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07. Case Untouchables Close

 脱出しようと部屋のドアに移動する。

 だが、愛佳は動物達の檻の前から動こうとしない。何をしているのかと思っていると、彼女は言った。

飽浦(あくら)! この檻を全部壊して!」

「愛佳ちゃん、どうしてだい?」

 

 愛佳が言ったことを理解しかねたが、シナガワは察したらしい。

「動物達が逃げ回れば、中国マフィアの目がそちらに引き付けられる。そういうことか、愛佳?」

「そうだよ。相手を撹乱させてしまうんだ」


 シナガワの両目は固く閉ざされたまま。彼はしばらく黙考した後に言った。

飽浦(あくら)、俺は両目が見えず、状況判断ができない。ここは愛佳にまかせよう。お前はマフィアの警戒に全力を注げ」

「わかった。ただ、シナガワ、レッサーパンダは関税局に持ち込む一匹だけで良い。飽浦(あくら)治療法(セラビー)はまた今度だ」

「あんなに欲しがっていたじゃないか?」

「荷物は必要最小限にしないとね。僕は何が一番大切か知っているよ。レッサーパンダじゃない」

 そう言って、僕は動物達が閉じ込められている檻を壊すことにした。ホエザルが一際大きく吼えだした。



 フロアーは大騒ぎになった。中国語が飛び交い、マフィアがこちらに向かってやってくる。

 僕も愛佳も中国語はわからない。

「シナガワ、彼ら何て言ってるの?」

「侵入者を捕えろと言っているようだ」

 エレベーターホールは既にマフィアで埋まっている。とてもじゃないが、近づけそうにもない。

 仕方なく非常階段に向かって進む。

 僕がしんがりになって、近づいてくる中国マフィアを蹴散らしていると、前方で愛佳が警告を発した。

「非常階段は駄目みたいだ!」

 振り向いて見ると、非常階段からマフィアが出てくる所だった。前にも後ろにも目つきの悪い連中が群れをなしていた。

 檻に閉じ込められていた希少動物が放たれ、人数は間引けているものの、中国マフィアは人数が多い。

 対するこちらは三人。人海戦術でこられるとどうしようもない。

 手前にいるマフィアの胸ぐらを摘んで、投げ捨てても、また次の奴がやってくる。


飽浦(あくら)、左の細い道に入って!」

「愛佳ちゃん。そっちには非常階段がないよ」

「大丈夫だよ。さっきフロアーの地図を見た。従業員用エレベーターがあるはずなんだ」

「わかった!」

 かろうじて人の居ない脇道に入る。見てくれがみすぼらしいが頑丈そうなエレベーターがあった。見ればエレベーターは一階で止まっている。今から呼んでも時間がかかる。

 このままでは追い詰められてしまう。


飽浦(あくら)、エレベーターの扉を蹴破って!」

「どういうこと?」

「シャフトを滑り降りて、一気に一階を目指そう」


 愛佳の言葉が終わらない内に、僕はエレベーターの扉を蹴破った。

 大きな音をたてて、扉は吹き飛び、真っ暗なシャフトの中を落ちていった。

 結構、派手な音がしたので、気分がよくなる。ストレス発散には良いかもしれない。

 なるほど、シナガワやヘクターがドアを蹴破るのを止めないわけだ。

 今、何となく理解できた。






 従業員用エレベーターを降りきって、玄関ホールに出ると僕達は完全に囲まれていた。吹き抜けに中国語が反響している。

