赤の世界 -1
~赤の世界~
降り立った場所。そこは赤く紅葉が綺麗な山だった。
まだ初夏にもなりかけていなかったはずなのに、この降り立った世界は赤く染まっていた。一体何が起きたのだろう。私は思い出してみた。
久しぶりに田舎に行って、祖父が見ていた視線の先にあった鏡を見つめた。中に綺麗な顔をした、顔の半分が髪の毛で隠れている一見女性のような顔立ちの男性。頭にウサギの耳をつけていたその人に手招きされた。私は綺麗なその顔に、いやその人に魅せられて吸い寄せられていった。鏡の中にしか映っていないその人に吸い寄せられて。
気がついたら、鏡の中に吸い込まれていた。
外に出ると、庭いっぱいに赤と白の市松模様の上に人が立っていた。真っ赤なドレスに身を包んだ女性、赤の女王と呼ばれていたその人に言われた。
「このマスを9つ前に進めたら何にでもなれる」
というようなことを言われた。
私はあのウサギ耳の彼に言われて盤の上にあがったんだ。そして、一歩前に足を踏み出した。そこまでは覚えている。その瞬間に落ちてきたんだ。そう、この真っ赤なもみじの下に。私はあたりを見渡した。
声が聞こえる。
女性の声だ。誰かの名前を呼んでいるのが解る。私はここがどこなのかもわからないため、その声のする方に歩いていった。緩やかな山道。広い道だ。多分車でも通れるくらいの広さ。私はゆっくりと声のするほうに降りていった。遠くからその女性が見えた。
小学生か幼稚園の遠足なのだろうか。
何人かの子供を引率している。そして、名前を呼んでいるのだろうか。
ずっと「キトくん?キトくん?」って呼んでいた。優しそうな雰囲気の女性。
すこし緩やかなパーマがかかっている髪は黒くそして短かった。ピンクのエプロンをして、旨に白いウサギが書かれていた。かわいい感じ。胸には白いネコの形をしたペンがささっている。私はその女性に近づいて声をかけようとした。
一瞬思った。
なんて声をかけようって。
「ここはどこですか?」
だと、かなり怪しい人のように感じる。
それに、自分のカッコをみた。あの盤の上にいたときは腰に剣をかけていた。普通に剣を持っている人にそんなことを言われたらかなり不審者のように感じる。私は自分のカッコを見てみた。緑のチュニックに黄色のズボン。でも、腰にあったはずの剣はいつのまにか消えていた。私はすこし安心した。これで不審者から一歩だけ後退できたと思ったからだ。私は深呼吸をして声をかけようとした。けれど、先に声をかけられてしまった。
そう、このピンクのエプロンの女性に。
「すみません、小さな男の子を見かけませんでしたか?『アリス』」
私はそう言われて首を横に振った。首を横に振りながら私はびっくりした。そう、このピンクのエプロンの彼女が私の名前を『アリス』と呼んだからだ。私がびっくりしているとピンクのエプロンの彼女が続けてこう言ってきた。
「あ、今度の『アリス』は、はじめましてだったかしら。それともお久しぶりかしら。でも、いつかの私はあなたと会っていたかもしれない。でも、それは今の私の記憶じゃないかもね」
なんだか不思議なセリフだった。でも、どこかで納得もしていた。私は多分どこかでこの人を知っている。懐かしい感じもする。でも、それがどこなのか思い出せない。いや、今の私は自分の名前すらも思い出せないんだ。私はピンクのエプロンの彼女に名前を聞いた。
「はじめまして。『アリス』
私の名前は『キュア』よ」
名前を聞いてもぴんと来るようで来なかった。今の私は、『アリス』は初対面なんだろう。
私はそう思うことにした。キュアは続けて言って来た。
「ねえ、『アリス』良かったら男の子を一緒に探して欲しいの。
多分『アリス』なら会った時にこの子が『キト』だってわかる気がするの。
私はこれから前に向かってこの子達を連れて上に登るから。
『アリス』は下に降りていってくれないかしら?」
私はコクリと頷いた。
『キト』という名前の男の子。知っているような気もする。いや、知らないような気もする。けれど、どこか解るような気がする。一人で迷子になっている男の子。私はキュアと別れて山道を降りていった。
少し降りると道から外れた山肌に一人の男の子がいるのが見えた。私は名前を呼んでみた。
「キト、そこで何しているの?」
違っていたら子供はこっちを振り向かない。そういう思いもあったのかも知れない。
けれど、どこかで核心があった。この子が『キト』だって。私はガードレールを越えてキトのいるほうに向かって歩いていった。『キト』はこう言ってきた。
「お久しぶり、『アリス』お姉ちゃん。それともはじめてなのかな?
