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ティルと歌姫

「マニ、その……頼みがある」


 エステルの言葉にマニの瞳が輝いた。

 そういえば、とエステルは苦笑を浮かべる。何かを教えてくれと願う以外に、マニに頼み事など殆どしたことがなかった。マニとここで過ごしていたとき、エステルはこれ以上を望むのは分不相応と感じるくらい満たされていたのだ。

 外への渇望はさしてなく、家族のことは半ば諦めていた。

 それに、あえて言葉にして望まなくても、マニはずっと傍にいてくれたのだ。


 期待に満ちた眼差しをうけて、エステルは思わず喉の調子を確かめる。緊張からか、喉が渇いていた。結果として声は小さくなり、どうにも掠れていた。


「人を、探したい」

「人を? そんなことで良いのか?」


 そんなこと、と言い切るマニにエステルはほっと息をつく。どうやらさほど無茶な願いと言うわけでもないらしい。小さく頷くと、マニはそっとエステルの手を取った。


「では、探したい相手の魔力質を」

「ま、まりょく、しつ?」


 初めて聞く言葉に、マニは笑顔のまま頷く。


「エステル。俺は契約があるためエステルの存在を視覚的に認知し、声を届けることが出来る。だが精霊とは本来重なれど異なる世界にその身を置いていることは話したな」

「ああ」

「だが、人間とは違い精霊は物質界・精神界を問わずその場に存在する魔力を視認出来る。人は個体によって様々な魔力質を持っているので、それが分かれば痕跡をたどることはそう難しくない」

「そ、そうか。それで、その魔力質というのはどうやって調べればいい?」


 問うと、マニは少しの間思案し、エステルのドレスの袖を引いた。


「まずは本人の身につけていたものだ。長く傍に置いてあったものは、持主の魔力が多少なり宿る。それがあれば間違いなくエステルの役に立てるだろう。それが駄目ならば親兄弟だ。魔力質は血縁で似る。近しい存在であればあるほどいい」

「名前や人相では探せないのか」

「俺はここにあって、ここにはない存在だ。エステル以外の人間を、俺は正しく視認できない。わかるのはその人間に宿る魔力だけなんだ」


 こうして話が出来るのも、触れることが出来るのも、エステルが契約者だからだとマニは言う。その原理やマニの見えている世界というものがエステルには今ひとつ分からなかったが、それでも見えた活路に期待を抱いて、しっかりと頷いた。

 じきにティルが来る。

 別れを告げる前に、彼のために出来ることをしようと思った。






「ティル、歌姫が長い間身につけていたモノをなにか所持していないか?」


 どこかばつの悪そうな顔で食事を運んできてくれたティルに、エステルは単刀直入に尋ねた。きょとりとティルは大きな目を瞬かせたが、不愉快に感じているという様子はなく、そのことに少しだけ安堵する。


「どうしてッスか?」

「その、そういうものがあると、探すのに役に立つんだ」


 どうやって、はまだしも誰が、ということをエステルは口に出来ない。そのため、ひどく曖昧な物言いになってしまう。あまり深く尋ねられると答えようがないと分かっていても、他に説明のしようもなく、エステルは縋るような気持ちでティルの返事を待った。

