1-2.転生?
…それにしても、日記を残していてよかった。
あんなことがなくても、そのうち病気で死んだだろう。というか、あの日散歩に出かけられたのも、病気が良くなったわけじゃなくって、死ぬ前に神様に与えられた、最後のチャンスだった気がする。
朝起きて、調子が良かったから散歩に出かけたのに、あたしはこのまま病気が良くなっていく気がしなかった。
退院したのだって、病気がよくなったからじゃなくて、病状がちょっと落ち着いていただけの、一時的なもの。
家族はみんな喜んでくれたけど、だからあたしも笑顔になったけど。
お兄ちゃん達は、知らなかったみたい。
お父さんもお母さんも、聞いていたのだろう。
あたしが、もう長くないって。
だから、日記を書いた。
ていうか、もうそれは日記じゃなくって、家族に向けた手紙と化してしまったのだけど。
それには、みんなへの感謝とか、やってみたかったことなどを書いた。
みんなを悲しませたくないな。明るく、前を向いて生きてほしい。
と思いながら、日記の内容を思い返していると、後ろからフフフ、と笑い声が聞こえた。後ろといっても、あたしに視覚がないので、本当に後ろなのかなんなのか、ともかくそんな気がするとしかいいようがない。
視覚どころか、手や足の感覚もないし、においもしない。笑い声が聞こえたのだから、聴覚だけはあるのだろう。
死後の世界って不思議。
「君は面白いね」
その声は、若いのか老いているのか。男なのか女なのか。それを判断するような情報が全くないような声。ただ、この状況を面白がっているというだけ。ただし悪意はないと思う。
「そうかもね」
あ、あれ?
もしかして心、読まれてるっ?
「うん。心を読んでいるんじゃなくって、ここがそういうところなんだけど」
へぇー。心の声が出ちゃう世界?まあ、死後の世界なんだからしょうがないかー。
ていうか、あなたは誰?あたしが面白いって、どういうこと?
「誰だと思う?こういう受け答えが、面白いと思うんだけど」
目の前の声の主の、見えない笑みが深まった気がする。
誰だと思う、って。こういうところにいるってことは、神様?うーん、どちらかと言うと、女神っぽいかな?
一番最初の印象で、男でも女でもないって思ったのに不思議なんだけど。でも、面白がってはいるけど、その言葉に優しいものを感じているせいかもしれない。
「フフフ、優しいって、ありがと。女神かぁ。でも残念だけど、神様じゃあないんだよねぇ」
ええ、そうなんですか。神様じゃないならなんだろう?
そう思って意識を声の主に向けるけど、受け答えが面白い、と言っているように、答えを求めている訳ではないようだ。うーん、死後の世界には神様がいるんじゃないのかな?
うん?ここって、死後の世界だよね?神様がいないなら、死後の世界じゃない?
「いや、そもそもここは死後の世界なんかじゃないし」
え、そうなの?死後の世界じゃないの?
あれ、でもあたし死んだよね?
「うん、君は死んだよ。だけど、ここは死後の世界じゃない」
じゃあ、どこなの?
「それは、君には難しすぎて理解できないから、説明できない。それに、説明する権利もない」
へえ?よくわかんないや。だけど、そういうところがあるんだね。
じゃあ、あたし次どこに行かなければいけないの?天国か、地獄にいかなきゃいけないんだよね?
「フフフ、やっぱり君は面白い。普通、もっと取り乱すものだよ?」
そうですか?
でも、今更取り乱してもねぇ。
「そうかい。君は、天国にも地獄にも行かなくてもいい。…君は、転生するんだよ」