あのね。僕なくしちゃったんだ。それで探しているの。
『アリス』お姉ちゃんも一緒に探して欲しいんだ」
そう言ってキトはどんどん山を降りていく。私はキトに聞いた。
「なくしたって何をなくしたの?」
キトは私の方を向いてこういった。
「内緒だよ。でも僕の大事な宝物なんだ。
ピカピカ光っているから解るよ。でも、どこにもないんだ」
そう言ってキトはいきなり座り込んだ。私は聞いてみて。
「内緒って言われてもお姉ちゃん困るよ。
キト。どういうものなの。言ってくれたら一緒に探せるよ」
私が聞いた事にキトは笑顔になった。キトはこう言って来た。
「『アリス』お姉ちゃんも持っているものだよ。
でも、僕のとは形が違うんだ。でも僕のもいつまでこの形なのかわからない。
『アリス』お姉ちゃんはずっと変わらなかったのかな?」
キトがいうことが良くわからなかった。はキトに聞いてみた。
「お姉ちゃん。良くわからない。ヒント頂戴?」
私がこう言ったことにキトは笑いかけて「内緒」っていうだけだった。キトはそう言って次は山を登り始めた。時々草や木の下のほうや上の方を見ている。何を探しているのか解らない。私も持っているもの。ピカピカ光っているもの。形がかわるもの。解らなかった。私はキトを追いかけた。少し言った先でキトはしゃがんでいた。キトが言う。
「見つからないよ。もう諦めようかな」
私はキトが探しているものがわからないけれど、一緒に探したいと思った。もうすでに道がどこだったのかもわからなくなっている。上に向かって歩いていけばどこかにたどり着くかも知れない。いや、こういう時は下に向かっていくのがいいんだったかな?
私はすでに山の中で迷子になりかけているのがわかった。道がどこにも見えない。
でも、私が不安になったらキトは余計に不安になってしまう。私はキトに向かってこう言った。
「諦めたらそこで終わりだよ。見つかる物だって見つかってくれない。
一緒に探すからキトの大切なもの、教えてよ。
それになくしたのだったらこんな山の中でなくしたのかな?
ねえ、お姉ちゃんと一緒に探そうよ」
キトは私のほうを見て笑顔になった。私は自分で言いながら空を見て自分の居る場所を少し考えていた。山肌を下に降りた。その後に右に曲がってまっすぐ進んでいった。
逆に進めば元の所に戻れるかも。この子を不安にはさせたくない。私が強くなきゃ。
私は大きく深呼吸をしてキトに向き合った。
キトが叫ぶ。
「ああ、あそこ」
キトが指差す先には体がトランプで、手足が黒く細長い槍を持った兵士が走っているのが見えた。一人のトランプ兵士の、手の中にキラキラ光る何かがあったキトが言った。
「僕の大切なものなの」
キトはそう言ってトランプ兵に向かって走り出した。トランプ兵は4人いた。
体に6、7、8、9とダイアのマークがついていた。
私もキトを見失わないように走った。理由はわからない。けれど子供の大事なものを持って逃げるなんて許せない。私は途中落ちていた大き目の木の枝を手にした。戦わないといけないかもしれない。私はキトを追いかけていた。キトの足がもつれてこける。
「危ない!!」
私の大きな声にトランプ兵が反応した。キトはゆっくりと起き上がった。トランプ兵がじわりじわりと私に向かって寄ってくる。私はキトの元に走った。
この子を守らないと。
一人だったらこんな勇気もてなかったかも知れない。けれどこの子が、キトがいるから頑張らないとって思った。私はなんだかどこかでも同じように勇気を振り絞っていたのを思い出した。ただ、いつ、どこでだったのかは思い出せない。震える足で力いっぱい地面を踏みつけた。キトに向かっていう。
「大丈夫。走れる?」
キトはゆっくり頷いた。私はキトに先に上に向かって走るように伝えた。深呼吸をする。
トランプ兵がやりを構えて私をぐるりと囲もうとしてきた。
囲まれたら終わりだ。
私は間合いを取りながらゆっくりと後ろにさがった。人を見ながら動いていた。その時、何かが足に引っかかった。木の根っこだった。私はバランスを崩して後ろに倒れた。
