01. Case Hector
halさんから頂きましたイラストです
左がシナガワ君で、右が飽浦くんです
halさんのページはこちらですっ!
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この小説は以下の小説のコラボ作品です
是非是非おたちよりください!
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作者:Reght
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タイトル:リリス・サイナーの追憶 嘘つき二人
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作者:hal
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タイトル:兎は月を墜とす
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作者:福山陽士
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王女と護衛×2と侍女の日常【連載版】
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王女と護衛×2と侍女の日常【おまけ】
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「It was known as “accuser” in the Job, blood-sucker.」(そいつはそもそも「告発者」だったんだよ、ファック野郎)
あの時の彼は僕に向かってこう言った。そして、僕はこう返したものだった。
「Who cares, it.」「知ったことじゃないね、イット」
精神科医とはデリケートな職業だ。
訪れる患者は誰もが悩みを抱えている。生きていれば誰だって悩みの一つはあるもの。精神科医だって例外ではない。
鏡の前で僕はため息をつく。
余りにも僕は美しすぎる。
悩みを解決するのが僕の仕事だが、この悩みだけは解決できそうもない。
ネクタイの結び目を確認していると、すっかり鏡に目が奪われてしまったのだ。
僕のプラチナ・ブロンドは夕日に映える麦穂よりも豊かで優雅。白い肌は雪の結晶よりも繊細で、瞳は北極海に浮かぶ氷河より青い。細い眼鏡フレームはシャープで、美しさを更に研ぎすませる。
僕は美の元素で構成されている。美の原子核は融合しかけて爆発寸前。まさにビューティー核爆弾。美の概念を根底から揺るがしかねない。
戻って来れなくなる所だった。鏡は危険過ぎる。これからは注意しなくてはならないだろう。
僕は診察室へと入り、椅子に座る。そして、PCの電源を入れる。精神科医をする上で、PCは決して手放せない。まさに文明の利器。僕の診察スタイルもPCを導入したことで随分と変わった。
そろそろ患者がやって来る時間。
患者達は僕の前にあるソファーに座り、悩みを打ち明ける。
世の中は矛盾だらけだ。患者の悩みは後から後からきりがない。彼らは診療時間中、自分の悩みをマシンガンのように語り続ける。
人の悩みを真面目に聞くのは非常に大変。聞いてるだけでも疲れてくる。しかし、PCを導入してからというもの、この大変さはかなり軽減された。
僕は患者が喋っている間は、ネット探検することにしている。
最近のお気に入りはレッサーパンダの動画。可愛らしい毛玉のような彼らを見ていると、患者の言ってることなど、どうでもよくなる。
患者達にも好評なようだ。適当に頷いてさえいれば、彼らはスッキリした顔をして帰ってゆく。
レッサーパンダを見ていると、全ての問題は解決。
人々の悩みは吹き飛び、人類はハッピーになれるだろう。
僕はこれを飽浦式治療法と命名したい。
おや。
ネットを探検していると興味深い記事を見付けてしまった。思わず記事に意識が吸い込まれる。ブログなのだが、面白いことが書いてある。
ふむふむ。
そうすると、シナガワがドアを開いて入ってきた。
蹴破られていない!
その上、診察室のドアは普通に閉じられる!
どうしたことだろう。シナガワが居るのにドアは蹴破られていない。
僕の治療法は間違っていなかったようだ。
飽浦式治療法。その内、僕の診察室を中心にして全世界に広まるだろう。やはり、世界は僕を中心にして回っている。
そんなことを考えていると、シナガワは酷薄そうな唇を開いた。
「飽浦、精神科医の飽浦先生様よ」
黒いコートのポケットに手を入れ、相も変わらず荒んだ雰囲気。髪は鴉のように黒く、切れ長な目に油断は見付からない。
そもそも彼はアンダーグラウンドの住人。僕も東欧から来た時に、戸籍を売ってもらったりだとか、精神科医のライセンスを売ってもらったりだとか、色々世話になったものだ。
シナガワがまた何かを言い出す雰囲気を察知して、僕はPCへと意識を戻す。また、トラブルを持って来たに違いない。
レッサーパンダの動画でも見て気分を安らげようとしていると、先程読んでいたブログ記事が目に入った。
なるほど、僕はシナガワを褒めなくてはならないらしい。
シナガワはドアを蹴破るのではなく開けた。これは良いことだとシナガワに覚えさせなくてはならない。
その記事は褒め方や叱り方について丁寧に書かれてある。
やった行為が良いことなのか、悪いことなのか、わかりやすい態度で示すのが重要と書かれてあった。
また、記事を読んでいると、新しい発見もあった。
どうもシナガワは主従関係を理解できていない可能性がある。
これは良くない。僕は少し反省した。これからはシナガワの躾に真面目に取り組もう。
忍耐が必要なのだと、犬の調教師のブログに書いてあった。
「グッド・ボーイ、シナガワ。グッド・ボーイ」
「何を言ってるんだ、飽浦?」
