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03. Case Tanya

 ダリアは何とか救出できた。薬草はお目こぼしをしてもらえたらしい。クスリの調合をしなくてはならないとかで、足早に去っていった。

 彼らを元の世界に戻すには、彼らの舌先に闇の滴と無の滴を落とし奇跡を呼べばいい。だが、それはもうちょっと後にする。


 診察室のドアはヘクターに修復してもらった。彼が部屋が出る時にはドアを蹴破らなかった。

「じゃあな、シナガワ、飽浦(あくら)。今回は助かった」

「ありがとう、シナガワさん、飽浦(あくら)さん」

 ダリアは兎耳を小さく下げてお礼を言った。可愛いものだ。


「やれやれ、今回も大変だったね」

 僕が言って、シナガワを見ると相変わらずの無表情。こともなげに彼は言った。

「まあな」



 シナガワの言葉が終わらない内に、タニヤがドアを爆破した。

 一枚板だったドアは木片と変わり、轟音と共に診察室の壁が吹き飛んだ。破片となった鉄骨が部屋内を飛び回り、騒がしい音を立てた。落ちてくる破片は雨のようだった。まるで地獄の底を覗いた気分。

 もう何も言いたくない。


 もうもうと爆煙があがる中、二つの人影が診察室に入ってきた。見ればマティウスとタニヤ。

飽浦(あくら)さーん、シナガワさーん。元気ー!」

 タニヤは僕の姿を見付け、嬉しそうに手を振っている。僕の頬は引きつった。

 マティウスとタニヤは別の物語世界、アウラヴィスタ国からやって来た。そこで、王女を囲んで騒がしい日常を送っている。

 アウラヴィスタ国の主要輸出品はテロリズム。おかげでこちらの世界も随分と騒がしくなってしまった。


 シナガワが嬉しそうに二人を迎えた。

「マティウスとタニヤか? 元気そうだな」

 マティウスもやっぱり嬉しそうに返事を返してきた。

「おおっ、シナガワじゃねえか。元気そうだな。それに飽浦(あくら)も。てか、相変わらず、汚え部屋だよな。掃除しろよ」


 誰のせいでこんなことになっていると思っているのだろう?


 粗野な口調でズケズケと言うマティウスは王女の護衛。育ちの悪さが言葉に出ている。

 その態度に僕の麗しい眉間にシワがよりかけるが、ここは我慢。僕は大人だ。


 そうそう、マティウスは基本は良い奴らしい。以前にタニヤがそう言っていた。

 黄緑色の髪はボサボサで、雑草のように伸びている。ガソリンをかけて火を放てば、さぞかしよく燃えることだろう。水色の瞳はまるで色褪せたポリバケツの色。水を注げば底から水が漏れるに違いない。深い緑色のジャケットは黴びたフロアマットのような色をしている。

 

「まさか、壁一面が吹き飛ぶとは思わなかったわ。ビックリさせるつもりだったのに。私までビックリしちゃった」

 そう言うタニヤの髪はハニー・ブロンド。金を溶かした川のせせらぎは甘い輝きを放っている。白い肌は象牙のように滑らか。瞳にはいくつも星が宿っており、線を結べば星座ができるだろう。星座の名前はイタズラ座。楽しいことが大好きな彼女はクスリを開発しては世間を騒がせている。

 侍女と聞いてはいるのだが、その片鱗は伺えない。彼女の背後には荒野が見える。


 ハニー・ブロンドの女テロリストは言った。

「実は大変なのよ!」


 大変なのはこっちの方だ。

 壁を吹き飛ばされて大変だと思わない奴が居るのなら是非とも紹介して頂きたい。


 今回、ドアは粉みじんにされ、診察室の壁まで吹き飛んでいる。ここまでとは予想もしなかった。

 薬屋の娘であるというタニヤの新薬。彼女はまた爆薬を作ったようだ。今度の爆発力は激しく、前回に比べ飛躍的な進化を遂げている。タニヤは日夜を徹し、骨身を削る努力をしているのだろう。

