キングの庭園
~キングの庭園~
力いっぱい抱きしめていたはずなのに、徐々にマオの感触があやふやになっていく。その時白の女王が叫んだ。
「マオが消える前に倒して、赤の女王と赤のキングを」
私はその言葉に頷いた。マオを失いたくない。その思いが強かった。心のどこかで光が輝く。声がした。
「怒りに身を奪われないで」
白いアリスが私に話してくれた。そうだよね。怒りに身を任して勝ったとしてもマオが笑ってくれると思えない。それに私は心を奪われたから解る。赤の女王も心を奪われているんだ。私はそのことが解った。剣に力を入れる。光が集まってくる。私は剣を振り下ろした。赤の女王がやりで受け止める。色んな思いがぶつかっているのがわかる。
「大丈夫、受け止めるから」
私はそう言った。私の手をラキシスが、ライが支えてくれる。そして、他の人も。綺麗な赤いドレスを着た女性、黒い鎧に身を包んだナイト、黒いフードを被った骸骨の仮面をした人、猫耳をつけた可愛い顔をした男性が一人だけいた。私の記憶ではもう一人いたようにも感じた。でも、一人だけだった。大きな力が私を包んでくれる。光はチェス盤全てを包み込んで言った。光が引き、赤の女王が倒れているのがわかる。私は走って赤のキングの所に行った。言うセリフはもう解っている。私は大きな声で叫んだ。
「チェックメイトよ!!」
その瞬間世界にひびが入った。ひび割れて出てきたのは桜並木だった。ただ、違うのは花が淡い青色なだけだった。幻想的な風景。でもどこか懐かしさを感じていた。私はマオを見た。マオの体は透明で消えかかっていたけれど、徐々に戻っていった。私はマオに向かって走りだした。強く抱きしめた。ちゃんと感触がある。
「良かった」
私は声に出せた。その時、赤のキングが近くにやってきた。キングは言う。
「待っていたよ。僕らの『アリス』この世界に戻ってくるのをね。そして、この世界を終わらせるための『アリス』を」
私は意味が解らなかった。赤のキングが言う。
「知りたいのなら付いてくるがいい。このワンダーランドで何がおきていたかということを」
私はマオを見つめていた。まだ辛そうなのには変わらない。白の女王が近づいてきてこう話した。
「大丈夫、マオは私が見ておきますから。だから僕らの『アリス』はしたいことをするといいのですよ」
私は白の女王のセリフにコクリと頷いた。赤のキングを追いかけた先にはお茶会をしていたのだろうか、大きな白いテーブルとイスが並べられていた。けれど、机の上は食器が散乱していた。まるで、お茶会の最中に何かがあってそのままになったような風景だった。赤のキングが言う。
「かつて、この場所にいつもと順序が違って、いつもと違う未来を導いた『アリス』がいたんだ。終わらないはずのお茶会、終わらないはずの物語をその『アリス』は終わらしたのだった。だが、壊れ行くワンダーランドの中で『アリス』が元の世界に戻るには誰かがこの壊れ行くワンダーランドを支えねばならんかった」
赤のキング言う。目の前に大きな樹がある。その幹に一人の男性が捕らわれていた。私はその顔をみてビックリした。ハオだったからだ。私は樹に近寄った。
「ハオ様、どうしてここに?」
赤のキングが言う。
「ふぉふぉふぉ、その者をハオというか。『アリス』は。確かに間違いではないかも知れなんな。そのものはかつての『アリス』を送り出すため、この壊れ行くワンダーランドを支えたんだ。身をもってな。いつかもう一度『アリス』がこの世界を変えてくれるその日までな。思いは最後の『アリス』とキングとの戦いであったチェスを受け継いだのじゃ。だが、この者、そうハオというのであれば、ハオの一人の力じゃどうにも出来ない。だからわしは案内人であるシロウサギの力をハオにわけあたえたのじゃよ。そして、ようやく『アリス』が来てくれた。記憶は失っておったがな」
私はなんだか悲しい気持ちになった。私のせいでハオは捕らわれていたのだろうか。
「それは違う」
どこからか声がした。振り向くとそこにマオがいた。マオが言う。