槍が私めがけてくるのがゆっくりと、そうまるでスローモーションのようにゆっくりと見えた。防ごうと思っていた。けれど体が動くより先に槍が私に向かって吸い込まれるようにやってくる。間に合わない。それだけが解るのがもどかしかった。
鈍い音がした。
私は持っていた木の枝で防ごうと待ち構えていた。けれど、上から風が降りてきた。
そう、そこには白を基調としたピンクのフリルのついたウエイトレスのカッコ、ウサギの耳をした人が剣を構えていた。
「大丈夫かい?僕らの『アリス』」
ウサギ耳の彼はそう言ってきた。彼の名前はなんていうのだろう。私はどこかで彼を知っているような気がしていた。解らない。
けれど、ウサギ耳をした人が剣を一閃したときにトランプ兵は散り散りに去って行った。
「ありがとう」
私はウサギ耳の彼を見た。綺麗な顔をしている。こういう中性的な、いや女性のように綺麗な人は気になって仕方がない。私はどこか惹かれていた。
一目ぼれかも知れない。いや、ずっと前から知っていたようにも感じる。
私だけなのかな。胸がちくりと痛くなった。私はこのウサギ耳の彼を見つめていた。
どこからか声がした。
「『アリス』?どこにいるの?」
どこからかキュアの声がした。私は声の場所を探した。山肌を少し登ったところにキュアとキトがいるのが見えた。私は大きく手を振って言った。
「ここにいるよ?」
キュアは私を発見して走ってきた。キュアは私の近くの足元に何もない、平らなところで顔面から力いっぱいこけた。根っこがいっぱいあるところではこけなかったのに。
私はキュアに走りよった。キュアは顔を起こしてこう言って来た。
「アリス、大丈夫だった?」
私は額が真っ赤になっているキュアを見て、ちょっと笑いそうになった。私はキュアに向かって言った。
「私は大丈夫だよ。それよりキュアの方が心配」
キトがてけてけって走ってきてキュアの横に言った。キトが話す。
「キュア先生。痛いの痛いの飛んでけ~」
体全体を使ってキトが頑張っている姿を見て私もキュアのウサギ耳の彼も笑ったキュアがウサギ耳の彼を見てビックリしたこう言った。
「どうしてここにハオ様がいるの?」
キュアは頬を真っ赤にしながら私に言って来た。
ハオ。
初めて聞く名前。そして、どうしてか違和感があった。私が思っている名前と違う。いや、この世界自体が何か違っているのかも知れない。鏡の中だから?それともチェス盤の中だから?
解らない。
私は解らなかったけれど、ハオと呼ばれた人を見た。綺麗な顔。白に近い金髪。髪は長い。右目は髪で隠れている。華奢なその体は、風貌は女性のようにも見える。そして、白を基調としたピンクのフリルのスカート。腰には銀色の細い剣がある。頭にはウサギ耳をつけている。そして額にはサークレット。私がウサギ耳の彼、ハオを眺めていると、ハオは私の方をみてにこりと笑いかけてきた。ハオはキュアに向かっていった。
「僕らの『アリス』の唯一のナイトとなったんだ。だから『アリス』を守る。それが僕の使命。白の女王を守るのと同じくね。キュアも『ボーン』なんだったら解るよね」
ウサギ耳の彼は、ハオはそう言った。
『ボーン』
『白の女王』
私には解らないことが多すぎた。ハオは私を向いてこう言った。
「とりあえず、一旦休みましょう。それからでも遅くないでしょう。
赤の女王の『ボーン』たちと戦うのは」
そう言ってハオは私を抱きかかえた。お姫様抱っこなんてされたことがなかったので私はビックリした。顔が真っ赤になる。
「え、何?何?」
私は戸惑っているとハオは普通にこう言った。
「足元が悪いですから。僕らの『アリス』
それに、『アリス』足を怪我しているでしょう」
私はハオが現れるときに確かにころんで足をひねった。軽い捻挫。そんなの今までもあったこと。ちょっと痛いけれどここまでしてもらうことなんてなかった。横でキュアがうらやましそうに私を見ている。
「キト、行きましょう」
キュアがそう言って歩き出した。私はハオの首に手を回してバランスを取りやすいようにした。ハオの顔が近い。どこか優しい香りがした。