 黒背広が一重二重と僕達を囲んでいる。シナガワが手にしているペットケージの中でレッサーパンダが小さく吼えた。

 少し癒されたが、ここは神経を緩める所ではない。


「これは流石にまずいね。完全に囲まれている」

 僕の言葉を聞き取ったらしく、シナガワが愛佳に訊いた。まだ、シナガワは目が見えていない。

「愛佳、状況はどうなっている?」

「まずいね。でも、ここで強硬突破しないと、上に行っても退路がないはずだよ」


 何人の中国マフィアを突き飛ばしただろう。押し寄せる中国マフィアは岩礁に打ち寄せる波のように執拗で絶え間ない。

 僕一人で脱出なら問題はなかったろう。

 だが、目が見えなくなったシナガワと、愛佳を連れているともなると防御範囲が広過ぎる。

 どんどんと壁際に追い詰められてゆき、マフィアと僕との距離は狭まってきた。


 限界が近い。

 このままではまずい。

 ビル玄関にある自動ドア。そこまではもうすぐだが、人に阻まれてしまい、どうにも手が届かない。心を決めることにした。このままでは埒が明かず、全滅してしまうことになる。


「シナガワ、このままではキリがない。せめて、愛佳ちゃんだけでも何とかしたい」

「仕方あるまい。飽浦(あくら)、俺を置いて囮にしろ。騒ぎになるだろうから、その内に愛佳を脱出させるんだ」

 愛佳がそれを聞いて叫んだ。

「シナガワ、無茶苦茶じゃないか!」

「いいか良く聞け、愛佳。お前に怪我をさせると、俺達は自分が許せなくなる」

 愛佳は怒ったように言った。

「僕はシナガワを置き去りにするのはいやだ! 飽浦(あくら)何とかならないの?」


「……」

 愛佳の問いに答えられないでいると、駄目押しをするようにシナガワが言った。冷淡な口調は相変わらずだった。

飽浦(あくら)、愛佳を頼んだぞ」

「うん、わかった」

「シナガワ! 飽浦(あくら)!」 



 突然、大きな音がホールに響き渡った。

 音がした方を見ると、大きな自動ドアがこちらに倒れてくるのが見える。

 感嘆したくなるほどの見事な蹴破りっぷり。

 大きな声が木霊した。それは狼の遠吠えのようだった。


飽浦(あくら)! シナガワ! 無事かよっ!」

 中国マフィアの注意が自動ドアに集中する。真っ直ぐに立っていたヘクターは日本刀を構えた。

「手前ら全員どきやがれっ! 道を開けねえと峰打ちだけで済まねえぞっ!」


 いや、ヘクター。君の場合、峰打ちだけでも相当にシャレになっていない。

 そう思っていると、ヘクターが僕達の方に向かって真っ直ぐに突き進んできた。

 まるで暴走列車。どう刀を振り回しているのかわからないが、とにかく人が飛んでゆく。

 マフィア達はヘクターの勢いに逃げ散らし、まるで狼に追われる子羊のようだ。


 あっという間にヘクターが僕達の所に駆けつける。百戦錬磨の戦士は息も切らしていないようだ。

「大丈夫か、お前ら? 怪我はないか?」

「ヘクター、良く来たね。しかし、どうして僕達がここに居るのがわかったの?」

「ピンク髪をした女の子が来たんだよ。ティアラとか言ったかな? お前らが大変だって聞いて駆けつけたんだ。感謝しろよ」

 ティアラはアレクが居ない中、一人であちらこちらを駆け回っていたらしい。彼女はやっぱり心配性のようだ。

 だが、そのおかげで助かった。

 

