マゼンダの世界 -1
~マゼンダの世界~
おりたった瞬間降りしきる雨に寒さを感じた。目の前には一面紫陽花が咲いていた。雨を凌げる場所を探さなきゃ。そう思ったとき、雨があたらなくなった。振り返るとそこにマオがいた。
「どうしてマオがいるの?」
私は不思議だった。いつもなら困ったときはハオが来る。でも、どこを見てもいるのはマオだけだった。マオが言う。
「あの、なんだ。ハオはちょっと白の女王のとこに呼ばれていないんだ。
んでな、ま、変わりといっちゃ何だが、この俺がお前を守るってわけだ。
誤解すんなよ。あくまで白の女王の命令だからやってるんだからな」
そう言ってマオは顔を背けながら話している。でも、なんだか懐かしく思った。雨を防ぐために誰かが私を覆い包んでくれていた。そういう思い出がどこかにある。けれど思い出せない。深く、深く記憶のどこかにあるのに、思い出すことが出来ないんだ。忘れちゃいけないはずの記憶だったはずなのに。ただ、うっすらと思い出せる人がいる。私はその人のことを想っていたのかも知れない。私はマオに向かっていった。
「ありがとう」
マオが言う。
「どうした。なんだか今日はやけに素直じゃないか。
なんかあったのか?」
いつものようにふざけてマオが話してくる。良く見るとマオは私だけを傘でぬれないようにしている。私はマオに向かって言った。
「別に一緒に傘に入ればいいじゃない。何で私だけ傘の中に入れているの」
なんだか私だけぬれずにいるのがイヤだった。そんなに守られなきゃいけないくらい私は弱くない。マオは無言で横に並んだ。傘が中央にあるのがわかる。右側に居るマオ。確かに少し左肩がぬれるかも知れない。でも、そんなに寒くない。なんだかどこかに向かって歩いているのが解る。両側を紫陽花が綺麗に彩り、マゼンダの世界って思えるのがわかる。
無言。
マオを見ても、マオは私の方を見ずに反対側の紫陽花ばかり見ている。私はこの沈黙に堪えきれずに話した。
「マオってハオ様と双子だよね」
そこまで言っただけなのにマオが言って来た。
「双子だった。今は違う」
ぶっきらぼうにマオが言う。意味が解らなかった。そう言えば前も同じようなことを言っていた。兄だった、双子だった。なんで過去形なんだろう。私は気になってマオに聞いた。
「何があったのか知らないけれど、ハオ様をそんな風に言わないで」
けれど、マオは何も言わずにただ歩いているだけだった。解らない。どうしてマオはハオの事を聞くと機嫌が悪くなるんだろう。私は違う話しに変えた。
「でも、すごい雨だね」
ずっと降り続く雨。空は暗く今が昼なのか夜なのかすらわからなかった。マオが話す。
「この世界の主は泣いている。そして、この時を一番大事にしている」
マオの話しは良くわからなかった。マオはそんな私を見て続けて話して来た。
「今までずっと渡り歩いていた世界は誰かの記憶の中なんだ。
その記憶は何を紡ぎだすかなんてわからない。ただ、その時の色にそって世界が変わっていく。それだけだ。
そして、その記憶の主はアリス、お前は出会ってきているはずだ。
そして、みんな前に向かっていこうとする。そうしないと俺もアリスもこの世界から違う世界にはいけないからな」
私はそう聞いてちょっとこの世界のことがわかった。
って、誰かの記憶の世界。
私は怖くなって聞いた。
「って、ことは私の世界やマオの世界、ハオ様の世界もあるってこと。
私の世界には誰も入って欲しくない」
だって、私の過去をハオにもマオにも他の人にも見られたくなかった。いや、知られたくないことだっていっぱいある。そんな私に向かってマオは言って来た。
「安心しな。このチェスの盤の上にアリス、お前の世界はないんだよ。
ま、お前みたいなヤツの過去なんて誰もみたくないだろうけれどな」
そう言ってマオは笑った。
「なによ。マオなんか私の顔をしったらもうビックリしてそんな軽い口きけないんだからね。でも、マオの世界も見てみたいな」
私はそう言った。マオが言ってくる。
「お前、絶対俺の世界に入ってくんな。絶対に追い出してやるからな。
全力で阻止してやる」
なんだかその必死なマオを見ていると笑ってしまった。私はその後ぼそっと言った。
「ハオ様の世界。見てみたいかも」
言った瞬間、またマオが不機嫌になると思った。だが、マオは遠くを見ながらこう言っただけだった。
「ハオの世界もないんだ。このチェスの盤の上にな」
マオの顔が一瞬かなしい表情に見えた。この世界でハオのことを知らないのは私だけなのかも知れない。何がハオにあるのだろう。知りたい。でも、その先を知るのが怖いのも事実だ。マオが言う。
「今回は『アリス』が現れたんだ。だから変わるはず。
俺らはなんどもチェスで戦って、勝ったり、負けたりしていた。でも、何も変えられなかった。でも、『アリス』が来たから世界が変わるって信じているヤツもいる。
それだけは忘れるな」