「シナガワはドアを蹴破らなかったからね。褒めなくちゃならないんだ」
「何を言っているのやら。また、レッサーパンダの動画を見ているのか?」
「今回は違う。確かに彼らは可愛らしいけどね。飼いたいなあ、レッサーパンダ。セラピーでも使えると思うんだ」
「馬鹿を言え。原則的には輸入禁止だ。関税局が目を光らせている」
「原則的に? どこかで買えるような口振りだね? どこで売っているの?」
「中国マフィアだ。密輸してるんだよ」
シナガワはアンダーグラウンドの住人。丁度いい。おつかいに行ってきてもらおう。
「そうか。それは良かった。シナガワ、僕の変わりに買ってきてよ」
「冗談だろ? それにしても、さっきから何を見ている?」
シナガワがそう言って、僕のPCを覗き込む。相変わらずの無遠慮さ。
彼はPCに表示されている記事を読み、顔をしかめた。
「何だこれは?」
「シナガワはいつもドアを蹴破るからね。どうしたらその悪癖が治るかと思ってさ」
「また、訳のわからないことを」
そんなことを会話していると、ヘクターがドアを蹴破った。
診察室の一面は爆発したように砕け散り、小さな破片が銃弾のように飛び交う。舞い上がる粉塵。まるで戦場のような有様。
木でできたドア枠は裂け、生木の地肌が露出している。白い壁には亀裂がはいり、隙間から赤黒い鉄骨が覗いていた。
呆気に取られていると、ヘクターは元気よく言った。
「大変だっ! お前らちょっと来てくれっ!」
ヘクターは別の物語世界、ヨルドモ王国からやってきた戦士。
カール気味の短髪は黒く、野性の雰囲気を漂わせている。睫毛は長く、アイラインもしっかり。筋肉は細すぎず、ほどほどに凶暴。
かつては狼と言われていたのだそうだ。
狼のように走り、狼のように吼え、狼のようにドアを蹴破っていたのだろう。
僕はヘクターも躾けないといけないらしい。
「バッド・ボーイ、ヘクター。バッド・ボーイ」
「何だよ、それっ! 意味がわからねえ! おい、シナガワ。飽浦は何を言っているんだ?」
「どうでもいい。ところで、ヘクター。何か問題でもあったのか?」
言われてみれば、ヘクターの額に汗が浮かんでいる。急いで来たらしい。
「ダリアが攫われてしまったっ!」
僕は思わずため息をつく。
ダリアはヘクターの恋人で、やはり僕達とは異なる物語世界からやってきた。
兎耳をつけた可愛らしいレディー。イチゴを思わせる唇は紅く、大きな目は麗しくて、悩ましい。肢体はほっそりしながらも、大地の豊かさを感じさせる。まさに豊穣のシンボル。
彼女は可憐で可愛らしいのだが、まれに状況判断がおかしい時がある。
ダリアはどういう訳か、この世界にやってきては攫われる。もはや、遊びに来ているのか、攫われに来ているのか。僕にはわからない。
ウンザリとした気分で椅子に腰掛ける。またトラブルの卵が持ち込まれた。
シナガワが質問をする。
「ヘクター、ダリアはどんな奴らに攫われたんだ?」
ああ、騒ぎが段々大きくなる。
ダリアが導火線で、ヘクターが雷管だとすると、シナガワが爆弾。今回もさぞかし派手な爆発をするのだろう。いっそできることなら地球ごと吹き飛ばしてもらいたい。
「相手は大規模組織だ。徒党を組んでいやがる。訓練も相当に積まれている。俺も追いかけたんだが、どうしようもなかった。こちらの世界じゃ勝手がわからねえ」
ヘクターの言葉に僕はビックリした。
「えっ? ヘクターが阻まれた? 冗談だろ?」
ヘクターは相当な手練。ダリアを追いかける彼は暴走列車。立ちふさがれば、敵も味方も平等に跳ね飛ばされる。
その行方を阻むとは、余程の訓練を積んでいる。人数もかなりの規模と予想された。
ヘクターは続ける。
「それに妙な魔法を使いやがる。鉛の弾が飛んできた。俺もレイピアなしじゃ分が悪い」
鉄砲まで出てきた。相手は武装化もしているらしい。
シナガワが不審げな顔をした。納得いっていない様子。確かにヘクターが苦戦したとは信じにくい。
「最近のマフィアは元軍人もいるからな。そういう手合いなのかもしれない。しかし、ダリアは何をしたんだ?」
「薬草を買ってただけだ。そうしたら、変な集団が出てきて、ダリアを攫っていった。車に乗せられちまって、追いつけなかったんだ」
どうも嫌な予感がする。今度のビックリ箱はどういう仕掛けなんだろうか?
僕は怖々ヘクターに訊いてみた。
「ええと、ヘクター。何て薬草を買おうとしていたの? 一応、訊いておきたいんだけど」
「大麻草だったかな? クスリの調合で材料が足りなかったんだ。幸福感を高めるクスリを作るとか言ってたな」
シナガワは無表情に言った。
「待て、ヘクター。ダリアを攫っていった乗り物なんだが、赤いランプがついていなかったか?」
「流石だな、シナガワ。サイレンを鳴らして去って行った。良く知っているな? 救出しにいこう」
僕は深い深いため息をついた。
ダリアは大麻を買っていた所を見付かり警察に捕まった。容疑は大麻取締法違反。
つまりはそういうこと。ヘクターとダリアは異世界の住人。こっちの世界の制度など知らない。
頭の中にある頭痛の種が弾け、ポップコーンのように跳ね回る。頭が痛いどころではない。頭蓋骨を突き破り、頭痛の種が飛び出てきそうだ。
「仕方ない。行くか、飽浦?」
シナガワも少しばかりウンザリしているようだ。ため息はついていないものの、目が死んでいた。
僕は黙秘を決め込んだが、シナガワは喋るのを止めない。
「精神科医は悩みを解決するもんなんだろ?」
「メンタル的だけどね」
「ダリアが攫われたのを放っておいて、お前はハッピーで居られるのか?」
ヘクターを見れば、ダリアの元に直ぐにでも駆けつけたそうにしている。焦がれる気持ちを抑えるのも大変だろう。ヘクターの気持ちもわからないでもない。
仕方がない。大人になろう。
「わかったよ。ダリアちゃんを助けにいけばいいんだろ?」
それを聞いて、シナガワが薄笑いを浮かべた。
「グッド・ボーイ、飽浦。グッド・ボーイ」