異装稲荷
作中に一部サブカルチャーに対しての記述がありますが、あくまで登場人物を表現するうえでのものです。それ以外の意図はありません。ご了承ください。
また、問題等ある場合は、考慮し変更あるいは削除いたします。
彼には、悪癖があるのです。
その悪しき性に染めたのは、他でもない私で。
どうしてこうなったものか、今となってはよくわかりません。
彼は私が居候する家の主の、その血筋の守り神で、戦乱の世よりその系譜を繋ぐ、由緒正しき稲荷であります。切れ長の双眸に、光の色をした毛並み。それが彼の本性。しかしながら彼はこの悪癖に染まってからというもの、好んで、人形を……そう、うつくしい若人の姿をとることが極端に多くなりました。もはや獣の態でいるのは、年の内ほんのわずかとすら言えましょう。
獣の姿をとらぬ間、彼は、気高い狐であるはずの彼は、俗世の人間がもてはやすような、きらびやかな衣、あるいはまばゆい髪飾り、そして名高い武器であったり、おおぶりの宝石であったり――とにかく、きよらなる神には必要のないものをたんとたくわえ、そしてそれらを好んでは享楽にふけるのです。
まったく、嘆かわしい事。彼をそんな魔道へと引きずりおろしてしまった、みじめでうすぼけた身である私など、ほんとうに、厄介しか運ばぬらしい。
さて、かくいう私は、彼――雅様の加護する一族に飼われた、齢百ほどの猫であります。尾はようやく二つにわかれたほどで、つまりは猫又。名を千世と名付けられ、とうに儚くなった、先の女当主とともに育てられた身でありました。
そも、私がかような魔性の存在を語らなければ、雅様はこのような醜態をさらすこともなかったのでしょう。気高い稲荷が、下卑た衆目にさらされ続けるなど。きぐるいめいた熱に浮かされ、冷静さを欠いたような行動をとるなど。……まったく、私はなんということをしでかしたのか。うけた恩の全てを、あだで返したようなものではないですか。
「千世、よいところにいた。ちこう、こちらへ来るのだ」
かくて今日も嘆いていると、奥座敷から声がかかりました。守り狐様よりの御達しです。拒むことなど、できません。ゆえに私はのろのろとそちらへむかい、襖の端からそっと座敷へと入り。
かくして、今日とて――。
「いやあ! 雅様なにを! くわれて、くわれております! あ、頭をどうなさったのです……!」
「ふふふ、これが今ちまたで流行っておるらしいぞ! このまま、宙に釣りあげられるらしい! そしてとどめに首がもげる! 変化がとけて制服に戻る! ……魔法少女も進化したものだな!」
金色の巻いた髪に、短い黄色のスカート。腰には編み上げたコルセットを。片手にはマスケット銃。そして頭に、色彩豊かな魚めいた、巨大な黒い異形。
こすぷれ、という。かくも魔性なる異装のあそびに興じる稲荷殿に、私はめまいを覚えました。
いえ、正しくは狐特有の変化なのでしょう。なにせ、狐の身から人間の身へ、肉の器の形状すらも変え化けているのですから。ですが、人の形をとってしても、その眩さのにじむ雅様は、断じてこれはこすぷれであると主張し続けております。ならば、これはきっとこすぷれというものなのです。たぶん。
「千世、そなたは黒猫だからな。時を越える魔法少女の姿で次の祭典にもともにゆくのだ!」
「いやです! 雅様、またあのような光のぱしゃぱしゃとうるさい場所に出向くのですか! 私、あそこ暑くて嫌いです! あとなんか下卑た視線を感じるので嫌です、いつも雅様が穢される気がしております……!」
「千世……それは、亡き嬢の影響を受けすぎておるぞ……。よいか、あの場での私はな? 胸も! くびれも! 美貌もすべて併せ持つ! はいれべるなじぇいけいれいやーさん、なのだからな!?」
「余計に駄目じゃないですか! 雅様、雄狐でしょうに! しかも年齢的にも数百年ほどあうとじゃあないですかー!」
などとざわめく――そう、これが私の住まうお家にて、今日もめくるめく現実なのです。
結局、夏に連れて行かれたその場所へと、私はこの冬も稲荷様のお供をしました。地獄でした。熱気的な意味で。