マオはずっと私の方を見ない。なんとなく解ってきた。マオは何かを伝えるためにこんな話しをさせられている。誰に?私は不安になった。自分の意思で歩いているつもりなのに、これは誰かに操られているだけなのかも知れない。見えない力で。私は自分の体を抱き寄せた。
「ついたぞ」
マオが話す。そこは大きな白い洋館だった。呼び鈴を鳴らす。出てきたのは細く気品のある女性だった。長い髪を一つに束ねている。女性が言った。
「ひょっとして『アリス』が来たのね」
マオは静かに頷く。私は名乗った。
「私が『アリス』です。あなたは?」
華奢なその人はこう言って来た。
「私は『ウーシャ』よ。宜しくね」
そう言って差し出された手をとった。ウーシャは言う。
「さあ、入って。寒かったでしょう」
そう言って中に入った。木で出来たその館の中はどこか優しい感じがした。かなりたくさんの本がある。ウーシャが言う。
「私、物語を書くのが好きなの。気がついたら資料として集めた本がいっぱい。
でも、なかなか狭き門で上手く行かない。でも立ち止まったらどこにも進めないから。
それにもう、自分でも止まり方を忘れてしまったもの」
そう言って笑っていた。でも、どこか寂しそうだった。認められずに一人で頑張るって辛いこと。私はウーシャに言った。
「上手くいかないことだってあるよ。いつだって正解なんて人生のほうがすくないんだもの。でも、諦めなかったらゴールにつくよ。時間がかかってもいいし、遠回りしたっていいと思うもの。私は応援するよ」
ウーシャは私に抱きついて来た。そして「ありがとう」って何度も言ってくれた。マオが言う。
「用意をしておけよ。この世界では明らかにこっちが劣勢だからな。
今まではたまたま助けてきたけれど、今回はそう上手くいかないかも知れないからな」
マオはそう言って部屋の奥に入っていった。ウーシャがいう。
「もし良かったら2階の部屋を使って。右側の部屋にはベッドもあるから」
私はウーシャに言われて2階の部屋に入った。白の基調した部屋。どこも一緒だった。解らないことがいっぱいだ。それになんだか悩みながら、苦しみながら話しているマオを見ていてなんだか寂しくなった。素のマオが見たいよ。私はそう思った。こういう時誰かに相談できればいいのにな。相談できる相手。私は頭に浮かんだ人の名前を口ずさんだ。
「ラキシス」
前に出逢ったけれど、この人なら相談が出来るって思った。
「呼んだか、アリス」
ビックリした。後ろにラキシスが居た。
「え?ラキシスさん、いつからいたんですか?」
私はびっくりして振り向いた。そこには鎧を着たままベッドに転がっているラキシスが居た。ラキシスは言う。
「ずっといたぞ、アリスが深いため息をつきながら階段を上がってくるところからな」
びっくりした。ずっと居たなんて。私はラキシスに話しかけた。
「私、わからないんです。ハオ様が好きなはずなのに、でもさっき苦しみながら考え込みながら話すマオが気になりもする。
それに、わからないことだらけなんです。この世界も、ハオ様についても」
私は自分で話しながらまとまっていないことに気がついた。だがラキシスは話を聞いてくれている。ラキシスが話す。
「自分のことなんてわからないものだ。自分のことを解っているっていうやつなんてろくでもないぞ。ただ、この世界についてなら知っていることなら話そう。何が知りたいんだ」
ラキシスが優しく話してくれる。知りたいこと。私は考えていた。私はまた思うまま話した。
「このチェスのマスを進んで色んな世界に入っている。そして戦っている。
一体なんのために戦っているんですか?それに誰かの記憶の中に入る世界って一体?」
また、私はまとまっていないことがわかった。ラキシスが話す。
「この世界は誰かの記憶の一部でしかない。けれど、この世界で倒されることはチェスでいう駒を取られることになる。そうなるともうこの世界には戻ることは出来ない。
そして、このチェスの盤の上で戦えるのは鏡の中につれてこられたもののみなんだ。
私も、そして『アリス』も」
よくわからなかった。その時、ものすごく音がした。
風の音。
外は気がついたら雨が止んでいた。そして、そこに居たのは『アニマート』と『アレグロ』そして、見たことない赤い鎧を着た女性。
赤い髪、ネコのように大きいけれど少し釣り目の女性。大きな剣を持っている。
ラキシスが言う。
「最低だ、赤のナイト『ヴィーデ』までこっちに来ているのか」
ナイト、ビショップ、ルーク。相手はその3人。ポイントは「3」、「3」「5」
でも、こっちはマオとラキシス、私しかいない。
ボーンにウーシャが覚醒したとしても、全然届かない。
アニマートが叫ぶ。
空が赤く染まっていく。赤の時間だ。
勝てっこない。
だがラキシスはこう言った。
「例え何があっても最後まで諦めるな。諦めたらそこで道は終わる」
そう言ってラキシスは窓から外に飛び出した。外にはすでにマオも剣を構えている。
勝てっこないのに。私は泣きそうになった。
「ハオ様、助けにきてよ」
私の言葉はアレグロの風にかき消されていった。




