04. Case Tanya Close
タクシーを捕まえ、僕達四人は乗り込んだ。タニヤは助手席へと座り、後部座席に男が三人も並んだ。
冗談ごとではない。隣が女性ならともかく、男三人がすし詰め状態。
窓からマティウスを放り出そうか?
そんなことを考えていると、シナガワが電話を始めた。噛み付くように色々と情報を引き出している。
電話が終わった後、誰と喋っていたのか訊いてみた。
「また、ハッカーに連絡していたの?」
シナガワは憮然とした表情で呟いた。
「ああ、そうだ。二人を取り戻すだけなら面倒はないが、放射性物質が欲しいとなるとな」
僕達が到着したのは大学の近く。前には道路が通っており、車が行き来していた。
「ここだな、タニヤ? ティアラとアレクが連れて行かれた大学というのは?」
「そうなんですよ! この大学なんです! あっ、気付いたんだけど、ここでもクスリを研究していたりするのかしら?」
まずい。
タニヤのアンテナが伸びだした。彼女のイマジネーションを刺激してはならない。騒ぎが収拾できなくなる。
僕は注意を逸らす為にシナガワへと話かけた。
「ここで誰を待ってるの?」
「原子力研究をしている博士だよ。作業員の発注もそいつがしている。すぐ帰宅時間になる。もうちょっと待て」
しばらくすると、白い車が大学の門から出てきた。洗練されたデザインは流線型で、大学の知的な雰囲気に溶込んでいる。電気自動車で音も静か。地球にも随分と優しそうだ。
その車が僕達の目の前を通り過ぎようとしている時、シナガワが言った。
「今だ、飽浦。マティウスをあの車にぶつけろ!」
「ん? 何だいそれ?」
「いいから、早くしろ!」
「わかった」
僕はマティウスのベルトをしっかり掴み、白い車に投げつけた。
彼は矢のように真っ直ぐに飛んでいった。
白い車の側面部にマティウスが着弾。凄まじい音がした。
バンパーは外れ、車体は大きく歪み、ドアは吹き飛んでしまった。外れた車輪が道を転がり、エンジンからはスパークが散っている。まるで、戦車砲を喰らったかのようだ。
マティウスはアスファルト道路にバウンドして動きが止まった。彼はもう再利用できないかもしれない。
白髪の博士が慌てて降りてきた。正体を失い、大騒ぎをしている。
シナガワはそこへと歩み寄る。
「やあ、博士。人身事故だな、これは」
「わ、儂は知らんよ。勝手に飛び込んできたんだ」
確かにそうだ。マティウスが勝手に飛び込んだだけ。
だが、ことの成り行きを見守ろう。
道端でマティウスが痙攣しているようだが、彼なら大丈夫。マティウスはできる子だ。
「勝手に飛び込もうが何だろうが、この国では人を跳ねれば人身事故なるんだよ。知らないのか?」
「……」
博士はよれた白髪を掻きむしっていた。研究に明け暮れ、法律には詳しくないらしい。
シナガワはそれを見付け、一気に畳み掛ける。
「さて、警察に電話だ。現場検証をさせなくてはな。人身事故は刑事事件。禁固刑になるかもな」
マティウスの痙攣は段々と酷くなってきた。ひょっとしたら、やり過ぎたかも知れない。
次は気をつけよう。
「飽浦。お前も見たよな、マティウスが跳ねられたのを?」
シナガワからアイコンタクトが送られる。彼が何を言わんとしているか、僕にもわかった。
僕は頷くことにした。
「うん。僕はしっかりと見た。白い自動車がマティウスを跳ねたんだ。タニヤちゃんも見たよね?」
「見ましたー。スゴく飛んでたよね。マティウス君が格好良いと思ったのは始めてかも」
博士は魂を消し飛ばしそうになっている。唇が真っ青になっていた。だが、シナガワは追い込むのを止めようとはしない。
「証人は揃った。現場検証がどうなるか楽しみだな。まあ、お前にとっては何てこともあるまい。使い捨ててきた作業員の人数を思い出せ。人身事故など大した問題ではないだろう?」
「助けてくれ」
「作業員二人を返せ。中国マフィアに言って別の奴でも調達してろ。それと放射性物質も頂きたい。さあ、博士。お前の頭は良いんだろう? 取引をしようじゃないか」
ガラスで仕切られた向こう側の部屋にマティウスが入っている。その部屋の中には大袈裟な鉛の部屋があり、やはり鉛のドアが付いていた。
タニヤが言った。
「そうそう、マティウス君。そのまま真っ直ぐ。その大きな扉に入るのよ!」
スピーカーからマティウスの暢気な声。
「このドアか、タニヤ?」
言うまでもなく、マティウスが入っている部屋は放射性物質が置かれている。
マティウスは防護服すら着ていない。タニヤが面倒くさがり、マティウスをそのまま放り込んだのだ。
まあ、彼は筋肉質で頑丈だ。現に事故の後だというのにピンピンしている。放射線も案外と跳ね返してしまうのかもしれない。多少、ドキドキするけれど。
「そうそう。その部屋に入ると放射性物質があるらしいの。渡した薬瓶に入れてきて」
「この鉛のクスリ瓶か? また、変なクスリ作ろうとしやがって。仕方ねえなあ」
マティウスは鉛の部屋へと消えていった。開かれた鉛のドアはかなりの厚さだった。
しばらくして、マティウスが出てきた。彼は嬉しそうに両手を振っている。
「おーい、タニヤ。ちゃんと取ってきたぞ! 何だ、楽勝じゃねえか。大したことなかったな」
「マティウス君、ご苦労様」
「ん? 歯茎から血がでてる。何だこれ?」