨害された事で、邸に帰らずに済んだ。邸に帰らなければ、元服せずに済む。そんな惟幸の想いが、その後百鬼夜行や方位神を呼び続けちまったんだろう。……当人は無意識のうちにな」

「普通は想いだけで呼べるようなシロモノじゃありませんけどね。百鬼夜行なんて。それは……まぁ、惟幸には術師としての才能があったんだろうって事で」

「この従者馬鹿が」

「何を仰いますか、たかよし様。俺は身内だからって、必要以上に持ち上げたりはしませんよ。惟幸に才能があるのは、事実です。京を出奔せずに、朝廷陰陽師になっていれば……今頃は、あなたの上司になっていたかもしれませんよ? 果ては、陰陽頭にだってなれたかもしれない」

「どこが必要以上には持ち上げない、だ。あいつは、調伏はできても、天文や暦はさっぱりじゃねぇか。そんなんで陰陽頭なんざなれるか」

「どう考えても、能力値を調伏のみにガン振りしてるからにゃー、惟幸は」

 虎目の言葉に「そうだろう」と頷いて。隆善は勝ち誇ったように土器の中の酒を乾した。

「とにかく、そういうわけだ。つまり、惟幸が鬼どもに狙われるようになっちまったのは、全部あいつの自業自得なんだよ。あいつがウダウダと三年も京を彷徨って、百鬼夜行を呼びまくり倒しまくったりしなけりゃ、神や仏の加護があるだの、喰えば寿命が延びるだのの噂が生まれたりはしなかったんだ。それと盛朝、当事者が他にこの場にいねぇからって、自分の活躍を誇張してねぇか?」

「まさか。そんな事はしませんよ」

 爽やかに笑う盛朝に、隆善は「どうだか」と呟いた。そんな大人二人を眺めながら、紫苑は不思議そうな顔をしている。

「うーん……結果的に、父様と母様が一緒になれたからボクが生まれたわけで、それに関しては良かったなーって思うんですけど……けど、何で父様、師匠のところに相談に行かなかったんでしょう?」

「そう言えば……そうですよね。家名に瑕がつくから賀茂家や安倍家に頼る事ができなかったとしても……惟幸師匠と隆善師匠って、確か幼馴染でしたよね? なら、こっそり隆善師匠を頼れば、方違えせずに邸に戻る事もできたでしょうに……」

 当人は、深層心理で戻りたくないとは思いつつも、表層意識では戻るつもりでいたのだ。邸に戻る方法を考えたり、試みたりはしていたはずだろう。

「馬鹿か、お前らは」

 不機嫌そうに、隆善は二人の弟子を貶した。

「二十年前の話だぞ。当時の俺はまだ、陰陽寮で学び始めたばかりの学生だ。大体、その時惟幸は、調伏の実力だけは既に一人前以上だったんだぞ。どうやったら、俺に相談しようなんて考えが浮かんでくるんだか」

 ため息をつく隆善に、葵と紫苑は二人揃って肩をすくめた。そんな二人をよそに、弓弦が興味深そうに言う。

「それにしても……その話は本当に惟幸様のお話なのでございますか? 失礼ですが、その……あまりにも、私の知る惟幸様と差があるものですから……」

「あぁ……」

 たしかに、と、一同は頷いた。

「今の父様からは想像もできないよね。そんなに気が弱くてウジウジしてる姿なんて」

「その惟幸師匠は、本当に俺の知っている惟幸師匠と同一人物ですか?」

「知らねぇよ。俺が訊きたいぐらいだ!」

 自棄になったのか、隆善が酒を瓶子ごと煽る。ここ数年は惟幸のあの性格に振り回されっ放しでいい加減鬱憤が溜まっているのかもしれない。そんな隆善の姿に、盛朝が苦笑した。

「まぁ、京を出てからも、何だかんだと色々あったからなぁ……。段々と強かにはなっていったな。俺はずっと傍で見ていたから良いが……」

 色々あった、という言葉に、紫苑の目が輝いた。

「それ! それも訊きたい! 京を出てから、何があったの?」

 盛朝の横で、隆善が腕を組んで頷く。

「そうだな。……おい、盛朝。京を出て、俺と再会するまでの惟幸を知っているのはお前とりつだけなんだ。洗いざらい、語り継ぐつもりで、話してみろ」

「……そうですねぇ……」

「ご歓談中のところ、失礼致します」

 突如割り込んできた声に、その場にいた全員がハッと簀子縁に視線を寄せた。そこには、優しげで美しい女官が一人立っている。それは、葵も何度か会った事がある……。

「明藤」

 驚いた顔で、盛朝が女官の名を呼んだ。そう、それは惟幸の作り出した女官姿の式神、明藤だった。惟幸の庵へ行けば、部屋の掃除などを手伝っているのは大概彼女であるし、つい先だっての事件では、弓弦の元へ向かう補佐として、葵と共に行動してもいる。

「そう言えば、惟幸師匠がりつさんに憑けていた式神の名前って……」

 同じ式神だろうか、と、葵は明藤の顔をジッと見る。すると、それに気付いた明藤はにっこりと笑った。

「さぁ、どうでございましょうか?」

 何気に口をきいたのは初めてだが、どうやら、術者の惟幸と同じく食えない性格のようだ。

「明藤。どうしたんだ、急に?」

「まさか、父様達に何かあったとか……」

 さっきまでの話が話だけに、紫苑の顔がサッと青ざめた。すると、明藤は「いいえ」と言って優雅に首を振る。

「惟幸様から、盛朝様に言伝を預かって参りました」

「俺に?」

 怪訝そうな顔をする盛朝に、明藤は「はい」と頷いた。

「せがまれるままに過去の出来事を話すのは構わないが、一つ話すごとに、たかよし様の子ども時代の武勇伝を一つ、紫苑様達にバラす、との事でございます」

「おい、何で俺なんだ」

 隆善が顔を引き攣らせた。子ども達は、互いの顔を見合わせる。

「話を聞く限り、父様、盛朝おじさんには借りがたくさんありそうだもんね」

「流石に脅す事はできないのでございましょうね」

「その点、隆善師匠なら幼馴染で気安いし、話のネタもたくさん持ってそうですよね」

 そして三人で声を揃え、「仕方が無い」と言う。隆善が、不機嫌そうに舌打ちをした。

「……おい、盛朝。過去の話は、これ以上は無しだ。馬鹿弟子どもは、とっとと食って、とっとと寝ろ。……っとに、あの野郎。本当に良い性格になりやがって……」

 そっぽを向いた隆善に、その場にいた一同が笑いだす。夜の闇の中、温かい笑い声が、邸の外まで漏れ出すようだった。



(了)

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