稲荷としての生粋の毛並みを、存分に生かして変化した金髪の少女。その見目で異装をまとった雅様は、それはそれはうつくしく。頭に妙な被り物をしてさまざまな仕草をこなしても、その被り物をとって、すらりと小道具を構えてみても。にじみ出る真性の神々しさは――当然です、雅様は由緒ある狐神なのです――場を魅了し。ぱしゃぱしゃする光がうるさいものでした。
一方の私はその日とて本性の、どこかぼろめいた猫にふさわしく、冴えない黒髪の少女の形をとり――若輩である私は、雅様のように自在に化けることなどまだまだ叶わぬのです――制服めいた装いに身を包み、雅様のお付きとして参じました。黒髪は左右に分けて三つ編み、赤い眼鏡越しに始終縮こまっていたものですが、ぱしゃぱしゃする光は強烈で、意味のつかめない言葉ばかりかけられ。なにかと雅様がご助力くださり、大事を得ることはなかったものの……もうこのことは、正直あまり思い出したくはありません。
だというのに雅様は、言うのです。
「次回は三日連日で参戦だな! うむうむ、かの天下分け目の関ヶ原をもうわまわるもののふどもが一堂に会す死闘――我が老いさらばえた腕もなるというもの!」
……正直、本性とてその霊力ゆえに、若狐と十分にいえる雅様が、うるわしい娘の姿に完璧に変化したままで言われたところで、私の切なさが増すばかりでありました。
後日、あまりにうつくしい雅様の写真は、ねっとの海でずいぶん騒がれたようで。亡きお嬢様の曾孫様が、盛大に笑みながら、かつ私を人差し指だけで指さしながら教えてくださいました。
もう、駄目です。なぜ私は、稲荷様へ、この異装の文化を紹介してしまったのか……。悔いてももはやどうしようもないことなのかもしれません。こんな稲荷で良いわけがない。
しかしながら、写真の中の雅様も、日々変化の修行を怠らない雅様も、祭典に出陣する雅様も、正直、その、いままでにないほど生き生きとしているのです。
……私がお嬢様から教えられ、そしてお嬢様の死後、彼女の遺品を整理していた折。弱音を吐きながら、雅様に教えてしまったこの文化。常々悔い、嘆くときはあれど……それでもかような幸いにみちた躍動を見られるのであれば、こんな私と共に育ったお嬢様、亡きあなたも喜ぶかもしれない。それならば私も、嬉しいかも、しれなくて。
「千世、次の異装が決まったぞ……なんでも外つ国の伝説的な王の物語を翻案した登場人物らしいな、この少女。青い衣、細身にもにあう防具、結いあげられた金髪に剣――素晴らしいではないか」
「……雅様?」
「問題はだな、様々な衣装設定を持つという事だ……。なかなかむずかしいぞこれは。先に装った魔法少女は制服と異装の二種類への変化を鍛錬すればまあよかったからな、しかし此度は男装のすうつ、鎧の正装、清楚なすかあと、また設定上の考察は必要であるが、敢えて加えるならば花嫁風の剣士の姿と、その数は片手の指ほど。今までの発想を捨てて変化にかからねばならぬ……しなやかな変身の様相、剣を構える動き――ううむ、難題であるが、もえるな」
「雅様……」
などと思っていた時期が私にもありました。
ようやく帰路についたのは、年越しも刻刻と迫りくる時刻。帰宅と同時になかば涙目で、曾孫様の母上にあたるお孫さまに泣きついても、状況は好転などしませんでした。彼女もまた、やはり笑いながらなにやら「ここでおわるはずがないのに」などと歌を口ずさまれたきり、ぺらぺらとした本にかじりついて離れなくなってしまい。……わけがわからないながらも、察せざるをえませんでした。
雅様。どうやらあなたの加護するこの家筋に、あなたの悪癖を咎める者は、もういないようです。
そして私ももしかすると、恩をあだで返したわけでも――案外、なかったのかもしれません。
かっとなって書きました。
少しばかり公開から時間がたったジャンルばかりなのは仕様です。
不慣れな方を無理にイベントに連れて行くのはやめましょう。
遺品はたぶん書生さん同士の恋文とか、薄い本に似た何かとか、なんかそういうものです。
初出:2012.11.12/即興小説( webken.info/live_writing/novel.php?id=6438 )
同日改稿・公開済み/Twishort( http://twishort.com/5JCcc )