 ヘクターが飛びかかってくるマフィアに剣を振り落とした。

 かなり鈍い音。

 峰打ちなのだろうが、泡を噴いているマフィアを見ていると、威力が半端ない。

 後遺症が残る可能性がある。

「取り合えず、このまま脱出するぞっ! おい、シナガワ、目が見えねえのか?」

「ああ、そうだ」

「仕方ねえっ! 俺におぶされっ! 一気に駆け抜けるぞっ!」

 ヘクターの大きな背中にシナガワがぶら下がる。


「うほ!」

 愛佳から何か聞こえたようだが、そこには触れないようにする。

 彼女に飽浦(あくら)治療法(セラピー)が施せなくなったことを少し悔やんだ。レッサーパンダを手放すのではなかった。


「しっかり掴まれよっ! これだけ相手が多いと手加減できねえっ! 乱戦になるっ!」

 シナガワがおぶさったことで、ヘクターの機動力がかなり減っている。

 ビル玄関までの空間は中国マフィアでびっしり埋まっており、それは河原の石を並べたかのようだ。

「愛佳ちゃんは僕におぶさって」

「わかったよ」



 中国マフィアは余りにも数が多い。ヘクターが来て、形勢が有利なうちに一気に押し切らなくては。

 壁添いに玄関の方へと向かう。

 

 すると、エレベーターからも、非常階段からも黒い背広が次から次へと吐き出されだした。玄関ホールに集まったマフィアの数。減らした以上に増えている。総力戦になるようだ。

 マフィアからの圧力が高まる。人波に押し流されてしまいそうだ。


 前に進んでいるヘクターにマフィアが絡み付いた。ヘクターは蹴り散らしたが、動きが弱ったのを見て、更にマフィアが飛びかかってくる。一人がしがみ付いていると、二人が押さえにかかる。それを振るい落とすと今度は四人が襲いかかる。


 僕はヘクターに絡み付いたマフィアを引き離しかかるが、どうにも数が多い。

 ヘクターは荒れ狂った雄牛のように暴れ回るが、それでも振るい落とせないでいた。

「畜生どもめっ! 手前ら、本気で叩き斬るぞっ!」

 ヘクターが苛つき、殺意を滲ませはじめた。

 まずい、このままだとヘクターは殺戮マシーンに変わってしまう。

 何とかしなければ。



 そこに矢が飛び込み、ヘクターを覆っていたマフィアを一掃した。ボーリングピンのようにマフィアは飛んでゆく。

 閃光のように差し込んだ矢は、壁に激しく突き刺って、大きく振動していた。凄い威力だ。

 矢が着ているジャケットは濃い緑色。何故か見た覚えがあった。

 引き抜くとマティウス。首がおかしな方向に曲がっていた。


 玄関を見ると、槍術使いが雄叫びをあげた。

「オレの投槍の餌食になりたくなければ消え失せろ!」

 矢ではなかったようだ。

 なるほど。投げ槍だったらしい。何事もよく聞かないとわからないものだ。


 投げ槍が意識朦朧の状態で喋った。うわごとのようで聞き取り難い。

「なあ、飽浦(あくら)

「何だい、マティウス君」

「あのさ。俺って良い男だよな?」

「ああ、今の君は輝いているよ」

 ガクリと首を落とす投げ槍。僕は前を進むことにした。槍のことなど構っていられない。


 しかし、アレクは悠馬を回収していたはずだ。彼はどうなったのだろう?