 だが、ティルはエステルの質問に対し、深く理由を尋ねることはしなかった。ただ、少し残念そうな面持ちで、「今はなにも」と答えた。


「な、なら。彼女に家族はいるか? 血の繋がった、という意味での家族だ」


 これがなければマニの助けをもってしても探し出すことは困難だ。祈るような心地でティルを見つめる。

 口を開いたティルは、今度は問いかける理由すら尋ねなかった。


「ティアラとオレは、双子なんスよ。ティアラは双子の妹なんでス」

「双子。ティルと、歌姫が」


 直後、地下牢に風が吹いた。いや、実際に髪やドレスを揺らすような風ではない。ただ、それまでぴったりと肌を包んでいた熱がするりと遠ざかったのだ。

 エステルの言葉を聞いて、いち早くマニが動いてくれたのだと理解する。

 魔力質をたどって人を探すということがどういうものなのか、エステルは未だよく理解できていない。どれだけ時間がかかるのか、どれだけ困難なものなのか。

 それでも、マニが助けてくれるのなら。


「……すみません、オレ」


 ふいに、ティルが呟いた。

 どうして突然謝られたのか分からなくて、問うように首をかしげる。


「あ、いや、今朝」


 ティルはなぜか視線を彷徨わせ、しどろもどろ言葉を続けた。今朝の少しぎくしゃくしてしまった空気をずっと気にしていたらしく、それをわざわざ謝ってくれたのだ。

 そんなティルの言葉に胸が詰まった。


「そうじゃない、ティル。謝るべきは私の方だ」

「へ?」

「私の食事係をしている間、ティルは外に出られないんだろう?」


 もっと早くに察するべきだった。ティルは優しいから、歯がゆさを感じていてもエステルをせめるようなことは口に出来なかったのだろう。


「い、いや……それは」

「私の事に関する情報は口外を許されない。言葉の誓約をかけなければ、外出も許されない状況だったんじゃないのか?」


 ティルは黙って俯いた。肯定する返事はない。だが、否定もされなかった。


「座長が、知っていたはずなんスよ」


 やがて、ティルはそう言って笑った。ひどく弱々しい笑みだった。それから、この仕事を請け負ったのは、正しくは自分ではなく座長なのだと話してくれた。

 この家に泊まり込んでの仕事だと説明を受け、学がなくても行儀作法がなっていなくてもなんとかなると言われて、ティルは妹の安否を危惧しながらもスターレット家へやってきた。

 もとより煙突掃除や皿洗いなどは興行の合間にやっていたため、今回も同じような気持ちだったのだという。

 だが、休日の外出を申請したいと使用人頭に尋ねたとき、ティルは初めて契約の中に仕事の期間内に屋敷の外へ出ることを禁ずる旨があることを知った。

 使用人達はティルの訴えを聞いて同情してくれたし、場合によっては主人に掛け合う事も検討してくれた。エステルの名前や存在に関する言葉の誓約をかければ、叶うだろう事も教えてくれた。

 だが、ティルはそれを願いでなかった。


「どうして……妹を捜したかったんだろう?」

「なぜ座長がオレをここに閉じこめたかったのか、ずっと考えてたんスよ」


 座長はあまり多くを語らない人だが、いつだって自分たちのことを一番に考えてくれていた、そんな人が自分をこの場所で働かせたのには、きっとなにか理由があるはずだ。

 そう思うと、この仕事を放棄していいものか迷ったのだという。


「ティアラは仲間が捜してくれてまス。頻繁に手紙で経過も教えてくれてる。きっと全部座長がそう指示しているんだと思うんスよ」


 ただ、エステルから彼女の話題を振られたとき、座長やエステルを言い訳にして自分は何もしていないことを責められているような気になり、ついあんな風にムリヤリ話題を終わらせてしまったのだという。


「エステル様はなんにも悪くないんスよ。本当に妹が気がかりなら、オレはいつだってここを出ていくことが出来たんだ。そうした所できっと座長は怒らない。色々理由をつけてここでくすぶってたのは、オレ自身なんでス」


 本当は、とティルは自分の膝に顔を埋めた。


「見付からないかもしれないって思うと……もう手遅れかもしれないって思うと、スゲー怖くて」


 ティルは弱々しい声で、口の端を歪めた。こんな時ですら笑おうとするティルに、エステルはどんな言葉をかけていいか分からず、伸ばしかけた手を彷徨わせた。

 触れてもいいものなのか、エステルには分からない。

 不安なとき、悲しいとき、マニに触れられるとエステルは安堵した。だが、家族や使用人は、エステルに体が触れることを酷く嫌がる。

 それでもじっとしていられなくて、エステルは膝を抱えるティルの手に、そっと自分の手を重ねた。


 触れた手が小さく震えたあと、ためらいがちに握り返される。

 それ以上の言葉はなく、二人はそうしてただ静かに手を繋ぎあった。

長らくお待たせしてすみません。お話も佳境です。

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