なんだかドキドキが止まらない。体越しにこのドキドキがハオにも伝わっていそうで怖かった。
少し歩いた先に小屋があった。
薄い赤に彩られたその小屋はこの紅葉の世界にすごくあっていた。そう言えば太陽がゆっくり傾きかけている。私は綺麗に晴れた空を見ていた。
小屋に入り、ハオが私の足に包帯を巻いてくれる。
「大丈夫だよ」
私はハオに話した。けれど、ハオはそのまま私の足を冷やしてくれた。こんなに大事にされたことなんてないかも。私はちょっと照れくさくなった。んだか沈黙が痛かった。
いや、沈黙になると私の心臓の音がハオに聞こえてしまいそうだ。
私はハオに話しかけた。
「ねえ、ハオもキュアも話している『ボーン』とか『ナイト』ってどういう意味なの?」
ハオはゆっくり顔を上げた。そして、優しい笑顔で話して来た。
「僕らの『アリス』ちゃんと説明をせずにこの鏡の国に連れてきてゴメン。
でも、これは決まっていたことだったんだ。『アリス』があの鏡に気がついたときからね。
この鏡の国の世界では赤の女王と白の女王が戦っている。
二人は大きなチェス盤でチェスをしているんだ。
そして、僕も『アリス』もチェスの駒として戦っている。
『ボーン』は一番弱い駒。でも、9マス進めたら何にでもなれる駒でもあるんだ。
『アリス』は僕らの希望だよ。そして、僕は『アリス』を守るナイトさ。
他の駒は白の女王を、そして、白のキングの守っている。
僕だけは特別なんだ。いつか白の女王とも出会う時が来ると思う。その時には紹介をするよ」
私はハオの説明を聞いてもよくわからなかった。ただ、解ったことは大きなチェスのゲームの一部となっているということくらいだった。でも、私はチェスを知らない。ルールも、駒にどういうものがあるのかも。
私は聞いた。
「ハオはどうして私の『ナイト』なの?」
チェスで守らないといけないのはキングのはず。それだけはなんとなく解る。ハオも守るのは私ではなくキングのはず。私は不思議だった。ハオが話してくる。
「僕が『アリス』を守るのは希望だから。でも、それだけじゃない。
上手く言えないけれど、『アリス』は僕にとっては守りたい人なんだ」
ハオは目をそらしながらそう言った。なんだか本当の理由は違うような気がした。私はハオから目をそらした。そこにはキュアがいた。9名から10名くらいの子供に向かって説明をしている。一人だけ落ち着かない子供がいた。
キトだ。
キトは私のところにやってきた。
「アリスお姉ちゃん。大切なもの取り返したいんだ。
でも、もうすぐ赤の時間だから外に出られないの」
私はキトの悲しそうな顔を見て何とかしたいって思った。キトに向かって話す。
「お姉ちゃんが取り返してきてあげるよ」
私の言葉にキュアもハオもビックリしていた。いや、私もびっくりしていたかも知れない。
確かに怖い。今までの私なら逃げ出していたかも知れない。でも、自分のためだったらこんなにも頑張ろうって思えないかもしれないけれど、誰かのためなら頑張れそう。
私は自分に言い聞かせるためにも大きく頷いた。
私のその行動をみてハオが力強く頷いてくれた。キュアも頷いてくれている。
ハオが言う。
「早く行かないと赤の時間になってしまいます。そうなると私だけでは守れなくなるかも知れません。他のナイトもビショップもルークも助けに来てくれるとも限りませんから。
行きましょう。僕らの『アリス』歩けますか?」
私はずっとハオが冷やしてくれていたおかげで、いや、包帯の巻き方のおかげで全然痛くなかった。私はコクリと大きく頷いた。
ハオが言う。
「では、行きましょう。僕らの『アリス』の勇気と共に」
その時、私の腰に細い剣が現れた。
キュアが言う。
「『アリス』の勇気に呼応したのね」
一人じゃ勇気なんて振り絞れないよ。私は笑顔で笑った。
「行きましょう。赤のボーンのいるところへ」
私とキュア、そしてハオは小屋を出て山道を降りていった。外は夕暮れになりかけていた。紅葉は赤く、空も赤く世界が真っ赤に見えた。