 悠馬を案じていると、その一瞬が命取りになった。僕にマフィアが絡み付く。ヘクターも手一杯のようだ。前に進むので精一杯で助けに来れない。


飽浦(あくら)! 伏せろ!」

 アレクから更に投げ槍が投擲された。相当にスナップが効いているようだ。猛烈に回転している。もはや、顔の判別すらできない。

 槍は唸り声をあげながら、僕に張り付いていたマフィアを切り裂いた。


 またもや、アレクから放たれた投げ槍が壁に突き刺さっている。引き抜いてみると悠馬。

 良かった。どうやら無事だったらしい。

 僕は槍に話かけた。

「悠馬君、無事だったんだ。良かった」

「いやいや、全然無事じゃないし! 死ぬかと思ったし! てか、死にそうだし!」

 喋れる所を見ると、まだ槍は元気そうだ。何とかなるだろう。

 僕は槍を捨て置いて、先を急ぐことにした。



 アレクの援護もあり、随分と楽になった。マフィアがじりじりと下がり始めている。

 そうすると、背中から愛佳の声がした。

「あれってダリアさんじゃないの?」

 玄関の方を見れば、封をした壷を手にして立っている。

 頭の中でアラーム音が鳴り響く。


 先に言っておこう。ダリアは非常に良い子だ。素直で純粋で無邪気。世の中の汚れに汚されず、純真なままに育った。

 そうだ。彼女はいつだって悪くない。


 ただ、ダリアは時々、状況判断がおかしい場合がある。

 彼女の兎耳は正義感に燃えていた。天を突き破るように兎耳は伸ばされている。相当に怒っていらっしゃるご様子。彼女は大きな声で言った。兎の悲鳴のようだった。

「ケンカを止めさせないとっ! 皆、仲良くしないとっ! ケンカやめなさーい!」


「あっ、ダリアちゃんが壷を開けた。何のクスリなの、ヘクター?」

「やべえっ! 幸福感を高めるクスリとか言ってたっ! 俺まで巻き添えかよっ!」

「大麻草が原料だったよね、確か」


 壷から出てきた白煙が見る見る間にフロアーを覆ってゆく。まるで冷凍庫から噴き出す冷気のようだ。白煙は地を這いながらこちらへと進んでくる。


「白煙に包まれた人が笑いだした! ダリアちゃん一体何を作ったの!」

「まずいっ! 息を止めなくてはっ!」

 言っている間に白煙が僕達を包んだ。


 甘い臭いが鼻の粘膜をくすぐる。そうすると何か気分が軽くなってきた。

 いや、軽くなりすぎだ。気分がよくなるのを通り越し、何だか可笑しくなってきた。

「ヘクター! これ笑気ガスだよ!」


 ケージの中に入ったレッサーパンダまで笑い始めた。ケージを激しく叩いている。

 耐えられないとばかりに、ヘクターが噴き出し始めた。

「はははは、笑えねえよっ!」

 シナガワまでが爆笑している。

「はっはっはっはっ、愛佳は大丈夫か?」

 いつも無表情なシナガワが大笑している。これだけ笑うと後の揺れ戻しが恐ろしい。

 愛佳の方を見ると、彼女も大きな口を開けて笑っていた。

「アハハハハハハハハハ! アハハハハハハハハハ!」

 ただ、彼女の目は笑っていなかった。だが、僕もついに耐えられず笑ってしまった。

「あははは、シナガワ、後が大変なことになると思う」


 笑い過ぎたマフィアは戦意を喪失しているようだ。

 道は確実に開けている。ダリアのクスリもまんざらではない。これで逃げることができる!

 僕達は間違いなく、脱出できるだろう!



 倒れ始めたマフィアの中を通り抜けていると、高笑いが聞こえてきた。

 笑気ガスのせいではなさそう。心の底から笑っている。


 聞き覚えのある高い声がホールを切り裂いた。

「王女様からの直々の命令を受けて、タニヤさんの登場よ。このクスリ、たった今完成したばかりなの! すごいのよ! コレすごいのよ!」

 ここに来て女テロリスト。彼女の声は興奮でうわずっていた。


 タニヤの手には鉛の薬瓶。

 まずい! 追い討ちがかかる予感!

 このままでも僕達は脱出できる。オーバーキル。これ以上の戦力投入は誰もが不幸せになる。


 タニヤがすごいと連発していることから考えると、相当にすごいのだろう。

 僕は身の危険を感じた。

「今度のはすごいんだから! 名付けて中性子爆薬! 皆、まとめて吹き飛んじゃいなさい!」


 ヘクターはことの事態を把握していないらしい。

飽浦(あくら)、何だあれ? 何か放り投げられたようだが?」

「ヘクター、伏せて! タニヤちゃんはヤバいんだ!」


 視界が真っ白に染まった。

 音も何も聞こえない白い世界が僕達の世界に降りてきた。

 魂が身体から引きはがされる気配。僕の背中に羽根が生えたかもしれない。

 僕は自由だ!


 目の前で生まれた太陽は余りにも眩しかった。

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