 思うのだが、彼女の努力はきっと人を幸せにはしない。


 とりあえず、挨拶だけはしよう。

「やあ、タニヤちゃん」

飽浦(あくら)さん、こんにちは。実は大変なんです」

 タニヤはやたらと大変という言葉を押し付けてくる。これは明らかに釣り針。食い付いてしまうとトラブルに巻き込まれそうだ。話題を変えよう。

「そうなんだ。大変なんだ。ところで、タニヤちゃんは今日もキレイだね。ルージュを変えたの? とっても良い色だね」

「わかります? 嬉しいなあ、飽浦(あくら)さん。うちの男共って鈍いから、頑張りがいがないのよね」

 頬に手を当てて喜ぶタニヤ。

 上手く意識を逸らすことができた。

 タニヤが主張している大変なことなど、なかったものにしてしまおう。


 僕はマティウスに話を振ることにした。このまま、別の話題をねじ込もう。

 タニヤは言った。うちの男共って鈍いから、頑張りがいがないのよね、と。

「マティウス君。女性が髪型を変えたり、お化粧を変えた時は、ちゃんとどう思うか言ってあげなくちゃ」

「ええ、冗談じゃねえよ。面倒くせえ」

 それを聞いてタニヤが奮然とした面持ちをする。

 話に食い付いてきた。実に良い感じ。

「面倒くさいじゃないわよ、マティウス君! 姫様もお化粧変えた時、君にどう思われたかで悩んでたりするんだからね!」

 マティウスは王女であるティアラと恋人同士。隙あらば妄想をして鼻血を出すマティウスは、粗野な所があり、ティアラにもそっけなくしているのかもしれない。

 ティアラはどちらかというと引っ込み思案。彼が積極的にならないと、ティアラは悩むことになるだろう。


 僕はタニヤ側につくことにする。話の流れ的にはその方が無難だ。

「化粧品は色々な種類があるからね。綺麗になるとか、可愛くなるって、簡単なことじゃないんだ。男性はちゃんとわかってあげないと」

 それを聞いてタニヤは嬉しそうに歓声をあげた。

飽浦(あくら)さん、流石! マティウス君、よく聞いておきなさい!」

「えっ、何? 俺、責められてるの? どういうこと? 何で俺が責められてるの?」

 もちろん、僕にトラブルを持ち込まれるのを防ぐ為。

 それにしても、マティウスの煮え切らない態度は実にじれったい。背筋に鉄骨を差し込んでやりたい所だ。


 僕はマティウスを教え諭すことにした。

「ティアラちゃんも何らかのサインを出しているはずだよ。何か聞きたそうにしているとか、そういうのってないかい?」

「あっ、言われてみたらあるかもしれねえ」

「ほら」

「でもなあ、そういうのって照れくさいじゃねえか」


 言い逃れしようとしてるマティウスの態度を見ていると、じれったいを通り越してイライラしてきた。

「マティウス君。ティアラちゃんは誰の為にお化粧していると思っているんだい?」

 それを聞いて、タニヤが我が意を得たりとばかりに喜びの表情を見せた。

「ですよね、飽浦(あくら)さん。もっと言ってやって!」

「女性の期待には応えなくちゃ。それが良い男性の条件だと思うよ」


 言ってやった!

 僕の気分は天井知らず。良いことを言うと、魂のレベルがあがる気がする。胸の内がすっきりして、晴れやかな気分になった。

 マティウスは腕組みをして唸りだした。思い当たる節があるのだろう。自分の世界に沈んでいった。


 タニヤも気分が良さそうだ。

 侍女ともなると、王女であるティアラの側にいつもいる。さぞかし、煮え切らないマティウスにヤキモキしていることだろう。ねぎらいの言葉をかけることにした。

「タニヤちゃんも大変だね」

「そうそう。今まさに大変なんですよ。飽浦(あくら)さん」


 しまった!

 僕は心の中で舌打ちをする。

 タニヤから言葉の魚雷が発射された。彼女の唇が何か言おうとしている。

 両手は胸の前で組まれ、既に全力アピールの体勢に入っている。


 面舵一杯。ヨウソロー。緊急回避をしなくては!

 別の話題を振ろうとマティウスの方を見ると、彼は自分の世界に入っていた。

 だめだ! 回避不能だ!


「姫様が攫われたの。シナガワさん、飽浦(あくら)さん。救出してあげて!」

 核魚雷が炸裂した。テロリストはハイテク化していたようだ。予想外の威力に僕は驚愕した。

「ええっ! ティアラちゃん、また攫われたの!」


 世の中には二種類の人間がいると思う。

 攫われる者とそうでない者。ティアラは明らかに前者。

「うん、そうなの。アレクもやっぱり連れて行かれちゃって」


 ジャックと豆の木の話を知っているだろうか?

 その話では、ジャックの豆は一夜のうちに巨木へと変わり、雲を突き抜けて天上の世界まで届く。

 僕の頭の中にある頭痛の種。それはジャックの豆だ。みるみる内に巨木へと変わり、後頭部を突き破って空へと一直線。僕の頭は引き千切られ、天上の国へと発射してしまいそうだ。