「ハオは、自ら望んで『アリス』を送り出したんだ。そして、俺も自ら望んでこのワンダーランドに残ったんだ。『アリス』が来るまでな。『アリス』が来て、赤のキングを打ち破るのを待っていたんだ。ずっと」
私はそっとハオに触れた。ハオはまるで木のようにつめたくなっていた。私は赤のキングに聞いた。
「ハオ様は元に戻るの?」
だが、誰も答えてくれなかった。それが答えだと私はわかった。赤のキングが言う。
「ワンダーランドは壊れて、作られる定め。ワンダーランドの一部となったハオは散り散りになっていく。その全てを集めればハオに戻れるかも知れない。ただ、それはあくまで可能性にしかすぎん。どれだけ時間がかかるのか、どれだけ苦難がまっているのか、それすらも誰にもわからん。今までは終わらないワンダーランドであったのだからな」
私は涙しそうになった。その時樹の中にいるハオが話し出した。
「僕らの『アリス』また会えたね。私は大丈夫です。たとえ散り散りになったとしても、私という、いえ、『ハオ』という記憶をどこかに持っていてくれればいいですから。私にはそれだけで十分です」
ハオがそう話した。赤のキングが遠くを見ながら言った。
「このワンダーランドを出て記憶を持ち続けるのは至難の業じゃ。どれだけ強く願っていてもその先は誰にもわからん。だが、諦めてしまっては道は塞がってしまう。どうするのじゃ、アリスは」
そう赤のキングが言った瞬間に地面から鏡が出てきた。それも何枚も、姿見の鏡が出てきた。
「時間がない。することは一つだ」
私はその声を聞いて振り向いた。そこにいたのはラキシスだった。
「どうして?」
ラキシスが言う。
「チェスで駒を取られただけだ。チェスが終われば開放される。死んだわけではないからな」
横にライがいた。ライが言う。
「そういうことなんだよ。嬢ちゃん。びっくりさせてごめんね」
世界が揺らぎ始めている。私は深呼吸をした。ハオに向かってこう言った。
「私、行くね。絶対忘れないから」
その時、手を引っ張られた。マオだった。マオが言う。
「『アリス』お前、俺を忘れるんじゃねえぞ」
私はマオに言う。
「さあね、忘れるかも知れないよ、マオのこと」
その時マオに抱きしめられた。一瞬のことでビックリした。マオが言う。
「一回しか言わないから、ちゃんと聞けよ。『アリス』、お前のことが好きだ。だから絶対忘れるな。いや、忘れさせない」
そう言ってマオは私にキスをしてきた。柔らかかった。気が付いたら私は手をマオに伸ばしていた。
けれど、徐々にマオが遠くなっていく。ああ、鏡が私の後ろに迫っていたんだね。
遠くに見える世界は徐々に崩れ始めていた。まるでガラス細工が壊れていくかのように、ゆっくりと。私はその景色を見ながら深く落ちていった。そう、深く。
~エピローグ~
気が付くと机の上で眠っていた。
そうだ、祖父の書斎で眠ってしまっていたんだ。なんだか長い夢を見ていた。でも、なんだか何かをしなきゃいけないって思いがずっとある。
そう、何かを夢で教えてもらったんだ。夢は見るものじゃなくかなえるものって。
なんだかどこかにぽっかり穴があいたみたい。
私は立ち上がって鏡を見た。
その時、鏡に誰かが映っていた気がした。
振り返ると誰もいない。
そうだよね。見えたきがしたのはウサギ耳をつけてかわいいカッコをした金髪の人だった。
けれど、もう一度鏡を見たときにまた見えた気がした。一瞬だけだけれど。
コトン
何かが落ちた。手に取ると銀の懐中時計だった。そうだいつからか私の手元にあったものだ。そしてもう一つ。小さなナイフが合った。
刀身には
「過ごした月日は忘れない」
と書かれていた。
刀身ごしにもなぜかさっきと同じウサギ耳の人が見えた気がした。どうしてかその時唇に手が行った。口から言葉が自然と出た。
「マオ、会いたいよ」
そうだ。私は約束をしたんだ。忘れないって。マオをハオを。
この世界のどこかにいるんだもの。私は祖母に言ってすぐに出かけた。
戻らなきゃ。だって
「願わなきゃ、何も始まらない。動かなきゃ、何も始まらないんだもの」
私はそっと空に向かって言う言葉を決めていた。
「みんな、お待たせ!!」
ってね。
「おせぇよ、バカ」
私は声がした方を振り向いて、走って行った。