 シナガワは無表情だったが、目の下が少しばかりピクピク動いた。死んだカエルの足に電流を流したら、こういう反応を見せるだろう。目がやっぱり死んでいた。

「大変だったな。タニヤ。ところでティアラは誰に攫われたんだ?」

「中国マフィアです。連れて行かれた所には怪しげなマークがありました。そうよね、マティウス君?」

 自分の世界に沈没していたマティウスは話についていけてない。

 顔を上げて左右を見回し、曖昧な返事をした。

「何の話だ? マークって何だ?」

「姫様とアレクが攫われて、連れて行かれた所にあったでしょ? ほら、黄色の背景で! 何かマークがあったでしょ?」

「攫われた?」

「私はマークの話をしているの!」

「ああ、あれかよ。中央に小さな円があって、それを扇形三つが囲んでいたよな。タニヤ、そのこと言ってんの?」


 僕はやっぱり嫌な予感がした。

「えーと、それって放射能マークじゃないの?」

「そう! それなのよ! 飽浦(あくら)さん! 私が言いたかったのはそれなのよ!」

 タニヤの瞳が輝いた。

 だが、どうも様子がおかしい。輝き過ぎだ。キラキラではない。少し濁ってギラギラしていた。


 シナガワがタニヤの変化に気付いたらしい。質問を差し込んだ。

「ちょっと待て、タニヤ。お前ひょっとして、放射性物質が欲しいのか?」

「ええと」

 タニヤの目がバタフライを始めた。泳ぐどころの騒ぎではない。もはや、タニヤの瞳のありかがわからない。


「えっ、マジで? ティアラとアレクってヤバい所に連れて行かれたのかよ! てか、攫われたって何だよ! お前、勉強の一貫ですとか言ってたじゃねえか!」

 マティウスが信じられないという顔をしてタニヤを見つめた。

 どうも怪しい。タニヤの陰謀の全貌が見えない。かなり手が込んでいそう。


 今ある情報を整理して考えてみよう。

 ティアラとアレクは放射性物質と関連した所に連れて行かれた。

 タニヤとマティウスの見解が大きく違う。

 タニヤは放射性物質が欲しい。 

 そして、ポイントはこれだ。タニヤはテロリスト。

 僕の推理はこうだ。主犯者はタニヤ。彼女はティアラとアレクを騙し、放射性物質と関連した所に放り込んだ。その動機は放射性物質が欲しいから。


 タニヤ容疑者が両手を振って自己弁護を始めた。

「だって、仕方ないじゃない! 新薬の開発の為に必要だったんだもの! もっともっと爆発力が欲しいじゃない!」

 タニヤの中では手段と目的が完全に入れ替わっている。ここまで突き抜けると清々しい。


 シナガワの頭痛の種もジャックの豆らしい。頭を押さえていた。発芽しかけているのかもしれない。

「整理するとこういうことか、タニヤ。お前は放射性物質を手に入れたい為にティアラとアレクを攫わせた」

「少しだけ違います! 攫わせたのではありません。中国マフィアが放射性物質を扱う作業員を募集していましたので、王女様とアレクを放り込みました!」


 基本的に放射性物質を扱う作業員になりたがるものはいない。

 何故なら危険な作業だと、多くの人が知っているからだ。だが、危険だと知らない者だっている。

 中国マフィアが現れて仲介を始め、何も知らない連中を突っ込んでいるのだろう。


 シナガワは呆れたように言った。

「俺と飽浦(あくら)を突っ込んで大騒ぎをさせ、その隙に放射性物質を手に入れる。そういうシナリオか?」


 タニヤに皆の視線が集まる。タニヤはしばらく無言だった。

 そして、彼女はニッコリ笑って、舌を出した。

「てへ、バレちゃった」


 かわいいな。

 僕の頭の中で沢山のバラの花達が咲き乱れる。百花繚乱。バラ達は爆発的な勢いで花びらを開いている。中には余りの勢いで花首から花を飛ばしているのもあるようだ。もはや、咲きたいのか、散りたいのかわからない。


 まあ、いいだろう。全てはマティウスが悪い。後で理由を探しておこう。


 シナガワはまだ納得しきれていないようだ。タニヤに質問を続けた。

「しかし、アレクなら大立ち回りをするはずだがな。相当の槍使いだったじゃないか?」

「入口は中国マフィアで怪しげですけど、実際に作業する場所は大学ですからね。連れて行かれた所はアカデミックな雰囲気がしていたから、疑っていませんでした」


「また、面倒なことを。被爆したら、取り返しがつかなくなるんだぞ?」

「だから、大変なんです。シナガワさんと飽浦(あくら)さんなら何とかしてくれるはずですし」

 タニヤの目は勝利を確信している。


 シナガワが短く息を吐いた後、僕の方を見た。

「大した女だ。仕方ない。行くぞ、飽浦(あくら)

「僕は嫌だね。トラブルの渦中に入りたくない」


 僕の言葉をシナガワは聞いていないようだ。彼は鼻で笑った後、確認をするように言った。

「なあ、飽浦(あくら)、お前は良い男なんだろ?」

「ん? 当然じゃないか? 僕は美しいし、とても良い男だよ」

「良い男は女の期待に応えなくてはならない。そう言ったのは誰だ?」


 男とは悲しい生き物だ。


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